四段 絵巻のはじまり㊃
さくやに続き、千代と楓も「巫、舞初め―夏まつり!!」「巫、舞初め―秋もみじ!!」と叫んだ。
複数同時に変身すると、同じ光の空間に入る。さくやは千代と楓が、自分と同じように裸体を晒し、美しく姿を変えていくのを認識できた。
仲間としか共有できないこの瞬間が、彼女達の絆をより強くする。
「色めく桜花! ナデシコ。参ります!!」
「焦がれる勢炎! カグラ。ご覧あれ!!」
「月夜の疾風! クノイチ。参上仕りました!!」
それぞれが源氏名を名乗り、三人の巫が並び立つ。
「ときめけ!! 巫、晴れ舞台!!!」
絵巻に描かれた美しい巫の姿が現実となる。その奇跡に、尊とおサキは改めて胸を打たれた。
「ムムム……」
一方、地蔵悪霊も巫に感心を向けた。
「どうも悪霊は悪霊で、そなた達が好きなようじゃの」
おサキはこれまでの悪霊の行動を分析して、そう判断した。ナデシコは「な、なんで……?」と言ったが、こんな派手で露出した格好をした女子が、いきなり現れたら、霊(多分男)の興味を引いてしまうのも当然な気はした。
地蔵悪霊は見た目通り緩慢な動きだったが、此方を向き、拝む姿勢を取って、何やら呪詛を唱え始めた。
「ナミアミダブツ、アミタイツ……」
「な、なに!?」
ナデシコの疑問におサキが答える。
「の、呪いを掛ける気じゃ! 止めるのじゃ!」
「呪い!? でも、お地蔵さんみたいだし……攻撃するのは、ちょっと躊躇しちゃう……」
「うんうん。バチが当たっちゃうよぉ」
敵に遠慮するナデシコとカグラ。呆れたクノイチが前へ出る。
「まったくっ……あたしがやりますよっ!」
クノイチは果敢に飛び出し、足を上げやすいスリットスカートを活かした、見事な飛び蹴りを入れた。
「っ……やっぱり硬いっ!!」
地蔵悪霊は目を逸らす事なく、蹴りを顔面で受けたが、見た目通り頑丈でビクともしない。
「うっ……見られた……」
クノイチはタダでサービスした結果になり、屈辱そうに裾を押さえる。
呪詛を唱え続ける悪霊から、我先に退避しながらおサキが叫ぶ。
「早くせんかぁ! 淫らな性格にされたり! 子を宿されたりするぞぉ!」
「ちょっとぉ! なんで、呪いの効果がそんな破廉恥なの!?」
「きゃあああああ!! やだよー!!」
思わぬ呪詛に、パニックになったナデシコとカグラが「やめて! やめて!」と近くに落ちてた石や枝を、地蔵悪霊に投げ付け始めた。
「なにしてるんですか!? 効く訳ないでしょ、そんな攻撃っ!」
二人の行動が、女子更衣室に入った男子に対してのそれなので、クノイチが怒鳴る。
「シバリィィ!!」
そうこうする内に、呪詛を唱え終えた地蔵悪霊が巫達に片手を翳した。
「!!!」
途端、三人のカラダに黒い縄が巻き付く。何もない空間から突然、現れたので、クノイチの反射神経を持ってしても躱せなかった。
「きゃあああっ!!」
「なにこれっ!?」
「う、動けないっ!!」
ナデシコ、カグラ、クノイチは縄に手足の自由を奪われ膝を突く。
「こ、これは亀甲縛り!! 昔の人が米俵を運ぶ時や、悪人を捕まえた時に使った縛り方!!」
「キ、キッコウ!??」
「詳しいですね……っ!」
実際の亀甲縛りとの違いは、巫の力でも千切れない縄が使われている事のようだ。
「な、縄抜けの術なら!」
ナデシコの頭に電球が灯る。
「それだよ! クノイチお願い!」
「やってるんですけど……っこの術ばかりは……修行が……ちょっと嫌で……っ」
「もー、クノイチってばっ。Hなこと考えてないで練習して来てよー!」
「人任せのくせに、偉そうなこと言わないで下さいぃ!」
カグラとクノイチが揉め出した。
三人は必死にもがいたが、逆に縄目が嫌らしく食い込んでいく。
「うっ……あっ!」
「きゃっ……あんっ!」
「だめっ……嫌っ……!」
身動きの取れない巫に対し、悪霊は更なる呪詛を唱え始めた。
「悪霊の術なら、僕の陰陽導で解除してみせる!」
退避していた尊が見兼ねて救援に来た。呪符を取り出して此方も呪文を唱える。
