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「ただいま~」

「にゃお~う」

「おっ、ドット。寒いのにお出迎えか~」


 玄関扉をあけたら、赤い毛並みのネコが優雅に現れた。とたんに俺の顔はへにゃっとほどける。

 赤味の強い毛皮とペリドット色をした光る瞳。なにを隠そう、この子も異世界からの来訪者だ。

 もとは真っ赤ですげえかっけえドラゴンだったんだけど、こっちでその姿じゃさすがにマズいってんで、今はネコとして俺んちで暮らしている。もともとすんげえ綺麗な子だったけど、ネコになってもすらりとした長いしっぽと大きな目をした、とんでもなく可愛い姿だ。


「なお~ん、なおお~ん」

「わざわざコタツから出てきたの? いつもありがとな~」


 くねくねと器用に体をひねりながらドットが足にまとわりついてくる。その体を抱きあげてリビングに入ったら、「いま起きたところです」と言わんばかりの爆発アタマをした姉貴が、コタツの天板に顎を乗せたままの姿勢でドロンとした目をあげた。


「おっかえり~」

「おー」


 目の下の隈がすげえ。

 ゾンビだ、我が家にゾンビがいるぞ。

 これがバッチバチに化粧したらそれなりの美女に化けやがるから、女って生きもんは(こえ)えよなあ。


「いいよなあ、大学生っつーのはいつ見てもヒマそうで」

「そこは『要領がいい』とおっしゃい。あたしはアンタと違ってやるべきことはきっちりやってんのよ~ん」

「へーへー」

「実際そんなにヒマじゃないわよ。締め切りはもうとっくにデッドラインだしさあ……」

「っつて同人誌のだろ、そりゃあ……」


 年末にはビッグサイトで、かの有名なオタクの祭典があるかんな。姉貴は今年もまた、そこで店を出すらしいのよ。

 ちゃんと教えてくれねえから怪しいなと思ってたとこなんだけど、どうやら「異世界に落っこちてメタボまっしぐらな巨体の公爵令嬢になっちまった野球バカ・フツメンDKと、イケメン王子様のBL小説」とやらを書いてるらしい。これはシルヴェーヌちゃん情報だけどな。膨大な魔力をもつシルちゃんは、姉貴と個人的に連絡を取り合えるみたいなんだ。


 まったくよー。

 なーにをしれっと俺らをネタにしてんだかよ~。俺はともかく、皇子を新刊のネタにしてんじゃねえっつの。

 でもまあ、あんま強くは言えねえんだよな。なにしろこの人、目がさめたらいきなり俺になっちゃってて、完全にテンパって泣いてたシルヴェーヌちゃんを、あれこれ細やかにサポートしてくれてたからさ。


「んで? どーだったのよクリス皇子」

「ん~。べつに、欲しいものはねえんだってさ」

「ふーん。予想通りね。まあそりゃそうか」


 姉貴はうちの低い天井を見上げ、もしゃもしゃの頭を掻いてさらにもしゃもしゃにした。中学のころから着ている綿入りの半纏(はんてん)の袖は擦りきれている。その下に着ているのは高校のときのジャージ。もちろんノー化粧。

 ……ほんっと、他人には見せらんねえすさまじい姿。

 コタツの上に置いてあったミカンを取って、なんとなくめしめしと皮を剥きながら姉貴が言う。


「むこうじゃ帝国の皇子様だったわけだし、こっちに来たって相変わらず『イイとこの子』だもんね~あの子。いまさら中途半端な物欲なんてありゃしないわよね」

「はあ。そうなんだよなあ……」


 実はクリスはこっちの世界でも、とある裕福なご家庭の一員になっている。家族関係なんかを魔法でちょちょいといじって、関係者の記憶まで改竄(かいざん)して……って結構大がかりなことをやったらしい。魔法ってすげえよなあ。てかチートよな、もはや。

 姉貴の言うとおりで、そんな「いいとこの子」に庶民の、しかも高校生の小遣いで買えるようなもんを渡して喜ばれるはずがない。いやもちろん皇子のことだから、どんなもんでも「健人がくれたのだから」って喜んで、大事にしてくれるとは思うけどさ。

 でも、少なくとも金で買えるものであいつを本当に喜ばせるのは、至難の業だと思うんだよなあ。


(はあ……どうしよう)


 両手で頭を抱えちまった。

 どう考えてもいいプレゼントが思い浮かばない。

 いっそもう諦めるか……?

 でもさあ、クリスマスっつったらやっぱり、プレゼントとケーキにパーティじゃん? しかも皇子にとって今回は、この世界にきて初めてのクリスマスじゃん?

 ああっ、悩ましい!


「じゃあさあ。やっぱりアレしかないんじゃないの?」

「え」


 いきなりイヤ~な予感。

 そしてそれは思った以上にきれいにクリーンヒットする。


「だーからぁ。アレよ、アレ。自分にリボンとか巻いちゃって『オレの初めてをあ・げ・る♡』ってさあ~?」

「やーめーろー!!」


 ニヤニヤしながらわざとらしく体をくねらせてんじゃねえわこの腐女子!

 いや最近はさらにその上の呼び方があるらしいけどな。聞くところによると「貴腐人」とか「腐死鳥」とか。

 なんなんだかなーまったく。


「それはダメなの!」

「あら、なんでよ。定番中の定番じゃん?」

「……お、俺が──」

「俺が?」

「うっ。な、なんでもねえっっ!」


 あのとき皇子に言われたセリフが耳の中で明瞭に再生されちまって、急に体が熱くなった。

 皇子は俺が成人するのを待つと言った。

 俺はまだ十七歳。誕生日は来年の二月なんだ。

 はっきり言われたわけじゃねえけど、皇子はつまり、つまりその時──


 と、俺の脳内をじーっと透視してるみたいな姉貴の視線に気づいて、ようやく俺は我にかえった。


「とっ、とにかく! それはダメなんだよっっ。未成年に不健全な提案してんじゃねえわこの腐れ姉貴!」


 捨て台詞とともに脱兎のごとく逃げだす。ダッシュで自分の部屋に駆け込むと、足元をスルッとドットが通過していっしょに入ってきた。

 閉めたドアに背中をつけ、ずるずるとへたりこむ。「だはー」と盛大な溜め息。


「……あっぶねえ」


 もーちょっとで大事な皇子との約束をゲロっちまうとこだったぜ。ふう。

 ドットが俺の膝にとことこ乗りあがってきて、ペリドットの瞳でじーっと見つめてくる。なんか言いたげだ。


「ん? どうしたんだ、ドット」

「なお、なお~ん」

「……んんっ?」

「なおっ、にゃおん、にゃおにゃお~っ」

「……おおおお?」


 そうやって。

 しばらくドットのネコとしての泣き声とパントマイムを見つめているうちに、だんだん俺の頭の中にひとつのアイデアが浮かんできたんだ。


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