♯22 扉を隔てて
ヤミリーズ・カンパニーへの潜入を超えた、翌日。
部屋の扉、一枚隔てた向こうにカルモがいる。私は、扉に手を置いた。
「カルモ……」
誰にも届かなくていい言葉を投げかける。扉は重々しい木製で、受け止めも跳ね返しもせずただ無常にそこにあった。いや、あってくれて良かったかもしれない。
「……カルモ」
もう一度、カルモの名前を呼ぶ。
カルモとは、微妙な仲だった。だが、戦闘を共にしていくうちに少しずつ話せるようになった。豪華客船でお茶を飲んだこと、ペルプも一緒に三人でお泊まり会をしたこと、それからことあるごとにキロロの話をしていたことも、私はすべて覚えている。
でも、幸せは永遠には存在しない。私はその幸せを自ら切り離した。キロロやカルモ、セトラやペルプとあったすべてのことをなかったことにした。
ああ、腹立たしい。
私が居なくても、ペルプ達は幸せにやっていけると思っていた。私がそう願ったのだ。みんな、ずっと幸せでいてくれると思っていた。実際、そうしてきたのだろう。
何者かに壊されたのだ。
「カルモ……」
「カルモ?」
その声に、振り向いた。
宇宙人と青年だった。青年の方は、わなわなと手を震わせる。
「カルモ……お嬢さん……!?」
青年は、急に私に飛びついてきた。いや、違う。ドアノブに手をかけている。扉を開けようとする青年の服の袖を、宇宙人が握った。
「マタレヨ。ビユノムが、入ッテハナラヌと言ッテイタ」
私は、青年の背中の皺が上下するのを見た。
「カルモのこと、知ってるの?」
「お嬢さんは、私の許嫁です」
青年は今まで聞いた中で一番静かな声で続けた。
「許嫁とは言えども、お互いに好きな方が居るからと、婚約解消に向けて動いて居りました。何方かと言えば、妹のような存在で……」
段々声が大きくなっていく。鬱陶しくなく、しかし暑く、苦しい熱を帯びていく。
「嗚呼、私と関わった故に、お嬢さんも先生も不幸に……!」
青年は、崩れ落ちることはなかった。ただ、身体を震わせたままドアノブにすがりついている。先生がヤミリーズ・カンパニーの社員になっていたことも聞いたのだろう。
「それは皆一緒でしょ」
青年は扉を、宇宙人は私を見ている。私は、ペルプ達のことを思い出す。
「誰かを大切に思っていたから、私達は皆を不幸に陥れた」
いっそ、大切に思わなければよかったのに。
「……そう、ですよね……」
青年は、ドアノブから手を離した。私に向き直った。
「全ては私達の所為でしたね。戦うと決断したらば、多少、犠牲は仕方無い」
青年は微笑っていた。
それから、今度は私と宇宙人に向かって頭を下げる。
「……先程は止められましたが、やはり一度お嬢さんと話させてください。お嬢さんではないことを、願わせてください」
私は無言でそれを肯定しようとした。
「ケトはアワナイのか?」
宇宙人の声が割って入った。
しばらく、間を空けた。
「……私はいい。私はカルモのことを一方的には知っているけど、カルモは私のことを知らない。混乱させたくないから、私のことは何も言わないで」
青年はしばらく固まっていた。しかし、それ以上何か聞くことはなく、扉を開け、中に入っていった。
水色の髪が視界の端に映った。
「ドウシタ!?」
宇宙人の叫び声で、私は我に返った。
「ナンダ、ソノ水は! コノ世界の住民は、水を生成デキルノカ?!」
下顎を上着の袖で拭う。ここを離れなければならない。扉から数歩下がる。
「トモスレバ我ガ世界の水不足も解決〇×△□……デハナク!」
宇宙人は、私の服の袖を掴んだ。
咄嗟にその手を払おうとした時、顔を払ったかのような大きな音が聞こえた。それでも、宇宙人は手を離さなかった。
「離して」
「ナゼ、会エルのに会ワナイ?」
「そーそー、別に会っちゃえばいいのに」
服をつかむ手がひとつ増えた。ネイルの塗られた華奢な手。宇宙人の隣に、いつの間にか配信女が立っている。
「ミィチャン……!」
「ね、なんで会わないの?」
「あなたには関係ない」
「気持ち悪いから?」
配信女は、手を離した。宇宙人がそれに倣う。
「直ぐに顔に出るね~、おっもしろ~い♪」
濡れた上着の袖に触れた。肘を抱えた。
最大限配信女に嫌悪感が伝わるように睨みつける。宇宙人は「ピ」と声を上げたが、配信女は楽しそうなままだった。
「ね、ケト。着いてきて。ビユノムとカルモが話してたの見たから、話してたこと全部教えたげる」




