91 撤収
黒ヒョウはマイケルに飛び掛かったが、すでにフェザーに乗っていたマイケルは素早く弧を描きながら上昇して避けた。
剣を持った三人が空中に浮かんでいるのを見上げて、黒ヒョウが唸り声をあげながら焚火の周囲を歩き回っている。
マイケルがカミーユに向かって声をかけた。
「副団長、僕が仕留めます」
「援護は?」
「不要です」
マイケルが黒ヒョウと向かい合い、サイモンは不要と言われたものの、黒ヒョウの背後側、斜め上に回り込んで剣を構えている。
(三人とも剣の腕が立つ人だから大丈夫、よね?)
そう思いながら見ていると、背後からクレイグ医師の叫び声。
「なにかいる! なにかでかいのがいるぞ!」
アイリスが素早くクレイグたちに近寄りながら背後を透かし見た。だが今夜は雲が出ている。暗すぎて背後になにがいるのか見えない。枝の上の四人はそれぞれ大木の枝から落ちないように幹につかまったまま後ろを振り返っていて危なっかしい。オリバーは動揺のあまり身体がグラグラしている。
「オリバー、乗って! 早く」
オリバーの腕をつかみ、自分の前に乗せながらも、背後の闇を探した。
(どこ? どこにいる?)
カミーユ、サイモン、マイケルも黒ヒョウから離れて飛んできた。サイモンが切羽詰まった口調でクレイグ医師に呼びかける。
「乗ってください。早く!」
高い場所で枝から空中に浮いているフェザーに乗り移るのは勇気がいる。非能力者四人が恐々フェザーに乗り移るのを待ちきれず、能力者たちは彼らの腕をつかんで自分の前に引っ張り寄せた。
(今、なにかに飛び掛かられたら、誰かしら捕まるわ)
アイリスの背中を冷や汗が流れる。ようやく四機のフェザーにそれぞれ非能力者が乗った。その場から急いで離れ、夜の森の中を飛ぶ。木への激突を避けるため、速度は出ていない。
木を避けながら能力者全員が背後を何度も振り返る。
(来た!)
黒く大きな影が追ってくる。大きさからするとおそらく巨大鳥。影はザザザザッと音を立てつつ枝から枝へと飛び移り追ってくる。
(あれ? もしかして飛べない?)
アイリスがそう思ったのと同時にカミーユも同じことに気づいたらしい。
「上昇! 上昇っ!」
全員が急上昇した。
「ぎゃああああ」という背後からの叫び声は、急角度の上昇に怯える動物学者のアルトだ。
全員が二百メートルほど急上昇し、停止した。巨大鳥らしき影は追ってこない。カミーユが落ち着いた様子で「やはり追ってこないな」と言うとマイケルがぼやいた。
「アルトさん、飛んでいるときに叫ぶのはやめてくださいよ。危険です。それじゃなくても大人を前に乗せて飛ぶことは滅多にないんですから。僕は大丈夫だけど、アイリスやサイモンはそんな状況に慣れていないんですよ?」
アルトの返事はない。目をつぶり、後ろに回した腕でマイケルの服をがっしりとつかんでいる。オリバーも浮かんでいる場所の高さに気づき、アイリスの前でガタガタと震えている。
「テントの位置を知られたな。地表に黒ヒョウ、森の中に巨大鳥。なかなか切羽詰まった状況だなあ」
「カミーユ、そのようにのんびりしている場合ではないぞ」
「わかっていますよ父上。クレイグ医師、あの塊は?」
「ひとつだけは持っています。他は全部テントのリュックの中です」
「ふむ」
カミーユはしばし考え込んでから指示を出した。
「いったん船に戻ろう。その後、能力者のみでテントに戻り、あの塊を回収する。では、これから船に向かって出……」
カミーユが「出発」の号令をかける前に、オリバーが遮った。
「待って! 待ってください! 僕たちが前に乗ったまま船まで飛ぶんですか?」
「この位置で入れ替われるならそれでもいいが?」
「それは……無理です」
サイモンが「すぐ着きますから。目をつぶっていればいいよ」とオリバーをなだめた。一行は非能力者を前に乗せたまま、船を目指して飛び始めた。
◇ ◇ ◇
「ああ、気持ち悪い」とアルト。
「僕もです」とオリバー。
「飛翔能力者はもう、別の生き物だな」とクレイグ医師。
「酔った」とガルソン伯爵。
苦笑しながらアイリスが眺めていると、カミーユが話を始めた。
「朝日が昇ったら出発する。それまでは身体を休めておけ」
「はい!」
全員がそれぞれの部屋に引き揚げる中、サイモンが話しかけてきた。
「さっきの巨大鳥、飛べないんだろうか。巨大鳥が強い治癒力を持っているなら、怪我をしてもすぐに治りそうなのに」
「傷はすぐ治るにしても、翼の骨折だったら? 骨がちゃんと正しい位置でくっつかないと飛べなさそう。ほら、矢を打ち込まれた巨大鳥も、矢が刺さっていると飛び立てなかったわよね? 鳥は微妙にバランスが狂っただけでも飛べないのかもよ?」
サイモンが「ふんふん」とうなずいている。
「サイモン、朝になったら出発だから。私たちも眠りましょう」
「そうだな。おやすみ」
小さく手を振ってサイモンと別れ、自分の部屋のベッドに横になった。
翌日の日の出前。飛翔能力者が四人甲板に揃った。
「今からあの塊を回収に行く。問題が発生しなければ他にも塊を持ち帰りたい。では、出発」
ふわっと四機のフェザーが浮かび上がり、島へ向かって飛び始めた。天気は快晴。ジリジリと照り付ける光が強い。全員がマスクとゴーグルを装着して、高速で飛び、島に到着した。
森の上空で停止して、カミーユが今後の行動について指示を出す。
「巨大鳥が残っている以上、全員一緒に行動する」
四人は横に並び、地表に目を向けながらゆっくりと飛ぶ。巨大鳥の食卓は、上空から探すと見つけやすかった。食卓周辺の木が立ち枯れて森の中に小さな空間ができている。骨の山があれば、確定だ。
午前中いっぱいで黒い塊をさらに三個見つけ、いったん休憩になった。
大樹の高い位置の枝に腰を下ろしてパンに肉を挟んだものをもそもそと食べる。アイリスが疑問を口に出した。
「巨大鳥の食卓は、なんで木が枯れているんですかね。糞は肥料になるはずなのに」
「おそらく強すぎるんだろう。農民は巨大鳥の糞をそのまま使わない。落ち葉や敷き藁と混ぜて、寝かせてから畑に混ぜ込むんだよ」
「副団長は詳しいんですね」
「ああ、私の領地でも巨大鳥の糞を使っているからね」
アイリスが納得していると、サイモンが小声で皆に話しかけた。
「十一時の方向にウサギがいます。でかい……」
「ほんとだ。でかいな。そして耳が短い」
マイケルが返事をし、フェザーに手をかけ、枝から飛び降りながらフェザーに乗る。そのまま矢が突き刺さるような速度と角度でウサギに突進し、ウサギに飛びかかった。
「はっ?」
カミーユが呆れた声を出した。マイケルは楽しげな顔で暴れまくっている大型のウサギを抱えて戻ってきた。
「アルトさんに頼まれていたんです。この島特有の動物を連れ帰りたいって」
「なるほど。さて、予定よりだいぶ早いが、巨大鳥島の探索はこれで終了する。この塊を一刻も早く持ち帰りたい。この塊にはそれだけの価値はある」





