心癖論からエゴグラムを見てみる
今回は心癖論から、エゴグラムを見ていこうと思う。エニアグラムではなく、エゴグラムを見ていこうと思う。
「エニアグラムにエゴグラムって、なんかわかりにくい名前やなぁ。ってか、元になってはるエニアグラムの解説もしとらんのに、まるで作者さんは時空魔法使いやなぁ。」と思われてる皆さん、私は魔法使いではないので、そこんとこ、よろしく!
と冗談はさておき、名前のよく似ているエニアグラムとエゴグラムであるが、その性格に対する考え方は大きく異なる。
エニアグラムは「感情の内容」から、性格を扱っている理論だが、エゴグラムは「感情の振る舞い」から性格を扱っている。すなわち、エゴグラムは実は、エニアグラムより体癖に近い性格の理論なのである。
したがって、エゴグラムの概念は概ね体癖に翻訳できるのではないかと、私は考えている。とはいえ、私は専門家ではないので、そこんとこも、よろしく!
それでは、本題に入ろう。
エゴグラムには、CP、NP、A、FC、ACの5つの自我状態から性格を扱っている。
CPの高さは、責任感の強い交流を好むことを表している。CPは心癖論でいうところのPSに相当する値であろう。
この値が高いと一種の要素が強く出るのではないだろうか。
NPの高さは、思いやりの強い交流を好むことを表している。NPは心癖論でいうところのWOやGSに相当する値であろう。
この値が高いと四種や十種の要素が強く出るのではないだろうか。
Aの高さは、冷静な交流を好むことを表している。Aは心癖論でいうところの、WSやISに相当する値であろう。
この値が強いと、九種や五種の要素が強く出るのではないだろうか。
FCの高さは、自由さを表している。FCは心癖論でいうところの、GOに相当する値であろう。
この値が強いと、三種の要素が強く出るのではないだろうか。
ACの高さは、我慢強さを表している。ACは心癖論でいうところの、POに相当する値であろう。
この値が強いと、二種の要素が強く出るのではないだろうか。
エゴグラムは、交流分析のなかで使われている手法で、人間のコミュニケーションを分析していく中で、どのようなコミュニケーションをするのかに関する性格を、体系化したものである。
私が思うエゴグラムの素晴らしい点は、性格をロールプレイの中から見抜こうとしている点である。
言動を調べることは、アンケートと違う生身の人間の性格を理解するのに強く役立つだろう。
また、エゴグラムというか交流分析では、ストロークという考えがある。
これについての取り扱いは正直、難しい。
私が考えるに、ストロークというのは感情の内容の充足を意味するのではないかと考える。
すなわち、関係性への欲求、有能感への欲求、自律性への欲求の充足を求めることが、ストロークを求めることである。
つまり、心癖論を交流分析から見れば、ストロークを三種類に分けて、それぞれの充足を考えていると言える。
これによって、心癖論はストロークの種類についても議論できるようになっていると言える。
ストロークは時折り、愛と略されることもあるが、エニアグラムタイプ2の場合たしかにこれは愛に合致する。
他にも交流分析には「あなたもOK、私もOK」を理想とする考えがある。
これについて、私としてはこのような理想は「OK」の意味をより吟味した方がよいのではないかと思う。
メラニー・クラインのいう良い母親を指すのかそれとも、程よい母親を指すのか。私の理論で言う、期待同一化と、甘えの違いを、交流分析は考える必要があるのではないだろうか。
自我状態の中に、はっきりとIOに相当するものがないのも、甘えというコミュニケーションを考慮できていないからではないだろうか?
以上のように交流分析は、西洋で作られた理論だけあって、日本人に顕著な交流である甘えの取り扱いが不十分になっている側面があるのではないかと感じる。
とはいうものの、自我状態とストロークという感情の振る舞いと感情の内容に相当しうるような概念を明確に区別して導入していることは、本当に素晴らしいことであるとと思う。
初めにちょろっと私の自我を出して見たんだけど、どんな風に見えんだんだろうか?
私の素はあんな感じで、FC高めのおどけた感じなんだよね(笑)




