六段 神様の言う通り㊁
インターフォンを「ピンポーン♪」と鳴らすと、待ってましたとばかりに、アイドル衣装の千代が玄関に現れた。
「わーっさくやちゃん、楓ちゃん! 来てくれたの!? 嬉しー♡!」
「千代ちゃん、風邪? 大丈夫?」
「元気そう……ですね」
千代は今日、学校を休んだ。さくやと楓は心配して、火の宮神社の横にある自宅を訪ねた。
「うん。実は具合いが悪くて休んだ訳じゃないの。まぁ、入って入って!」
至って元気だった千代は、さくやと楓を家に上げ、自分の部屋へ案内した。
「お邪魔します。わっ、畳のお部屋だ。いいなー」
「ちょっと狭いけどね。お座布団、はい、はい。おサキちゃんもどうぞ!」
神主のお家だけあって、千代の自宅は和風だ。自室も畳に障子、タンス、押し入れなどがある和室。しかし、レースの飾り、可愛い小物、壁には和HOO四十七士のポスターなど、千代の好きな物で装飾されていた。
「なんじゃ、落ち着かん部屋じゃのぅ」
水晶から出たおサキが、伸びをしてから真っ赤な座布団に座った。
「部活の事で休んだの? 昨日は大盛況だったもんね」
丸テーブルの上にあるノートに、次のライブの構想や選曲が書かれているのを見て、さくやが聞いた。
「うんん、違うの。これは時間があるから色々とやりたい事を考えてただけ」
「じゃあ、どうして? サボりですか?」
「違うのーっ。欠席は安全の為なの! えーとね……ほらっ、わたしって、運が悪いでしょ?」
ジト目の楓に、千代が人差し指同士をチョンチョンしながら答える。
「え? そんなことないと、思うけど……」
「うん……」
「運の良し悪しなんて思い込み」とさくやは思ったが、この間の悪霊との戦いで、竜巻に巻き込まれていたカグラの姿が突然、頭に蘇る。楓も河童に服を溶かされている姿を思い出した。
「運の所為にするでない! そなたの実力じゃ!」
ビシッと指摘するおサキに千代は反論した。
「確かにわたしは、か弱いかもしれないけどーっこれでも頑張っているんだよ!? でも上手くいかないこともあるじゃんっ?」
千代が言った。
「だからわたし、自分で決めていることがあるの! 運が悪い日は、絶対にお外に出ないって!」
「なんじゃと!?」
「ええ!?」
「極端ですね……っ」
この発言にはおサキだけでなく、さくやと楓も意表を突かれた。
千代がワケを説明する。
「小さい頃、わたしうちの神社のおみくじを引いたの……。そしたら、大凶が出ちゃって! そしたらそしたら、その日、変なおじさんに遭って、誘拐されそうになっちゃったのっ! わたし、その時思ったの! 神様が危険を知らせてくれたのに、言うことを聞かないで外に出た所為だって……! そして分かったの! わたしって、可愛いいんだって!」
偶然かも知れない。しかし、千代の家は神社なのだから、祀る神様を信じるのは当然かもしれないとさくやは思ったが、楓は疑いの表情だった。
「で、これ今日の朝の星占い。かに座は悪いのばっかり……」
千代からスマホを渡されたさくや達は、ブックマークされている占いサイトを確認する。千代の誕生星座らしいかに座は、なんと三つのサイトで最下位。良くても四位と微妙だった。
「占星術か。何者の占いじゃ?」
「こんなの、アテにならないって」
おサキに楓が根拠のないものだと教える。どうやって決めているのか知らないが、同じ星座の人が、全員、同じ運命な訳がない。
「まぁ、そうなんだけど……。でもわたしこれを見て、もしかしたら!? って思ってうちの神社のおみくじを引きに行ったの!」
引いたおみくじは境内に結んで来たが、撮った写真を千代は見せた。
「二連続で凶! もう一回引いたら、大凶が出ちゃったぁー!!」
「ガーン」となっている自撮りまでしているのが千代らしいが、確かにおみくじには大凶と書いてある。
「だ、大凶なんてあるんだ……初めて見た……」
「これはこれで……確かに運はないのかも……」
「そなたは数奇な星の下に生まれたのじゃな……」
さくや達も、これには不吉なものを感じた。「えーんっ! お父さん、うちの大凶はあれ以来、取り除いたって言ってたのにー!」と千代は嘆く。
「でも、これで確信したの! うちの神様、今日は危ないから外に出るな、って教えてくれてるって! わたしは巫女だから、神様の言う通りにするの!」
千代の言い分には、さくやも楓も納得せざるを得なかった。
「そうそう、二人はなに座なの? おサキちゃんは誕生日いつ?」
開き直った千代は、また占いサイトを調べる。
「私はおひつじ座。楓ちゃんは?」
「……おとめ座ですけど、なにか?」
楓は何故か、自分の星座を教えるのを渋った。おサキは「使い魔に誕生日はない」と言った。
