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PEKICA SET  作者: 甘衣 君彩
第六章
26/28

♯22 扉を隔てて

 ヤミリーズ・カンパニーへの潜入を超えた、翌日。

 部屋の扉、一枚隔てた向こうにカルモがいる。私は、扉に手を置いた。

「カルモ……」

 誰にも届かなくていい言葉を投げかける。扉は重々しい木製で、受け止めも跳ね返しもせずただ無常にそこにあった。いや、あってくれて良かったかもしれない。

「……カルモ」

 もう一度、カルモの名前を呼ぶ。

 カルモとは、微妙な仲だった。だが、戦闘を共にしていくうちに少しずつ話せるようになった。豪華客船でお茶を飲んだこと、ペルプも一緒に三人でお泊まり会をしたこと、それからことあるごとにキロロの話をしていたことも、私はすべて覚えている。

 でも、幸せは永遠には存在しない。私はその幸せを自ら切り離した。キロロやカルモ、セトラやペルプとあったすべてのことをなかったことにした。

 ああ、腹立たしい。

 私が居なくても、ペルプ達は幸せにやっていけると思っていた。私がそう願ったのだ。みんな、ずっと幸せでいてくれると思っていた。実際、そうしてきたのだろう。

 何者かに壊されたのだ。


「カルモ……」

「カルモ?」


 その声に、振り向いた。

 宇宙人と青年だった。青年の方は、わなわなと手を震わせる。

「カルモ……お嬢さん……!?」

 青年は、急に私に飛びついてきた。いや、違う。ドアノブに手をかけている。扉を開けようとする青年の服の袖を、宇宙人が握った。

「マタレヨ。ビユノムが、入ッテハナラヌと言ッテイタ」

 私は、青年の背中の皺が上下するのを見た。

「カルモのこと、知ってるの?」

「お嬢さんは、私の許嫁です」

 青年は今まで聞いた中で一番静かな声で続けた。

「許嫁とは言えども、お互いに好きな方が居るからと、婚約解消に向けて動いて居りました。何方かと言えば、妹のような存在で……」

 段々声が大きくなっていく。鬱陶しくなく、しかし暑く、苦しい熱を帯びていく。

「嗚呼、私と関わった故に、お嬢さんも先生も不幸に……!」

 青年は、崩れ落ちることはなかった。ただ、身体を震わせたままドアノブにすがりついている。先生がヤミリーズ・カンパニーの社員になっていたことも聞いたのだろう。

「それは皆一緒でしょ」

 青年は扉を、宇宙人は私を見ている。私は、ペルプ達のことを思い出す。

「誰かを大切に思っていたから、私達は皆を不幸に陥れた」


 いっそ、大切に思わなければよかったのに。



「……そう、ですよね……」

 青年は、ドアノブから手を離した。私に向き直った。

「全ては私達の所為でしたね。戦うと決断したらば、多少、犠牲は仕方無い」

 青年は微笑(わら)っていた。

 それから、今度は私と宇宙人に向かって頭を下げる。

「……先程は止められましたが、やはり一度お嬢さんと話させてください。お嬢さんではないことを、願わせてください」

 私は無言でそれを肯定しようとした。


「ケトはアワナイのか?」


 宇宙人の声が割って入った。

 しばらく、間を空けた。

「……私はいい。私はカルモのことを一方的には知っているけど、カルモは私のことを知らない。混乱させたくないから、私のことは何も言わないで」

 青年はしばらく固まっていた。しかし、それ以上何か聞くことはなく、扉を開け、中に入っていった。


 水色の髪が視界の端に映った。


「ドウシタ!?」

 宇宙人の叫び声で、私は我に返った。

「ナンダ、ソノ水は! コノ世界の住民は、水を生成デキルノカ?!」

 下顎を上着の袖で拭う。ここを離れなければならない。扉から数歩下がる。

「トモスレバ我ガ世界の水不足も解決〇×△□……デハナク!」


 宇宙人は、私の服の袖を掴んだ。

 咄嗟にその手を払おうとした時、顔を払ったかのような大きな音が聞こえた。それでも、宇宙人は手を離さなかった。

「離して」

「ナゼ、会エルのに会ワナイ?」

「そーそー、別に会っちゃえばいいのに」

 服をつかむ手がひとつ増えた。ネイルの塗られた華奢な手。宇宙人の隣に、いつの間にか配信女が立っている。

「ミィチャン……!」

「ね、なんで会わないの?」

「あなたには関係ない」

「気持ち悪いから?」

 配信女は、手を離した。宇宙人がそれに倣う。

「直ぐに顔に出るね~、おっもしろ~い♪」

 濡れた上着の袖に触れた。肘を抱えた。

 最大限配信女に嫌悪感が伝わるように睨みつける。宇宙人は「ピ」と声を上げたが、配信女は楽しそうなままだった。

「ね、ケト。着いてきて。ビユノムとカルモが話してたの見たから、話してたこと全部教えたげる」

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