「陰陽魔導陣―御柱除霊!!」
尊の周囲に魔法陣が広がり三人を取り込む。その魔法陣から光が立ち昇ると、徐々に黒い縄を消滅させていく。
しかし、地蔵悪霊の方が先に呪詛を唱え終えた。
「ジバシリィ!!」
「尊さん、危ないっ!!」
ナデシコが警告する。
悪霊は今度は手の平を地面に向けた。すると衝撃波が起こり、地割れが稲妻のように尊に向かって行く。
「ぐあっ!!」
尊はギリギリで飛び退いたが、捲れ上がったアスファルトに跳ね飛ばされた。
「尊さんっ!!」
ナデシコが叫ぶ。
三人を縛っていた縄が消え去った。
「先輩!!」
「えっ!? わぁ!!」
クノイチがカグラの手を取ってダッシュした。地蔵悪霊は次の呪詛を唱えようとしていたが、今度は二人の飛び蹴りを喰らう。
「やあっ!!」
巫、二人の同時の攻撃には、流石の地蔵悪霊も仰反った。
「足、痛ぃ!!」
「先輩っ、今です!!」
チャンスを貰ったナデシコは、透かさず浄化技を放った。
「巫、演舞! 桜吹雪の舞!!」
ピンクの花びらが地蔵悪霊を包み込み、浄化してみせた。
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池に落ちそうになったさくやは、助けてくれた男の子が怪我をしている事に気付いた。さくやを庇い、ほとりの石に手を突いた所為だろう。
「ごめんなさい……」
さくやが謝る。しかし、男の子は安心させるように笑って見せた。
「大丈夫。このくらい平気さ」
娘の姿が見えないので、心配した母親が庭先に姿を見せた。
男の子がさくやに聞いた。
「君、名前は? ぼくは尊って言うんだ」
「わたし……さくや。さくやです」
「さくや。いい名前だね。家の庭が気に入ったかい?」
「うん……!」
「それじゃ、またいつでもおいで―」
「大丈夫。このくらい平気だ」
同じ庭の縁側に成長した尊とさくやがいる。
悪霊の攻撃で足に怪我をした尊を、さくやは手当した。
「だめです。ちゃんと治療しないと!」
さくやは屋敷に着くなり、素早く救急箱を持ってきた。自分より家の勝手を知っているさくやに、尊が目を丸くする。
「色々とすまない……。さくや」
尊の言葉には、巫を引き受けてくれた事への感謝の気持ちも含まれていた。
「いえ。でもこういう時、やっぱりお互いのことを知っている者同士で、良かったって思いませんか?」
さくやが言った。
尊はさくやの事が心配だからこそ、巫を任せるのが不安だった。しかし、親しいからこそ、任せられる事もある。
「そうかもしれないね」
肩の力を抜き尊が答える。
「……お邪魔かも知れませんね」
「う、うん……そうだね」
庭から二人の様子を見ていた楓と千代は、後ろ髪を引かれたが、二人だけにしてあげようと、裏口から退散する事にした。
千代がおサキにも声を掛ける。
「ほらっ、おサキちゃんも!」
「なぜ、わしも消えねばならんのじゃ……。ああっ、引っ張るでないっ!」
包帯を巻き終えて、さくやは尊に言った。
「あの、尊さん……」
「何だい?」
「余り無茶をしないでください。尊さんは巫と違って生身なんですから。私がどんなに不甲斐なくてもピンチでも……。私、頑張って乗り越えて見せますから……!」
「分かっているよ」
さくやは自分の心配の大きさを、尊がまだ理解していないと感じた。
「私……尊さんになにかあったら、二度とここには来れなくなっちゃうんです……。私がここにいられるのは、尊さんがいてくれるから……」
さくやはそう思っている。
恋をするにも習い事をするにも、自分にはまず、尊がいてくれなくてはならない。
「尊さんがいないと、どんなに桜の花や池の鯉にときめいても、その瞬間で終わっていた……。習い事だって、続かなかったかも……」
「さくや……」
さくやは今伝えられる、精一杯の気持ちを言葉にした。
「だから、私には遠慮なんてしないで下さい。人に頼めないような事でも、私には言って下さい。頼って下さい。そして私を、またいつでも……誘って下さい……!」




