1
広くはない竜車の荷台にむさ苦しく充満する金属と男達の体臭に、周囲に気づかれないほどの小さなため息をつく。
車輪のサスペンション越しに感じる揺れの大きさに随分と辺境に来たなと思いながら、
手持無沙汰を紛らわすために、リュートは今日何度目かわからないほど見た薄茶色の粗末な紙に視線を落とす。
『緊急大型魔物討伐、討伐対象に関する情報と討伐報酬について』
近年増加の一途をたどる、この手のレイド。
冒険者だった父が生きていたころにはほとんど聞いたことなかったものだ。
「なあリュート、お前レイド今年何回目だ?」
そう声をかけてきたのは、真向かいに座っているガンツだ。先ほどまで眠っていたのだが、いつの間にか目が覚めていたらしい。
大きな体躯に似合わず、魔法を駆使した遠距離攻撃を得意とするタイプで、自分と同じBランクの冒険者。何度かレイドで一緒になったことがある顔なじみだ。
「そうだな、7回目ぐらいか」
「うげー、まだ1年の半分も過ぎてねぇのによくそんなにこなせるな」
ガンツは顔をわかりやすく顰めて、俺には無理だ、と首を振って見せる。
すると、ガンツの横に座っていた壮年の冒険者が方眉をピクリとあげて、こちらを向いてきた。
「おい、リュートってお前、”雷”のリュートか?」
「…まあ、そうだけど」
そう答えると、男は意外そうな顔をした。
「ほお、お前がそうだったのか。こんなに若かったとはな」
”雷”、自分についた通り名だ。仰々しいからやめてほしいと言っているのだが、気づけば初対面の人からも呼ばれるようになった。
この名前が広まってしまったのは実力の評価も多少はあるのだろうが、おそらく自分がギルド内で悪目立ちをしているからなのだろう。
「雷の噂はよく聞くぜ。どんな有名パーティが勧誘しても断られる、ギルドからのAランク昇格も辞退、おまけにレイドしか請けない変わり者ってな」
やっぱりなと内心で呟きながらリュートは面倒だという表情を隠しもせず、視線を依頼書に戻す。
「止してくれ、詮索されるのは好きじゃない。」
「わかった、わかった。」
男はバツが悪そうに頭を掻き、当たり障りのない話題に変えた。
「それにしても、今回のレイドは辺境は辺境でもマグラスの辺境伯のおひざ元でなんてな。いよいよ、イキガミ様の加護もいよいよ無くなっちまうんじゃねえかって思わねぇか?」
「よく言うぜ、もともと俺達にはイキガミ様の加護なんてあってないようなものだったじゃねぇの。なあリュートもそう思うだろ?」
「さあな、俺は興味ないね」
この大陸には大小6つの国が存在する。
その中で覇権を握っているのはザスティール皇国だ。なぜなら、皇国には神がいるのだ。”生き神”と呼ばれる、その名の通り生きた神が。
400年前に地上に降りたった生き神に遣えた一族の末裔が現皇帝であり、生き神は今も皇国の大神殿にて大陸に魔よけの加護をもたらしている、というのがこの大陸に生きる人間の共通認識である。
大陸中で生き神が広く信仰されており、故に皇国は神の代理者として現在の地位を築いているのだ。
しかし、リュートの暮らすブレシア王国は大陸の最南端であり、最北に位置する皇国の加護の恩恵が最も薄いとされている国である。
昔から、神には頼らず己の身は己で守るという精神がこの王国の民の根本をなしてきた。
それ故、ブレシア王国では独自の戦闘員組織『ギルド』が生まれ、対魔物の戦闘・魔法技術が他国より発展してきたという少々特殊な背景があるのだ。
他国に比べて生き神信仰は形式上のものであり、リュートのように生き神信仰に全く関心がないというのもそう珍しいことではない。
だが、もともと魔物の脅威があったブレシア王国であるが、事実としてここ10年で明らかに魔物の数が増えている。そしてこのことはブレシア王国だけでなく、他国でも同様であった。
今、緊急要請でリュート達が向かっている隣国マグラスの辺境伯領ベーンブル市街地は、ブレシア王国よりも北に位置する、本来ならば加護の効果が王国よりも数段高い土地であり、
レイド対象となる大型の魔物が出現するなど未曾有の事態なのである。
『討伐対象:グレートグリフォン上位種(仮称:キンググリフォン)
要請:Bランク以上の冒険者にて構成された小隊規模の討伐隊
討伐報酬:一人当たり金貨30枚
特徴:全長9メートル強。魔導砲隊などの中距離部隊を優先的に襲撃することから高い知能を有すると考えられる。高威力の風属性の魔法攻撃を用ることが確認されている。
被害状況:ベーンブルク市街地より西方10㎞に位置するアカシ村の全壊、ベーンブル魔導小隊の約4割の損傷。
死者数:26名 負傷者:33名』
簡潔な文章と、その下に描かれたこちらを鋭くにらみつける大型のグリフォンらしき魔物のスケッチ。
リュートが1か月前に受けた別のレイドの報酬は金貨10枚であった。1つの依頼で金貨30枚というのは破格の高値である。マグラス国の混乱と恐怖がうかがい知れる。
レイド対象となる大型の魔物はその土地の生態系とは関係なく、突如姿を現すとされている。
皇国に近い場所ではまだ確認されていないが、ブレシア王国近郊ではここ1年間だと1か月に1度ほどの頻度で出現している。
したがって、ただでさえ魔物の討伐経験の少ないベーンブルの軍隊では手に負えず、こうしてブレシア王国のギルドまで討伐要請がかかるという異例の事態になっているのだ。
通常であれば今回のようなグリフォン種には、馬に対して並々ならぬ執着を持つ習性を利用して、雄馬を囮にしてグリフォンの周りを囲い、集中砲撃をする戦法が採用される。
だが、優先して攻撃すべき対象が分かるほど知能が高いとなると、この戦法はあてにならないだろうというのがリュートの見解であった。
そしてそれは的中するのであった。