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七段 クノイチの目標㊃

 「ナデシコっ!! カグラっ!!」


 「何という事じゃっ!!」


 尊とおサキが、水に引き摺り込まれたナデシコとカグラを見て青ざめる。二人は怪魚悪霊の釣り針に掛かり、なす術なく水の中を引き回される。


 「きゃああああああっ!!」


 「わああっ……!! げほっ、げほっ!!」

 

 「ドウダ(かんなぎ)トヤラ! 水責メハ苦シイカー!?」


 ナデシコはどうにかカグラを支えて、引きに抗おうとしたが、この状況では泳げようが泳げまいが、どうにもならない。


 「二人共……っ!!」


 ――助けなきゃ……!!


 クノイチは思ったが、無理矢理動くと、釣り針で衣装がビリビリ破ける。しかし、同じ状態で水の中を引き回されている二人よりマシだ。


 「わぁーんっ! 助けて、溺れちゃうよーっ!!」


 泳げないカグラが苦しそうに叫んだ。


 「この手しかない!!」

 

 クノイチは恥と外聞、そして、迷いを捨て去った。


 「ギャハハハハ!! コレデ巫三匹、取ッタドー!! 今日ハ大量ダ……ア、アレっ!!?」


 悦に入っていた怪魚悪霊が、プールサイドを確認すると、捕らえた筈のクノイチがいなくなっていた。釣り針はそのままで、衣装だけが抜け殻のように残されている。


 「クノイチはっ!?」


 「何処じゃ!?」


 「まさか……っ」


 全員がクノイチを探した。探しつつも「という事は裸……」という予想が頭に浮かぶ。


 「逃スモノカ!!」


 怪魚悪霊が「その姿、絶対にこの目に納める!」というように無数の眼球を動かし、クノイチを探す。


 「ここだよ……!!」


 しかし、見付かる前にクノイチの方から声が掛かった。


 「!!」


 クノイチは飛び込み台の上にいた。

 衣装すら捨て去った彼女は、胸にタオルをサラシのように巻き付けてはいたが、それ以外は、普段、自分からは絶対に見せない、腰の高い位置で紐が結んであるセクシーな褌姿だった。


 「クノイチ!!」


 「抜け身の術だ!!」


 脱出に成功したクノイチを見て、ナデシコとカグラが歓声を上げた。


 「小癪ナ!! ダガ、ソノ姿! ジックリト拝マセテ貰オウカ!!」


 お好みらしい怪魚悪霊がニヤニヤしながら監査してくる。


 「……っ!!」


 クノイチは嫌らしい視線に耐えると、カグラに習い、浄化の力を制御して発動させる。


 「秘技―辻風手裏剣!!」


 クノイチは小さな旋風を無数に作り出した。

 それらを手に持ち投擲する。すると、旋風は手裏剣の形になり、ナデシコとカグラを引き回す釣り糸を切断した。


 「オノレっ!! ナラバ、キサマカラ、モウ一度、捕ツカマエテヤル!!」


 怒った怪魚悪霊が釣り針を口内から乱射した。


 「ああっ!!」


 クノイチは飛び込み台で伏せる。

 次に抜け身の術を使えば、本当に裸になってしまう。裸になれば針が掛かる事もないのだが、流石に守勢に回った。


 「カグラ! その位置で浮かんでて!!」


 自由になったナデシコは素早く潜り、水底を思いっ切り蹴って浮上する。そのまま、カグラの足を押し上げ、アーティスティックスイミングのエアボーンのように打ち上げた。


 「えぇーーーい!!」


 水から飛び出したカグラは、くるくる回って怪魚悪霊にヒップドロップを決めた。

 

