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王空騎士団と救国の少女~世界最速の飛翔能力者アイリス~【書籍化・コミカライズ】  作者: 守雨
第三章 特別な巨大鳥、特別な能力者

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96 飛翔能力者同士のデート

 商会の仕事をしている父のところに行き、アイリスが改まった様子で父親に話しかけた。


「お父さん、ちょっといいですか」

「かまわないよ。どうしたんだい?」

「最近知ったのだけど、お祖父さんの船は失踪じゃなかったらしいの」


 ハリーは帳簿を記入していた手を止めてアイリスを見た。その表情には驚きも疑問も浮かんでいない。妙に無表情な父を見ながら、アイリスが話を続けた。


「私ね、王家主催の慰労会で、とある身分の高い人に『あなたのお祖父さんは持ち逃げしたんじゃないのか』という意味のことを言われたの」

「なんだと?」


 ハリーの顔に、はっきりと怒りが浮かぶ。


「私はお祖父さんの記憶はないけれど、悔しくて忘れられなかったわ。それで……王空騎士団の先輩に頼んで少し調べたら、お祖父さんの船は襲われて奪われたことがわかったの」

「ああ、そうか。ついにはっきりしたのか。アイリスや、当時から相手はわかっていたことだ。ただ、国の秘密だからお前とルビーには言えなかっただけだよ。うちの船を襲ったのは、空賊だろう?」

「えっ……お父さんは空賊の存在を知っていたの? お母さんも?」


 思わず大きな声を出したアイリスに、ハリーは無言でうなずいた。


「輸出に関わる仕事をしている人間はみんな知っている。他国にも飛翔能力者がいることを国が隠したがっているから、我々も表立って口にしないだけだ。国民はそれほど愚かではないよ。輸出の仕事は儲けは大きいが、失敗すれば我が家のように破産する。船や積み荷を失って、絶望して命を絶つ人だっている。船に乗っていなくても、関係者にとっては命がけの仕事だ。だから空賊の話も、水面下では知られていることさ」


 父を悲しませないよう、どうやって話そうかと悶々としていたアイリスは、力が抜ける思いだ。


「なんだ。みんな知っていることだったのね」

「慰労会のようなお祝いの場で、そんなことを言われたのか。今まで話してやれなかったばかりに、可哀想な思いをさせたね」


 ハリーがそっとアイリスの頬を両手で挟んだ。こんなことをされるのは久しぶりだ。


「お前にそんなことを言った人は、おそらく世間知らずの箱入りだよ。本当のことを何も知らないのに他人を傷つける、愚かな人間だと憐れめばいい」

「そうね。家族のことであんな悪意を向けられたことがなかったから……驚いたわ」

「悔しかっただろう。可哀想に。そうじゃなくてもアイリスは妬まれる状況だからな」

「私ね、空賊退治にも出たし、捕まった空賊にも会いに行ったの」


 それまで落ち着いていたハリーが目をむいたのを見て、慌てて事情を説明した。自分は武器を使わずに空賊たちを海に落としたこと。

 捕まった彼らは今、炭鉱で働いていること。

 彼らはマウロワ王国では疎まれて、稼げる場がなくて空賊に流れ着いていくこと。


「だからね、私はあの人たちにもできる仕事がないかなって、思ったの」

「空賊が働ける仕事ねえ……楽に稼げることを知ってしまった連中が、真面目に働くかねえ」

「お父さん、私がマウロワで生まれていたら、同じような境遇になっていたわよ。女なのに飛べるのよ? 空賊どころか、もっと酷い仕事をしていたかもしれないわ」

「それは……父さんも考えたことがあるよ。わかった。なにかいい考えを思いついたらお前に伝えよう」


 話し合いはそこで終わり、アイリスは満足して立ち上がった。


「今日は出かけるのかい?」

「ええ。サイモンと」

「そうか。楽しんでおいで」


 ハリーはアイリスが出て行ったドアを眺めながら複雑な気持ちだ。本音を言えば、空賊を捕まえたのなら即刻全員を処刑してほしい。だがその一方で、アイリスを見ていれば彼らが飛ばずにはいられなかったことも、国の保護がないマウロワ王国で彼らが疎まれるのもわかる気がする。


「空賊でも働ける仕事ねえ。期待はできないが、それで一人でも二人でも真っ当な生き方に戻れる人間がいれば大成功ってところだろうな」


     ◇ ◇ ◇


「サイモン! お待たせ!」

「待ってないさ。今日はフェザーで出かけるのでよかったの?」

「ええ。思い切り飛べるのは嬉しいわ。準備は万端よ」


 アイリスは背中にリュックを背負っている。サイモンは(リュックの中身はなんだろう)と思いながら、嬉しそうなアイリスの顔を見られただけで満足だ。


「よし、今日はアイリスが行きたい所まで飛ぼう」

「私が行きたい場所は……海。サイモンと二人で海に行きたい」

「いいね」


 アイリスは七百年ぶりに誕生した女性の能力者だから、能力者の男女が出かけるのも七百年ぶりのことだ。


(もっとも、聖アンジェリーナがデートしたかどうかはわからないけど)

