94 炭鉱都市
「さあ、我が懐かしの炭鉱都市に、出発!」
ヒロ、ギャズ、アイリスの三人が王空騎士団の詰め所に揃い、ギャズのかけ声で出発した。アイリスが所属している第三小隊長のギャズはご機嫌だ。
ギャズを先頭に、地上五十メートルほどの高さを三人で縦一列になって飛ぶ。
わくわくしているアイリスは、気をつけないと他の二人を追い越しそうになる。
(危ない危ない。気をつけなきゃ)
地上五十メートルだと、森や畑、牧場の様子がよく見える。
(この速さだと景色が楽しめるけど、なんでこんなにゆっくり飛んでいるんだろう)
何度もそう思いながらヒロとギャズに合わせて飛ぶ。風のない穏やかな天候。速度は物足りないが、春の終わりの風が気持ちがいい。
三時間ほど飛んで、小川のそばに着地して休憩になった。
「なあ、アイリスは学院は行かないでいいのか?」
「学院での授業は免除になっているんです。私は奨学生なので卒業後は国の仕事に就く約束なのですが、すでに王空騎士団なので問題ありません。課題は出ていますが、全部終わっています」
「ギャズ、アイリスは優等生らしいぞ。ご家族と食事をしたときに聞いたが、学院に入学してからずっと首席だったそうだ」
「そりゃあ……すごいな、アイリス」
ギャズはその辺に生えている草を抜いて茎をかじりながら言う。素で感心しているギャズに、アイリスは思わず笑ってしまう。
ひと休みして再びフェザーを飛ばし、炭鉱都市の上空に到着した。
「うわあ、思っていたよりたくさんの家が!」
「俺が子供のころはもっと小さい町って感じだったけどな。マウロワの人口が増えてどんどん石炭が必要になったから。輸出する量も増えて、ここに住む人間も増えたんだ」
「俺は炭鉱都市を初めて見たが、まるっきり迷路みたいだな」
ヒロが炭鉱都市を見下ろしながら感心している。
大きな通りから細い通りへと枝分かれしている道は、最後に人がすれ違うのも苦労しそうな細い道になっている。道の枝分かれ具合が木の枝にそっくりだ。夢中になって街を見ているアイリスに、ギャズが迷路の理由を説明する。
「新しい家を建てるときに、なにも規制がないんだ。好きな場所に家を建てて、その家の前が道になるんだよ。さ、降りよう。まずは炭鉱の責任者に空賊たちの作業場を聞かないと」
炭鉱の近くに降りて勝手知ったるふうに歩き出すギャズの後ろを、アイリスとヒロが並んで歩く。
「ヒロさん、前から不思議だったんですけど、ヒロさんはギャズさんに敬語を使わないんですね」
「俺の方が先輩だからそうしてくれと頼まれてる。公式の場では俺だってちゃんとしてるさ」
前を歩いているギャズが振り返った。
「ヒロさんはさんざん飛び方や剣の使い方を教えてくれた先輩だからね。ヒロさんだってなろうと思えば小隊長になれたのに、断り続けてきたんだよ」
「そうだったんですか!」
「俺は他人をまとめるなんて苦手だ。ギャズのように向いている人間がやればいいんだよ」
そんな会話をしながら採掘事務所に到着した。フェザーを抱えた見慣れぬ三人を、周囲の男たちがジロジロ見てくる。女性も二人一組で石炭を布袋に入れて棒に通して担いで運んでいる。
「こんにちは!」
「はい、どちらさん……王空騎士団ですか?」
「ちょっと囚人たちの仕事場に用事があるんだ」
「囚人にご用ですか。ご案内します」
「遠いならフェザーに乗ってくれますか?」
「いいんですか?」
四十代の管理責任者が喜色満面になった。ギャズがその男性を自分の後ろに乗せ、しっかりと腰につかまらせた。
「じゃ、右とか左とか大きな声で教えてください」
そう言ってギャズがふわっと浮かび上がる。そのあとのことは、アイリスにも想像がついていた。男性は想像以上の高さに驚き、恐怖で声も出せない様子。ギャズは何度か空中で一時停止し、振り返って行先を聞き出し、フェザーを進めた。
「あれです。あれが囚人たちです」