 「ギョオォ!!」


 「今だよ! クノイチお願い!!」


 水から顔を出し、ナデシコが叫んだ。


 「巫、演舞―」


 クノイチは今度は浄化のパワーを全開にする。


 「神風(かみかぜ)の舞!!」


 旋風が水中にいる敵を水ごと巻き上げる。


 「グアアアアァ!! オ、オノレ……!! シカシ……見ルベキモノハ見サセテ貰ッタゾォォ……!!」


 怪魚悪霊を繋いでいた糸が切れ、空間の亀裂が消え去る。


 「ゴ、ゴクラク……ゴクラク…………」


 そして、悪霊は泡となって消え失せた。



 「二人共! これに掴まるんだ!」


 尊が救命用の浮き輪を投げ込み、ナデシコとカグラはそれにしがみ付く。


 「ああ……やっぱり浮き輪がないとね!」


 ロープを引かれて救助されるカグラが、安堵の表情を浮かべた。


 「大丈夫かい? ナデシコ」


 「は、はいっ! 怪我はありません!」


 尊に手を引かれてプールサイドに上がったナデシコはずぶ濡れだったが、平静を取り繕った。

 漸く、息を吐く事ができたナデシコとカグラは、格好が格好なので、少し離れた所で佇んでいるクノイチの元へ向かう。


 「クノイチ、ありがとう! クノイチのお陰で、また私達、悪霊を払えました!」


 「今回は不甲斐なくてごめんね。水じゃなければ負けないんだけど」


 「え? いえ……今日はあたし一人じゃだめでした。一人じゃ……こんな風には頑張れない……」


 クノイチもギリギリの戦いだった為、ホッとしていた。二人が居ないければ敵わなかっただろう。

 クノイチは細波が消えたプールを見つめた。

 不思議と穏やかな気分になっていた。


 「あたし、水泳頑張ってみます……。水着になって泳ぐのって、気持ちがいいし、好きなのかも。それに……」


 クノイチは海水浴での出来事を思い返す。


 「あの時あたしに必要だったのは、泳げることだけじゃなかったって、気付いたんです。本当に必要だったのは、臆せず行動を起こす、勇気だったって……!」


 クノイチには人助けができる優しい心がある。しかし、それに蓋をしてしまうものがあった。

 クノイチはチラリと尊の方を見た。尊は半裸のクノイチに気を使い、離れた所で救命浮き輪のロープを纏めている。


 「あたし先輩に、気持ちを伝えないとだめって言いながら……自分だって、誰かを助けたいって思っても、直ぐに行動できない自分がいる……。他の人にどう思われるかとか、人の目を気にしちゃう……。素直に自分を表に出せない……。そういうのが……ニガテなんです……」


 シャイな自分がいる。つい正反対の態度を取ってしまう。


 「分かるよ。人って、中々、自分の本音を……本当の自分の姿を見せられないものだもん」


 ナデシコにはクノイチの気持ちが良く分かった。


 「でもクノイチ。わたし達の前では全然、自分を見せてくれるよね。いじわるなこと言ったり、怒ったりしながら☆」


 カグラが優しく言った。

 初めて会った時、クノイチはぶっきらぼうながらも態々、怪我したカグラに絆創膏をくれたのだ。道に迷った外国人を家に案内し、その後には巫になって二人を助けた。

 ナデシコも頷く。


 「そうだね。クノイチはもう、ニガテを克服できているよ!」


 二人に言われてクノイチは照れた。

 それでも、真っ直ぐ二人の先輩を見た。


 「二人を助けられたように、あたし、もっと行動できる人になりたい。だから水泳も、大会も、上手くいかなくたって挑戦してみます! ……応援してくれますか?」


 本音を聞けて、ナデシコとカグラは心底、嬉しそうな表情になった。

 二人は顔を見合わせると声を合わせて言った。

 

 「もちろん、応援の準備は万端だよ!!」


 笑い合う三人。

 遠巻きに見守っていたおサキが「流石は一番有能な巫。強い子じゃ」と言っていた。


 「もう横断幕も用意してあるから! 只今、応援ソングとダンスの練習中!!」


 「それはやめてください」


 ポンポンを振る動作をするカグラに、クノイチはバッサリ言った。


 ――――――――――――――――――――――


 日曜日の大会。水泳の会場には沢山の応援団が駆け付けていた。


 「やっぱり人気あるんだね。あっ、私選手じゃありませんっ」


 「いいなぁ注目されて。わたしも水泳やろっかな!」


 「それには泳げるようにならないとね……」


 会場に来たさくやと千代は、女子選手のハイレグ水着目当ての男子に混じりながら、声援を送った。

 風間中水泳部は評判通りの実力で、部員達は好成績を収めていく。


 「いよいよ、楓ちゃん出番だよ!」


 「頑張れー!!」


 さくやと千代がスタートに入場してきた楓に、飛び切りの声援を送る。楓の父、半太郎と弟の佐助も見に来ていて、共に声援を送った。


 「頑張れー、楓! ファイトでござるぞー!!」


 「姉上ー! いざとなったら水蜘蛛の術でござるー!!」


 ――なんでいつもの格好で来てるのっ!!


 「恥ずかしいから来ないで!」と釘を刺して置いた筈なのに、応援に来ている忍者装束の父親と弟に、楓は心の中で毒突いた。

 身内とバレるような大きな声も出さないで欲しかったが、本心を言えば、それでも来てくれて嬉しかった。


 「……ありがと……」


 楓は緊張をほぐそうと少しピョンピョンした。乳揺れで観客を喜ばせてしまった気がして、直ぐに後悔する。

 そう言えば、対決に負けたさくやが受けた罰ゲームが、このピョンピョンの刑だった。渋々、数回飛んでむくれるさくやと、それで揺れる(モノ)がある事に羨ましがる千代。

 思い出すと楓は気楽になった。

 

 「Take your mark……」


 スタートの合図―

 レースは思った程、悪くはなかった。練習の成果があったようだ。


 ――次は負けない……!


 楓には目標ができた。

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