三段 三人の晴れ姿㊁
さくやと千代は忍者装束にお着替えした。
服部忍者道場の中は然程、広くはないが、天井が高く、梁が見える。壁には的やボルダリングの用の突起があり、簡易の沼やプールまであった。
「楽しみだね!」
「う、うん」
ウキウキの千代に対し、緊張気味のさくや。アシスタントをする師範の息子が、指を立てた忍者ポーズを取る。
「浮き足立ってはいかんでござる。忍術は危険と隣り合わせ。心を落ち着かせるでござる!」
「は、はい!」
「ニンニン!」
言われた二人は見よう見まねで印を結ぶ。
「フッハハハ! 良い構えでござる! さては、勝負ごとの経験がお有りかな?」
何処からともなく声がすると壁がくるりと回り、道場の師範が再び現れた。
「申し遅れた。拙者はこの忍者道場の師範、服部半太郎でござる! 五百年の間、受け継がれし我が家の忍の術。篤と学んでゆきたまえ!」
「よ、よろしくお願いします!!」
千代は「すごい、五百年だって!」と目を輝かせたが、さくやは「そういう設定でしょ?」とつい言ってしまった。
「なにを言う! 父上は本物の忍者でござる!」
「ごめんなさいっ」
「まぁまぁ佐助。それは、この身を持って証明してみせようぞ」
服部師範が言った。
ちゃんと本物だと信じている千代が「はいはい!」と手を上げる。
「あの……今の隠し扉、わたしも通ってみてもいいですか?」
「おお、そうか! では、まず壁抜けの術から伝授してしんぜよう!」
二人の忍者体験が始まった。さくやは「術なのこれ?」とまた言ってしまい、佐助のガンが飛んだが、師範がやったように背を保たれて、さり気なく隣の部屋(普通の家の居間だった)へ、くるりするのは難しかった。
二人は壁登り、綱登りをやったが、スルスル登る親子との運動能力の差を、直ぐに思い知った。
「私……鉤爪ロープすら引っ掛けられない……っ」
クルクル回すロープの先端に付いている鉤爪が、自分に当たりそうで、さくやはおっかなびっくりだった。
何とか梁に登った千代は、逆に降りられなくなった。
「高い所はちょっと……。ござる君すごいね。何年生?」
「四年でござる。父親の忍術の偉大さ、思い知ったでごさるな!」
「は、はい……」
佐助に言われ、ぐうの音も出ないさくやだったが、得意不得意はあり、千代は忍び足、さくやは綱渡りが上手く出来た。
ただ、目玉の手裏剣投げは散々で、闇雲に投げると―
「ハートの手裏剣、えいっ! ……あ、当たった! 隣の的に……」
「千代ちゃん、私の手裏剣も投げてていいよ……」
「どうしたの?」
「ブ、ブラのホック……外れた……っ」
「さくやちゃん、大きいアピールやめてよぉ」
「アピールの訳ないでしょっ!」
さくやのトラブルに、隠れ蓑の術の適性もあるぺたんこの千代が拗ねた。
「―疲れた時は兵糧丸を食べるでござる。さぁ召し上がれ」
「兵糧丸? ……うっ、いまいち……」
「竹筒だ。時代劇で見たことある!」
貰った食料と水で、千代とさくやはエネルギーを補給した。
絶対無理そうなムササビの術を教えてもらっていると、道場の入口に観光客と思われる人達の姿が見えた。
「オー! ココがウワサのニンジャドウジョーですか!?」
「ワタシたち、ニンジャにナルノがユメなんデース!」
「平仮名」「漢字」と書かれたTシャツを着た外国人が、忍者体験を受けにきた。直ぐに師範が歓迎する。
「ハロー! アイアムニンジャマスター! ウェルカムトゥーニンジャドウジョー!」
「お客さん来たから……私達は遠慮しよっか」
「あーあ。もう少し上手くなりたかったなぁ」
さくやと千代はお暇する事とした。
「姉上でござる。お帰りでござる!」
佐助が、外国人に続き道場に入った女の子に言った。
「コノコがココまでアンナイしてくれマスター」
女の子の肩に手を置き外国人がニコニコお礼を言った。
「そうか楓。でかしたでござるぞ!」
「別にお父さんの為じゃないから」
師範に対して、女の子はつっけんどんな態度を取った。
「あれ、あの子。朝の……」
「一年生だ!」
さくやと千代が気付く。
「おお、二人は楓の友達でござったか! 今回は途中になってしまって申し訳ない! また何時でも修行に来てくれたまえ!」
師範はそう言って、観光客の忍者体験を開始した。彼の英語はかなり怪しかったが、外国人は楽しそうに忍術を習っていた。
「さっきはありがとう。服部楓ちゃん、でいいのかな?」
千代がお礼を言った。先程はかがみ込んでいたので気付かなかったが、一年生なのに楓は、二人より背が高い。
「お父さんに忍者体験させて貰っちゃった。楽しい所だね」
「なんでいるの?」と言った表情になった楓に、さくやが説明したが、楓の父親の評価は低かった。
「こんなの胡散臭いってば。なんか騙しているみたいだし……正直やめてほしいんだよね」
「でも、お客さんを案内してきたんでしょ?」
「だって……近くで道に迷ってたみたいだったから……」
楓はまた目を逸らして言った。弟の佐助が胸を張って言う。
「こう見えて姉上は、父上から忍術の全てを伝授されているでござる! 更に腕を磨く為、学校では水練を学んでいるでごさる!」
「水練じゃなくて水泳! あたしは忍術なんてやらないのっ!」
「そんなっ、姉上なら一流のくノ一になれるでござる!」
「だから、そういうのやりたくないのっ、あたしは!」
弟の言葉に楓が顔を赤くしている。千代が「仲良しだね」と言った。
さくやも照れ隠しをするだけで、楓が優しい子だと何となく分かった。
「じゃあ、機会があったらまた来るね」
「今度は手裏剣、当てられるようになるよ!」
帰り際、さくやと千代が言った。
「あの……どうしてこういった、トレーニング? してるんですか? 部活とかやってる訳じゃ、ないみたいですし」
疑問に思ったのか楓が聞いてきた。
「うーんとね……」
さくやは当たり障りのない範囲で答えた。
「私、力になりたい人がいるの。その人を助ける為かな……!」
その言葉に楓は少し感心したようだったが、やっぱり照れ隠しでこう言った。
「そうですか。まぁ頑張って下さい……。今のままじゃ、助けられる人の方が不安になるでしょうけど」
飛んで来た手裏剣がハートに刺さる。
さくやは「あははは……」と笑うしかなかった。