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PEKICA SET  作者: 甘衣 君彩
第三章
11/28

♯9 思考停止

 ――ぴよぴよぴよぴよ……


 チャイムのせいで、鳴り続ける音には慣れてしまった。今度はアラートが繰り返し鳴り続けている。

『総員、まえーっ、ならえっ!』

『ならうのは無理だろ。宇宙船だぞここ』

 宇宙船の自動操縦を監視しているペルプが高らかに宣言し、逆さまになってあぐらをかいているキロロが呆れ声を出す。私は口を開く。声が出ない。

『え、なんで?』

『無重力空間じゃ、まず一列になるのが無理なんだって』

『あっ、確かに!』

 カルモは窓際の椅子に座り、外を眺めている。二人の会話には加わっていない。セトラは、カルモの後ろから窓を見ていた。どうもよく見えないらしく、ぴょんぴょんと跳び上がっては天井に頭をぶつけている。

『そもそもなんでならうんだ』

『え? だってその方が楽しいじゃん! 宇宙船で一番最初に前ならえするの、私達になるんでしょ?』

 何を言ってるんだ。私の心の声と、キロロの呟きが重なった。

『あとねー、シャトルランもやりたい! 宇宙を跨いで☆シャトルラン大会!』

『体育縛りか?』

『宇宙船の端っこから端っこまでなら行けるでしょ! どう思う? カルモ、セトラ!』

『ふふ、いっそ宇宙船自体を動かすのはどうかしら?』

『はーっ!? お前もノるのかよ!』

『う~ん、僕はシンプルに冒険がいいかも……』

 カルモとセトラが会話に加わった。最早地の文を描写する隙もないほど、四人は盛り上がっていた。宇宙で何をするか。普通発射する前に決めておくべきことなのに。無鉄砲さには呆れるが、四人は幸せそうに笑っている。


「私も行きたい。私も連れて行って」

 私の声が、私でないところから聞こえる。どうして? ここはもう宇宙なのに。

「みんなと一緒がいい。私も一緒に」

 何を言っている? 私は爪をたてる。バッジも触っていないのに。あなたはそれ以上を望んではいけない。もう一度幸せになる権利なんていらない。

『えーっ、なんで? ミイ、気になるなあ』

『何故です?』

 私は振り向いた。「配信女」と「文学青年」が首を傾げている。当たり前だ。幸せは永遠には続かない。だから、ペルプ達の幸せが続くように、今ある時間を消費しているのだ。

『貴女の不幸はどうなるのです』

『自分の幸せはどうするの?』

 あれほど言ったのにここまで着いてくるなんて鬱陶しい。追い払おうとするも、またしても声にならない。

『それとも、ね、今度はミイ達と幸せになる?』

 二人がこちらに近づいてくる。笑顔を貼り付けて。気持ち悪い。本物よりもっと。私は一歩後ずさる。いらない。いらない。自分の幸せは。


……自分の、幸せ?


 後ろから、別の声が聞こえた。

「ねえ、どうして?」


―――



 目を覚ました。自分の部屋だ。視界の縁が陽炎のように揺らめく。

 夢だ。久しぶりに自分が動く夢を見た。ペキカセットは、宇宙に行ったことは一度もない。ないはずだ。私が加入する前に行っていない限りは。馬鹿馬鹿しい夢を。ペルプに聞かせたら大喜びしそうだ。

「自分の、幸せ」

 呟いたあとで、私は首を振った。考えても無駄な事だ。それより何故私の部屋に? 昨日は路地裏で眠りについた……いや、夜中まで寝たあと、ビルの壁をつたって歩いた記憶がある。スマホのバイブレーションが鳴る音が聞こえた。手を使い、取り出す。

《この端末は三日間返却されていません。今すぐ保護者に返却してください》

「三日?」

 あれから二日もぶっ続けで寝ていた、と。状況は理解したが、不可解なことであった。今までで一度もそんなことはなかったはずなのに。私は起き上がる。すると今度は……


 下の階から、爆発音が聞こえた。


 ……朝食を取らなければ。二日間何も飲んでいないのはまずい。不摂生でいると死んでしまう。それにしても妙に空気が軽くて冷たい。あの不思議な夢のせいか。


―――


 廊下を歩いていると、何人かが慌てて通路を駆けていく。それにつれて、軽快な空気はどんどん澱んでいった。

「魔力の暴発だ!」

「怪我人が居るぞ!」

 足はあまり痛まないが、見るために態々下の階に行くことはない。私はそのまま食堂に向かって歩く。誰かが私の腕を掴んだ。またか。それしかパターンはないのか。振り向くと、やっぱり知り合いだった。

