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97 ある夏の日のできごと

9/15、『王空騎士団と救国の少女1』が発売されます。アイリスをどうぞよろしくお願いいたします。


 王空騎士団の訓練場で、団長ウィルとヒロがフェザーに乗ったまま剣の打ち合いをしている。空賊を想定した訓練だ。高速で場所を変えながら木剣を交え、相手を叩き落そうとしたり斬り伏せようとしたり。


 やがて訓練を終え、二人は上半身裸になって汗を拭きながら会話をしている。どちらも鍛えられた身体だが、ヒロのほうが若干細い。


「団長、今年の夏は楽ですね」

「そうだな。空賊の被害がほとんど出ていない」

「百名以上の空賊を捕まえた甲斐がありましたね」

「アイリスのおかげだな。彼女の様子はどうだ?」

「意外なことを考えているようです」


 ウィルが「うん?」と言いながらヒロを見た。


「空賊に仕事を与えられないか、奴らに適した仕事がないか、考えてるそうです」

「そうか……。あれだけの数の能力者が役に立ったら助かるんだが。実際のところはどうかなあ。人間は、そうそう変われないからな」

「ええ。人の物を奪うことで生きてきた人間が、きれいさっぱり真っ当な人間に変われるとは、俺も……」

「強盗をするような人間の更生は難しいって言うからな。空賊は空の強盗だ」

「ですねえ」


 二人の男は空を見上げながら口を閉じた。


「空が不穏だな」

「ええ。春の終わりの嵐は、たまに大きいのが来ますからね」

「被害が出ないといいが」


 二人の予想は当たり、南の海で嵐が生まれていた。

 嵐は巨大な渦を回転させながら、巨大鳥ダリオン島からグラスフィールド島、終末島エンドランドの順番にゆっくりと移動した。


 グラスフィールド島では巨大鳥ダリオン対策として屋根、窓、ドアが補強してあるため、国民は家の中で息を潜めて嵐が通り過ぎるのを待つ。慣れたものだ。


 まる二日間、嵐が吹き荒れたが、王都ではそれほど大きな被害は出なかった。

 地下室が浸水した、屋根が傷んだという被害はあったが、石造りの家々は崩れることはなかった。

 嵐が過ぎ去ったあと、青空の下でどの家も嵐の跡片付けに追われていた。そんなとき、オリバーは王城の一画にいた。動物学者アルトに呼び出されたのだ。


「こんにちは。アルトさん」

「やあ、久しぶりだね、オリバー」

「お久しぶりです。僕に見せたい物って、なんですか?」

「こっちにおいで。驚くよ」


 研究室を出て、オリバーは中庭に案内された。中庭には犬小屋を大きくしたような造りの小屋があった。屋根には嵐に備えてたくさんの石が載せられている。


巨大鳥ダリオン島で捕まえてもらったウサギがね、ふふふ……」

「なんですか。あ、なにかとんでもない変化があったとか?」

「ウサギは昆虫じゃないんだ、姿は変わらないよ。まあ、見てごらん」


 オリバーが小屋を覗いて何度もまばたきをする。


「一匹しか捕まえなかったのに子ウサギが生まれている。捕まえた個体が妊娠していたんですね。うわ、やっぱり大きいな。普通のウサギの倍はある」

「大型だが、可愛いだろう? 顔つきに愛嬌があるよ。六匹も生まれたんだ。オリバー、この子ウサギが次に出産ができるようになるのはいつか、知っているかい?」

「普通野ウサギと同じなら、早くて生後四ヶ月です。半年もすればだいたいが繁殖可能です」


 オリバーは表情を変えずに即答した。


「そうだ。外敵に襲われず餌も豊富なら、無限に増えるな。家畜の代わりに増やしたウサギを差し出すようにすれば、かなりの経費節約になると思わないかい?」

巨大鳥ダリオンにですか。それはどうでしょうか」


 そこからオリバーは淡々と語った。


「野生ウサギの生態から考えて、過密状態で飼育すれば……精神的な重圧から攻撃的になる個体が出てくるでしょうし、不自然な環境下では出産の間隔や生まれる子ウサギの数が変わるでしょう。過密状態で起こり得る伝染病が発生すれば、一気に集団が壊滅することもあり得ます」