男性の声を聞いて見下ろすと、多くの人間が石炭を運んでいる。三機のフェザーが地面に下りると、元空賊の囚人たちの鋭い視線が集まる。
ギャズとヒロがスタスタと歩いて近寄り、ヒロがマウロワ語でそのうちの一人に話しかけた。
「元首領のギヨムはどこだ?」
「あっちです」
元空賊の若者は大人しくギヨムがいる方向を指さす。
「アイリス、フェザーを奪われないように気をつけろ」
「はい!」
ギャズに注意されて、アイリスがしっかりフェザーを抱きかかえて歩く。やがて坑道から運び出された石炭の山を木製のスコップですくい上げ、もっこに入れて運んでいる男たちに出会った。もっこで集められた石炭は荷馬車に積まれている。
ギヨムがいた。長い髪はそのまま、暗い表情で働いている。能力者三人が近寄るのに気づいて動きを止め、アイリスたちを睨みつけてきた。
マウロワ語で声をかけたのはヒロだ。
「よお、ギヨム。元気そうだな」
ギヨムはヒロと背後のアイリスたちをチラリと見るなり、ペッと唾を吐いた。
「元気なわけがねえ。わかってんだろ? 俺たちはもうずっと飛んでねえんだ。それがどれだけ苦しいか、お前らが一番わかってるはずだ」
「まあ、そうだわな。さぞかし苦しいだろうな」
「この野郎……」
険悪な空気にギャズが一歩前に出た。ヒロは表情を変えずに話を続ける。
「人を殺したら殺されても文句は言えないのに、お前たちはこうして生きている。真っ当な船乗りたちが殺されたことに比べりゃあ、今のお前が恵まれていることぐらい気がつけよ」
ギヨムがゆっくりヒロに近づく。ヒロは腰に下げている剣を見せつけながら笑った。
「喧嘩をしに来たわけじゃないんだ。俺たちはお前に聞きたいことがあって王都から飛んできた」
「話? 今さらなんの話だよ」
アイリスが一歩前に出た。
「聞きたいことがあるのは私です。私の祖父は十三年前に八隻の船と一緒に失踪しました。穏やかで風もない日のことだそうです。ギヨムさん、十三年前、石炭運搬船と鉄鉱石、小麦を積んだ船を襲いましたか?」
ヒロが通訳すると、ギヨムが馬鹿にしたように笑う。
「は? 十三年前? そんな昔のことを覚えてるわけねえだろう! 馬鹿じゃねえの?」
「なんだ、そうか。答えてくれたら少しだけフェザーに乗せてやってもいいと思ったんだがな。飛びたいだろ? ずっと飛んでいないんだもんな」
ヒロの提案にギヨムが顔色を変えた。
「待て! 飛ばせてくれるのか? いいのか?」
ギヨムの必死にな様子に、ヒロがうなずいた。
「ああ、少しの間なら飛ばせてやるぜ。逃がさないけどな」
「わかってる。もちろん逃げねえ。少しだけ飛ばせてくれよ。十三年前だな? 八隻の船。俺が十四で空賊になったばかりの年に、襲った船だ。とんでもねえ儲けになって、一番下っ端だった俺にもたっぷり分け前が入った。空賊はいい商売だと思ったから覚えてる」
ヒロはアイリスが傷つかないように要点だけを通訳した。
「そうですか。祖父はやっぱり襲われたんですね」
「どうする? 好きなだけこいつを殴っても見て見ぬふりをしてやるぞ」
「ギャズさん、そんなことをしても誰も幸せになりませんから。それに、この人たちは食い詰めて空賊になるのだと聞きました。私は真実が知れたので、もう、十分です」
「そうか。アイリス、お前は大人だな」
ヒロがしみじみと感想を述べている間にも、ギヨムはヒロのフェザーに食いつくような視線を向けている。
「なあ、正直に答えたぞ。飛んでいいんだよな?」
「ああ、いいぞ。ちゃんと戻って来いよ」
「そうだな。もちろんだ」
ギヨムの表情を見たヒロは、グラスフィールド語でアイリスにささやいた。
「こいつは間違いなく逃げる。アイリス、追いかけてフェザーを落としてやれ。こいつのことはギャズが拾うから」
「わかりました」
「こいつの回収は任せろ」
ヒロがギヨムにフェザーを差し出すと、ギヨムはひったくるようにしてフェザーを受け取り、瞬時に空高く飛び上がった。





