ギャップ萌えを見てみる
世の中には、ギャップ萌えという概念がある。
ギャップ萌えとは、普段の言動と特定の条件下での差によって作られるキャラの魅力のことだ。
この魅力的なギャップはどのようにして生じるかについて考えていきたい。
私が考えるに、ギャップ萌えは挫折している欲求や変調している防衛スタイルが解放されることで生じている。
まず、挫折について。人間の欲求はエニアグラムから影響されている。とくに、有能性、自律性、関係性への欲求はエニアグラムタイプを規定する重要な欲求だ。
もちろん、これだけで欲求が決まるわけではない。同じエニアグラムタイプ4であっても、青色に髪を染めた方が自分の個性をだせると感じると思う人もいれば、赤色に髪を染めた方が自分の個性を出せると感じる人もいる。このように、同じタイプであっても、欲求が異なるというのは珍しくない。
しかし、大切なことは、根源にある個性を出したいという欲求はエニアグラムタイプによって決まっているということだ。
今回考えていきたいことは、人間の根源にある欲求はしばしば環境を理由に阻害されてしまうことがあるということである。
例えば、とあるタイプ7の人と楽しいことをしたいという欲求を持っているとしよう。
しかし、その欲求は簡単に年齢や性別、外見を理由に阻害されうる。
「長男だから家督を継いでいってもらわなきゃ困る」とか、「私は勉強ができなかったから、子供には必死に勉強して東大にいくために勉強してほしい」とか、そういった楽しいことをすることへの阻害をうけると、人と楽しいことをしたいという欲求は挫折してしまう。
するとタイプ7はタイプ1のように、自律性の欲求が頼りになる。
タイプ7の欲求に挫折して、タイプ1のようにキビキビと働いている人が、あるとき、ねこカフェやドッグカフェにハマって、一緒に楽しいことができるとなると、その瞬間だけ欲求が解放されて、普段の自分のようになれる。
これがギャップ萌えの一つの理由、挫折した欲求の解放である。
もう一つの理由である変調した防衛スタイルからの解放を見ていこう。
人間には体癖がある。欲求は大抵の場合、そのままの状態で放置されることはなく、防衛されている。
その防衛スタイルは、体癖によって決まっていて、一種ならPS、二種ならPOというように、欲求が湧いたときにどのスタイルによって防衛されるのが自然かというのを定めているのが体癖である。
しかし、人は低調すると、本来持っている防衛スタイルだけでは追いつかず、別の体癖の防衛スタイルを発動させることになってしまう。
例えば、四種体癖を考えてみよう。四種体癖は、WOすなわち他者への諦めを中心とした体癖である。
そんな四種も周囲のキラキラカワイイグループに感化されて、ろくに読んだことのないファッション雑誌を読むことになるかもしれない。
禄に興味が湧かないものの、周囲に合わせるために、ファッション雑誌を読んで、まるで三種のように振る舞う。これはとても苦しいだろう。
そんな普段は友達に合わせるためにファッション雑誌を読んでいたのに、あるとき、ふいにクラスのダサいオタクくんを認識して、基本防衛スタイルである他者は弱いを発動でき、オタクくんの前だと落ち着くというようになるかもしれない。
これがオタクに優しいギャル(の一例)である。
このように、一時的に、挫折した欲求や変調した防衛スタイルを解放するのがギャップ萌えである。
他にも様々な事例のギャップ萌えが挫折した欲求や変調した防衛スタイルの解放によって説明される。
有名なギャップ萌えの一つであるクーデレは普段は口数が少なくクールなのだが、ときおり、デレて愛らしい面を見せてくれるキャラである。
例えば、次のような事例が考えられるだろうか。
本来の性格は九種エニアグラムタイプ6で、他者と側にいられれないことを悲しみやすいとしよう。
低調して、一種エニアグラムタイプ3のようにストイックに仕事に取り組むようなキャラになっているかもしれない。
周囲の人間はヒロインのストイックな面を道具のようにだしに使うかもしれない。主人公はヒロインの内面の深い部分に入り込んで、ずっと側にいようとする存在としてヒロインの特別になって行く。
そうして行くうちに、ヒロインが抱えている悲しみの感情を主人公が受け取ることができるようになる。
その弱々しい姿を主人公は受け入れて行くことになる。
最終的にはヒロインも成長して、主人公抜きで、自分の足で自分と主人公双方のために希望抱きながら互いを支え合って歩いていけるようになるのだろう。
まぁ、これはクーデレの一つの例で、人がクールに見える理由はさまざまにある。
重要なことは、キャラのギャップ萌えは、挫折した欲求を取り戻すこと、自分本来の防衛スタイルを取り戻すことの中にあるということである。