「ケト……っ、黙って聞いてくれ、僕からの、緊急の依頼だ」

 知り合いの息は荒い。私は黙ったまま、その場を動かずにいた。

「部屋に戻らず、この前の八階B室の窓から隣のビルの窓に飛び移ってくれ。あっちにいる構成員が続きを説明する」

 知り合いの腕から何かが滴り落ちていた。血……ではない。銀色に光る魔力だ。

「よし、いい子だ。じゃあ、あとは頼んだよ」

 私は踵を返した。一歩踏み出す。二歩目。走れる。そう判断し、周りには気を配らずに走り出した。

 一度大部屋に戻り、自分の部屋に飛び込む。収納を開け、荷物が入ったポーチと麻袋を掴む。それから、はしごを降りてまた走る。たったそれだけのことに今まで私は時間をかけていたのか。

 下の階から再び爆発音が聞こえてきた。一体何なんだ。私を狙った敵襲……それは傲慢すぎる想像だ。仮にそうだとすると、今すぐこの勢力を離脱しなければならない。「敵」が二つに増えることになる。それはそれでいいかもしれない、と思う。独り身の方が動きやすいのだから。ともあれ、私は階段を昇り始める。そのとき、バタバタと音を立てて誰かが昇ってくる音が聞こえた。

「ソコヲドイテ、長ニアイタイ」

「お待ちください、此処に入るには審査が」

 ボイスチェンジャーを通したような奇妙な声と、聞き覚えのある男の声。私には関係のないことだ。更に上へ。窓のない階段では有り得ない、ガラスを破壊するような音が聞こえてくる。


 八階のB部屋にたどり着いた。机の後ろにある窓は、私を待ち構えているかのように開いている。だが隣のビルの窓は、少し下に位置してる。開いていない。となると、窓の縁に飛び移ってから割るしかなさそうだ。私はポーチに手をやり、ふと手を止めた。

「……しまった」

 ポーチの中にあるロープにはマキビシが絡みついている。全部取るには手間だ。ロープを使って降りることはできないだろう。まあ、いいか。麻布の袋をポーチに押し込む。

 足音が聞こえる。明らかに「魔力の暴発」ではない。今、戦闘をするのは面倒だ。

 服越しにバッジに手をやった。身体に魔力が迸る……十分休めていないせいで、残存魔力が少ない。ただ、「猫」に変身するには十分だ。猫耳を頭に装着する。窓に歩み寄る。縁に足をかける。


 B部屋の扉が開く音が聞こえた。

「タノモウデス……ナッ!?」

 ボイスチェンジャーの声。私は片足をかけたまま振り向いた。一瞬息が止まる。五歳ほどの身長。黄緑色の肌。頭には触覚、目は大きく口は小さい。それが、大量の魔力を放出していたのだ。黄緑色の渦が辺りにできている。

✕○△♡(ピポポパ)!? 何ヲシテオル!?」

 声を荒らげながら近づいてくる「それ」は、間違いなく宇宙人だった。ああ、私と同種の魔法か。宇宙人は、ボイスチェンジャーの声を荒らげる。

「ジブンを殺してはイケナイ! このセカイのルールにはないノカ!? アナタハ、不幸なノカ!? アナタハ幸せデハナイノカ!?」

 何か勘違いをしているらしい。宇宙人に一瞥をやったその時……床が抉れた。

「は――」

 丁度窓に足をかけていた私は、バランスを崩した。





 世界がスローモーションに切り替わった。どうして?ああ、落ちているからか。頭から。


 幸せ。

 ペルプと、キロロと、カルモと、セトラ。ペキカセットの私の幸せは、間違いなく四人との時間だった。でも、幸せな時間を失う時が怖かったから、私は自分からそれを手放した。唯一幸せを感じることがあるとすれば、ペキカセットの幸せだ。ペルプ達がどこかで幸せにしているならば、私は……


 ……私は、幸せになれるだろうか。


 全身が震えた。そんなこと。幸せなどなくてもいいに決まっている。要らない。必要性がない。失うと分かっているものをもう一度手に入れるために必死になるのは嫌だ。頭の中で、濁流が輪になって進む。「幸せなどいらない」「幸せでなくていい」それだけを唱える為に。


 ――ぴよぴよぴよ……

 あの夢のアラート。四人は全く気がつかなかった、私だけが聞いていたアラート。それが、濁流に混ざっている。


 下の階の窓の縁が見えた。そうだ。私は「猫」だ。空中で一度回転し、窓際にしがみつく。窓が開いた。私は懸垂の要領で身体を持ち上げ、部屋の中に転がり込んだ。




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