 そんなことを考えるサイモンは、嬉しさを抑えきれない。久しぶりの二人だけのお出かけなのだ。


 夏の空を二機のフェザーが飛ぶ。あまりに速くて、その姿に気づく人は少なかった。二人はゴーグルとマスクを装着し、全速力で海を目指して飛んだ。

 高速で飛び続けること数時間。二人の前には太陽の光を受けてキラキラと光る夏の海が広がっていた。


「気持ちがいいわね」

「そうだね。海を見るのが好きなの?」

「ええ。眺めるのも好きだけど、今日は買い物をして帰ろうかと思って」

「買い物ってまさか」

「ええ、そのまさかよ。王都は海から遠いから、新鮮な魚や貝を食べられないでしょう? たいていはきつい塩漬けだったり、干したものだったり。だからここで魚や貝やエビを買って持ち帰ったら喜ばれると思うのよね」

「あ、ああ。確かにそうだね」


 サイモンは少し遠くを見つめる。二人で遠出をするから、おしゃれなレストランや歌劇場などを調べていたのだが、アイリスからは「飛ぶ用意をして来て」と言われて(あ、やっぱりか)とは思ったが、まさか往復するだけで大半の時間を使う海まで来るとは思わなかった。

 海産物を買って帰る買い出しになるとは、もっと思っていなかった。


「さすがはリトラー商会の娘だね」

「うん。ありがとう」


(いや、そうではなく!)と思うが、すぐに(これがアイリス)と思い直した。何しろ七百年ぶりに生まれた女性の飛翔能力者なのだ。その辺の普通の女の子と同じわけがない、と思う。全力で思うことにした。


「うん? サイモン、どうかした? 海は嫌だった?」

「嫌じゃないよ。僕はアイリスが楽しければ、それで大満足だ」

「よかった。さ、どこへ行けば魚が手に入るか、聞いてみましょう?」


 ここまで飛んできた疲れを全く見せずにフェザーに乗るアイリス。それを見て、サイモンも急いでフェザーに飛び乗った。


     ◇ ◇ ◇


「ああ、魚だったら市場へ行けばいいですよ。王空騎士団の方が、魚を買いにいらっしゃったんで?」

「はい! 新鮮な魚は、王都ではなかなか食べられませんから。楽しみなんです。行ってきます」


 今度はゆっくり飛びながら市場を目指すアイリスに、サイモンが話しかける。


「もしかしてリトラー商会で売るの?」

「ええ。サイモンは侯爵家で食べる分だけにする?」

「いや。海辺の街出身の仲間にも食べさせたいから、持ち帰れるだけ持ち帰ろうかな」

「そうしましょうよ。きっとみんな喜ぶわ。楽しみね」


 サイモンは「そうだね」と答えたものの、(帰り道で使う飛翔力のことを考えたら、そんなに多くは持ち帰れないな)と少々弱気になる。なにしろ、アイリスは桁外れの力を持っているからいいが、トップファイター候補と言われるサイモンでも、何十キロもの魚を積んで長距離を飛ぶのはしんどいのだ。


 そんなサイモンの不安をよそに、アイリスは市場で大量の魚介類を買い込んだ。サイモンはアイリスが買い込む量の多さに言葉を失っている。


「アイリス? 箱ごと買うの? それ、どうやってフェザーに積むつもり? 途中で落としたら大惨事になるけど」

「そのためにこれを持ってきたわ。サイモンの分もあるわよ」


 アイリスが鼻息荒くリュックから取り出したのは、細い麻縄で編まれた網だ。王空騎士団でも使われるもので、軽くて丈夫だ。


「これに箱を入れて、フェザーでぶら下げて飛ぼうと思って」

「あー……なるほどね」


 見た目を重視する能力者なら嫌がりそうな景色が思い浮かぶ。だがサイモンはアイリスのためなら魚をぶら下げて飛ぶことぐらいなんでもない。

 アイリスはフェザーの前後に網をぶら下げ、サイモンは真ん中に網をぶら下げて浮かび上がった。


「さ、帰りましょうか」

「うん……」


 甘いデートを考えていたサイモンは苦笑しながら王都を目指した。

 二人が持ち帰った魚介類は、リトラー商会がレストランに売りさばき、サイモンは養成所の厨房に運び込んで喜ばれた。


「次はもっと普通のデートがいい」


 その夜、疲労困憊をアイリスに気づかれないよう少々見栄を張っていたサイモンは、疲れ果ててベッドに倒れ込んだ。

 アイリスはたいした疲労感もなく家族で魚料理を楽しみ、「今日は楽しかった!」と満足して眠ったのである。



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書籍『王空騎士団と救国の少女1・2巻』
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