「まあ、ない話ではないな」


 アルトは自分の意見を淡々と潰しにくる少年オリバーの意見を聞いてしょっぱい顔をするが、オリバーはアルトの表情には気づかず、眼鏡をクイと持ち上げて、話を続ける。


「それらの事態を避けるには、かなり広い飼育小屋が必要になります。ですが、ウサギは穴を掘るから。ほんの少しの油断で脱走されるんですよね」

「ずいぶんウサギの生態に詳しいね。飼ったことがあるのかい?」

「はい。正確には飼わされた、ですが」


 オリバーは無表情に返事をする。

 オリバーが人と交流したがらないのを心配した両親は、彼が幼いころに小鳥やウサギなどを買い与えた。オリバーは(ここで最初から断るとかえって面倒なことになる)と考えて、しばらくはきちんと動物たちの世話をしていた。

 だが、九歳のときにそれをきっぱり断ったのだ。


「僕は本を読みたいし研究もしたいのです。動物の世話に時間を取られたくありません。兄さんが毎日動物たちと遊んでいますし、とても欲しそうにしています。だから小鳥もウサギも兄さんに譲ります」


 親はがっかりして愛玩用の動物の世話をさせることは諦めた。「動物を飼うのはもういい」と訴えたオリバーは、それらの生態についてはしっかり学んでいた。

 オリバーの話は続いている。

 

「ウサギを広場に集めたとして、大型家畜の味を知っている巨大鳥ダリオンが満足するでしょうか。一度で満腹できる量のヤギや豚を諦めますかね」

「そう言われたらそうか……。うん、家畜小屋を襲い始めるかもしれないな。それにしてもオリバー。君は子供時代をすっ飛ばして、頭脳だけ先に大人になってしまったようだな。君と話をしていると、二十代の若者としゃべっているかのようだよ」

「それはよく言われます」


 オリバーが苦笑した。

 アルトとオリバーがそんな会話をしている頃、グラスフィールド島の東海岸では、見慣れぬ物体が漂着していた。


     ◇ ◇ ◇


 島の東海岸を巡回しているのは、王空騎士団を退役した騎士たちで、その後も能力に応じて海岸線の巡回警備をしている。嵐のあとは海岸を巡回飛行して、難破船や打ち上げられた船乗りがいないか確認するのが仕事だ。

 二人の能力者は二人並んで波打ち際の上を飛びながら、目は不審な物がないか確認している。


「今回は嵐の被害が少なくて助かったな」

「風は強かったがなあ」

「おい、あれはなんだ? あそこに何かが大量に打ち上げられている」

「どれ……ほんとだ。行くぞ」


 速度を上げ、緑とも茶色とも見える塊に近づく巡回警備員二人。茶色や緑色が入り混じったこんもりした何かは、ところどころ微妙に動いている。


「うわ、動いている」

「気持ち悪いな。あれ? これ、でかいけど……」

「だよな? バッタに似てるよな? でも、こんなでかいバッタ、初めて見た。三十センチはあるぞ?」


 砂浜にフェザーを着地させ、いつでも飛べるようにフェザーを片手で抱えながら巨大バッタに近づいた。打ち上げられ、折り重なった巨大バッタは、分厚い絨毯のようになって広がっている。

 そこに近づいた一人が、ブーツのつま先でバッタをつついた。


「あっ! 飛んだ!」

「うわわ」


 二人は羽を広げて飛び立つ超大型のバッタから後ずさった。


「これは報告すべき事案か?」

「超大型とはいえ、バッタだからなあ。書類で報告しときゃいいだろう」

「あとから怒られないか?」

「団長に? そうだなあ。じゃ、もう死んでいるやつを届けるか」

「そうだな。あっ、こっちも生きてる」


 二人が見ている前で、朝日に照らされた超大型バッタが数匹、ブウンと羽音を立てて飛び去った。



 



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書籍『王空騎士団と救国の少女1・2巻』
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