「おひつじ座は今週絶好調だね! おとめ座は二つのサイトで恋愛運がアゲアゲ!」
千代が言う。さくやは「いいなー」と恋愛運を欲しがった。
「突然、好きな人ができちゃうかも!? 苦手な異性がいれば、その人が実は運命の相手の可能性大!! 本当? 楓ちゃん、好きな人できた!?」
「できませんよっ! だから、そんなのアテになりませんってっ!」
興奮する千代に、楓は顔を赤くして反論した。
場を盛り上げようと、千代は和HOO四十七士の音楽を流そうとしたが、何故かCDが掛からず、三人はCDプレーヤーと睨み合った。
「えーんっさっきまで掛かってたんだよっ」
「ごめんわたし、機械には疎くて……。余計壊したかも……」
「これも、運が悪い所為……? やっぱり神様、本物なのかも……」
その時、玄関のドアが開き千代を呼ぶ声がした。
「おーい、千代! 兄ちゃんを使いにするんじゃねぇぞー!」
「あっ、お兄ちゃん帰ってきた! お帰りー!」
兄が帰宅し、千代は玄関へ向かった。会話がさくや達にも聞こえてくる。
「頼まれた菓子、テキトーに買って来たぞ!」
「ありがとうー! これお金ね」
「なんだその格好? おらおらっ、パンツもアイドル仕様かー?」
「きゃあああっ、お兄ちゃんHっ! やめてよぉ今、友達来てるんだからっ!」
スカートをめくり上げられながら、千代が兄と一緒に部屋へ戻って来た。おサキが素早く水晶に戻る。
「こんにちは」
さくやが挨拶する。楓はこくんと会釈した。
高校一年らしい千代の兄は、常に身だしなみに気を使う妹とは違い、ボサボサ髪で制服のネクタイも緩んでいる。
「おっ、なんだよ友達? 女の子ならお前っ、ちゃんと兄ちゃんに紹介しろよー」
千代のおしりを叩いてスカートを直し、殆ど無意味だったがボサボサ髪を撫で付ける。
「もー調子いいんだから。ほらっ、何時も話しているでしょ? 二人がさくやちゃんと楓ちゃんだよ! さくやちゃん、楓ちゃん。この人がわたしのお兄ちゃん! 代智って言うの!」
「うーす、代智でーす! へへっ。あっ、あんたあれだろ? マドンナ部なんだろ? なぁ、まだすいかちゃんいるよな? 校内グラビア出たら是非、俺に見せてくれよー!」
「えっ? いや、そういうのは、どうなのでしょうか……」
さくやは急なお願いに戸惑った。それに、それは余り外に持ち出したくない理由がある。
「いいだろー、一冊ぐらい。金はちゃんと払うからさ! さくやちゃんも載るんだろ? Dあるんだっけ!? そっちの楓ちゃんは? あっ、まだ一年生かー! にしては結構―」
「ああんっもうっ、終わり終わり! ほらっお兄ちゃんにはコレあげるから、あっち行ってて!」
お菓子を一つ持たせ、千代は兄の背中を押して部屋から追い出す。
「なんでだよ!? お兄ちゃんも一緒にいたっていいだろー!?」
「だめなのー、女の子同士でお話しするんだもん! それに、お兄ちゃん直ぐセクハラするから! わたし以外にやったら、逮捕されちゃうんだよー!」
「ど、どんな、頼れるお兄ちゃんかと思いきや……」
さくやは千代から兄の話は聞いていたが、イメージと違った。楓はワーストの評価を下した。
「デリカシーゼロ……。あんな人が兄の時点でやっぱり運が悪い!」
「―さあ、お菓子パーティだよ! 食べて食べて!」
千代がお茶を持って戻り、お菓子を二人に勧めた。
「私、最近スナック菓子は控えてて……。ちょっとね。体型がね……」
さくやはポテチを遠慮する。
「もうっ、出ていいトコしか太らないくせにっ!」
千代が不満そうにポテチを食べる。
「楓ちゃんは? 好きなの取って!」
「じゃあ、これを一つだけ……」
「チョコが好きなんだね! どうぞどうぞ。全部食べていいから!」
「こんなに、いりませんよっ!」
楓は何故か、チョコが好きだという事も認めない。どうも千代とは反対で、可愛らしい特徴を隠したいようだ。
「あっ、三個に一個だけ超酸っぱいガムがある! 丁度三人だし、やろ?」
「えっ? なにそれ、ハズレがあるの?」
千代がレジ袋の底から、さくやの知らない駄菓子を取り出した。
「そう、舌が溶けるくらいの☆ じゃあ、わたしから選ぶね。ど・れ・に・し・よ・う・か・な♪ て・ん・の・か・み・さ・ま・の・い・う・と・お・り♪」
「わっ、数え歌来た!」
「て言うか千代先輩、大丈夫なんですか……?」
「せーの!」で食べたが結果は見えていた。
「ぅうわーんっ、酸っぱいよおぉぉっっ!!」
「千代ちゃん……」
「やっぱり……本物だ……!」
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