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魔法少女ミーラヤ・バギーニャ

魔法少女vs未来人

作者: 川里隼生

 過去の自分へ応援に行けるとしたら、いつを選ぶだろう。遠足で転んで擦りむいたとき、給食のトマトを初めて食べたとき、難しい宿題を夜遅くまでやったとき。きっと、そのときそのときで違う選択をすると思う。今日、十三歳の秋の何気ない一日を過ごそうとしていた私に、未来の私がやってきた。ただし、敵として。


「あっつぅい……」

 残暑に打ちのめされてるのが私、亜木あきかなで

「あっつぅい……」

 隣で私と同じようにフローリングにお腹をくっつけてるのが、妖精のイア。私たちは秘密結社オッソロスと日々戦ってる。


 イアは全身が赤い子熊の姿をしてる。大きさは私の手のひらサイズ。イアはどうしてだか私を魔法少女にスカウトした。イアから声をかけられた私以外には、イアの姿は見えない。見えないだけで世界中にいる。妖精っていうのは、そういうものらしい。なんだかオバケみたいって言ったら、いつかのイアは怒ってた。


 そのイアの耳が、ピクピクと動いた。それは微笑ましいアクションじゃなくて、スクランブルしなきゃいけない事件が起きたことを意味する。

「オッソロスだ!」

 飛び起きたイアと一緒に、私も服装を整えて外へ走り出した。


 オッソロスがいるっぽい森の中で、魔法少女友達二人と合流できた。私だけ汗だくなのは、きっと私の代謝機能がすごいからだと思う。私たちが揃うのを待っていたみたいに、木の陰から大人が一人、こっちに歩いてきた。

「こんにちは、ミーラヤ・バギーニャのみんな」

 ミーラヤ・バギーニャ。イアたちから言われた、私たちの正式なチーム名。三人ともほとんど使ってない呼びかたなのに、そう呼ばれた。


「あなたは誰? どうして私たちが変身してることを知ってるの?」

 リーダーのローザブイが噛みついた。いや、別に正体秘密じゃないんだけど。そこは知られててもおかしくないんだけど。

「そりゃあ知ってるよ。だって私はビエリー、あなただもの」

「え?」

 ビエリーは私がイアの力で変身したときの名前。


「元ミーラヤ・ビエリーの亜木奏、二十三歳です。イアと別れて普通の女の子になりました。どう?」

 うそ。イアのことを知ってる。ただのおかしな人じゃない。

「未来の……私? だとして、どうして過去に来たの?」

「そ、れ、は、ね」

 未来の私が私に近寄る。顔が超近い。


「普通の女の子になった私の人生をやり直させるため」

 耳元で、こう言われた。囁いたわけじゃない。多分、二人にも聞こえてた。

「は?」

 未来の私はパーソナルスペースの外に出て、話を続ける。


「中一の二月にビエリーになって、オッソロスと戦ったんだよね。戦いはそんなに長く続いたわけじゃない。だから、イアとの別れもすぐに来た」

 勝ったのか、どんな別れなのか、未来の私は具体的に言ってくれない。ただ、今まで未来のことを考えてなかった私にはショッキングな話だった。

「普通の女の子になって、私には個性がなくなった。私は高校も別になって、ミーラヤ・バギーニャの絆は薄れていっちゃった。……どう? そんな未来、嫌でしょ?」


 急に質問されて、私は少し考えてから、黙って首を縦に振った。

「だよね。戦いが終わっちゃえば、十年後のあなたは一人ぼっち。ならさ、ミーラヤ・バギーニャじゃなくても、このままビエリーとして戦い続けたらどうかな?」

「……どういうこと?」

「あなたがオッソロスに入っちゃうの。もちろん、二人とはお別れだけど、オッソロスに無駄に人が多いのは知ってるでしょ? 私がいま感じてる寂しさからは解放される。一人ぼっちが怖いのは、十年後の私も同じだよ」


「ビエリー! オッソロスに行っちゃダメ!」

「その話に乗ってはいけません。今日は無視して帰りましょう」

 二人はそう言うけど、私には思うところがあった。

「未来の私と、二人きりで話がしたい」

「そんな……」

 いつもは上品なイメージのシーニーが打ちひしがれた声で言う。

「いや、違くて。別に今すぐオッソロスになるつもりはないんだけど……」


 私が小学一年生だった頃、クラスに友達のいない子がいた。歓迎遠足でも一人で歩いて、給食の時間も一人で食べて、夏休みも誰かと遊ぶ姿を見なかった。その子は、二年生に上がるタイミングで別の小学校に移った。中学校の入学式でその子のことを思い出して、隣の席のミユにこんな子がいたよねって話しかけた。

「えー? いたっけー?」


 ミユの記憶の中から、転校していったあの子のことは完全に消え去ってた。私が覚えている限りの特徴を全部言っても、ピンとくるものはないみたいだった。まるで最初からその子がいなかったみたいに感じた。他に特徴がないか考えてる内に、恐ろしい事実に気づいちゃった。私自身が、その子の顔と名前を思い出せなくなってた。


 もしも私たちが魔法少女にならなくなって、私だけ別の高校に通って、ローザブイとシーニーに会わなくなったら、二人のことを忘れちゃうかもしれない。二人が私のことを忘れちゃうかもしれない。それは私の中では、世界がオッソロスのものになるより嫌だ。

「……二人きりで、話をさせて」


 大人っぽい含みのある笑みをした未来の私に歩み寄ろうとすると、両腕を同時に引っぱられた。

「行かないで!」

 右腕はローザブイで、左腕はシーニーだった。

「あなたとは戦いたくありません!」

 二人の気持ちも、もちろんわかってる。でも、きっと私は、あの子みたいな孤独に耐えられない。


 振りほどこうとしたとき、真後ろからイアの声が聞こえた。

「奏は強い女の子だ。僕の力を、必ず人を助けるために使うんだから」

 前にも言われたことのある言葉だった。確か、お祭りで迷子のお母さんを探したときに言われたと思う。ビエリーの力は、人の何倍も大きなオッソロスを倒せるくらい強い。自分の力を誰かのために使える人を、イアは強い人と言った。


「自分が一人ぼっちになるのが怖いからオッソロスの味方になるのは、強い女の子のすることかな?」

 声だけのイアが、そう問いかけてきた。

 ——ごめんね。それは違うね。

「二人とも、離して」

「でも!」

「大丈夫。私はずっと、ミーラヤ・ビエリーだから」

 二人は恐る恐る、私の腕を離した。少しだけ汗の感触がする。


「どうする?」

 未来の私がもう一度、私を勧誘する。

「お断りします」

「……なんで? 一人ぼっちが怖くないの? あの子のことを忘れたの?」

 初めて、未来の私が涙をこらえてることに気付いた。この人にとって過去の、私にとっては未来の、十年間のことを思ってるのかもしれない。


「この力は、誰かを助けるために使いたいから。身勝手な理由で使っていいものじゃないから。……何より、自分の弱さにだけは、絶対に負けたくないから!」

 本当は少し怖かったけど、目線を外さず、言い切った。未来の私は、私を強く抱きしめてくれた。

「その言葉、忘れないでね。未来で待ってるからね。……あともう少しだからね。がんばってね」


 肩を震えさせながら、未来の私は光の粒になって消えた。

「もう夕陽も沈みます。帰りましょう」

「奏ちゃん、もう帰ろうよ」

「……っうん……」

 私はその場にしゃがみこんで、泣いてた。未来の私との約束を忘れないように。強く脳裏に焼きつけるために。目が赤くなるまで泣きはらした。

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