9 繰り返す発熱とめまい
「今日はファイターについて歴史の面からお話しします」
今日もルーラは資料を使って講義している。アイリスはルーラの授業が面白くて仕方ない。ルーラの授業がある日には、早く目が覚めるほどだ。
「この資料を見てください。これはこの国の飛翔能力者の誕生数と割合をわかりやすく示したものです。ここ五十年の数字に注目して。ゆっくりとですが、能力者の誕生数が減っています」
そこで二枚目の資料を生徒たちに見せた。
生徒たちの間から「えっ」「ほんとに?」などと声が上がる。
「生まれる子供の数は少しずつ増えているのに、飛翔能力者の数は少しずつ減少しています。結果、五十年前は男児の七千人に一人だった能力者は、去年はおよそ一万人に一人になりました。さらにもう一枚、百年前のを見てください」
百年前の飛翔能力者はなんと五千人に一人の割合だった。
「この国では間違いなく飛翔能力者が生まれにくくなっているのです。現在、国は総力を挙げてこの原因を調べています。巨大鳥の渡りはこの先も変わることはないでしょうから『能力者が減っている以上、巨大鳥に対して新しい手段を考えるべき』と主張する人もいます」
「先生!」
「ロビン、どうぞ」
「巨大鳥に対する新しい手段とはなんですか」
「巨大鳥の数を減らす方向に切り替える、ということです」
「殺すということですか?」
「そうなるでしょう」
途端に教室内が騒がしくなった。生徒たちはそれぞれの意見を述べ、反対したり賛成したりする意見が出される。
「無理だよ、どうやって殺すのさ」
「軍の弓矢とか?」
「それは昔に試して諦めたって聞いたよ?」
ひと通り意見とその理由を生徒に述べさせるが、議論は白熱して終わりが見えない。
パン! とルーラが手を叩き、教室は静かになった。生徒たちは意見を述べるが、サイモンは黙って聞いているだけで何も言わない。
アイリスは(サイモンの意見を聞いてみたいな)と思いながら意見を言わずに皆の意見に耳を傾けるにとどめている。
「これがどういうことを意味するか、それぞれが考えること、自分の意見を持つことが大切です。本日の授業はここまで。次の文学の授業も貴重な学びの時間です。頑張ってください」
「はい!」
ルーラは教室を出て行った。それを見送っているアイリスは、目を閉じるとめまいがするのに気がついた。額に自分の手を当てるが、熱があるのかどうか、はっきりしない。
「どうした? 熱がありそうなのか?」
「あ、サイモン。なんだかクラクラするの。昨日は熱が出たけど、今朝は下がってたのに」
「風邪か?」
「そうかなあ。咳もくしゃみもないんだけど。目を閉じるとめまいがするし、なんだか歩くと雲の上を歩いているみたいにフワフワするの」
「医務室に行くか?」
「ううん、大丈夫。文学の授業、楽しみにしていたの」
「具合が悪くなったら早めに医務室に行けよ?」
「うん。ありがとう、サイモン」
会話をしてみたかったサイモンと話せたのは嬉しいが残念でもあった。
(空を飛んでいるときのことをいろいろ聞きたかったけど、めまいが酷くなってきた気がする)
目を閉じるとめまいが強くなる。(教室で倒れることだけは避けなくちゃ)と願いながら文学の授業に臨んだ。文学の教師は、この国の有名な小説について解説している。
(ああ、あの小説、大好きなのに。なんだか、まっすぐ座っているのもつらくなってきた)
アイリスは必至に背中を伸ばして座っていようと頑張った。
だが、後ろから見ているサイモンは、アイリスの上半身がグラグラ揺れているのにすぐ気づいた。
「先生! アイリスさんの具合が悪そうなので医務室に連れて行ってもいいですか」
「おや、本当だね。ずいぶん顔色が悪い。サイモン、悪いが頼めるかい?」
「はい」
アイリスは(なにか言わなくちゃ)と思うのだが、今なにかしゃべったら吐きそうでなにも言えない。サイモンはアイリスに自分の腕を差し出し、ヨロヨロしているアイリスと一緒に教室を出た。
「もう人目がないから抱き上げるぞ」
「えっ、いいです。歩けます」
「アイリス、顔が真っ白だ。黙って大人しくしてて」
そう言うなり、サイモンはアイリスを抱き上げた。
「重いからいいって、歩けるから」
「いや、だめだ。途中で倒れられでもしたら困る。それに重くない」
サイモンはアイリスがなにを言っても取り合わず、大股で廊下を進んでいる。
医務室に着くと、校医の男性が急いで駆け寄って来た。
「どうしましたか?」
「ちょっとめまいがします。少しだけ休ませてもらえれば……」
「アイリスはグラグラして椅子に座っていられない状態でした。それと、昨日は熱が出たそうです」
「顔色が悪いな。そこのベッドに寝かせてくれるかい?」
サイモンは言われたベッドにアイリスを寝かせ、校医がサイモンの顔をみて名前を聞こうとした。
「ええと、君は……」
「四年Aクラスのサイモン・ジュールです」
「ああ、君が能力者のサイモン・ジュールだったか。これからこの女生徒の服を緩めたい。すまないが席を外してもらえるかい?」
「あっ、はい。僕は教室に帰ります」
「ありがとう。ご苦労様」
軽く会釈をしてドアを閉め、廊下に出たサイモンは独り言をつぶやいた。
「女の子って、あんなに軽いものなんだな」
結局アイリスは文学の授業が終わっても回復せず、学校が用意した馬車に乗って早退した。
※・・・※・・・※
「アイリス! やっぱり無理だったのね」
「うん、だめだった。お母さん、気持ち悪い。目が回るの」
「すぐにお医者様を呼ぶから、寝ていなさい」
アイリスはベッドに入ったものの、医者を呼ぶのには反対した。
「いい。寝ていれば平気。お医者は呼ばないで」
医者を呼べばお金がかかる。アイリスの家は貧しいのだ。医者に支払う分のお金を稼ぐのがどれだけ大変か、と思う。
母のグレースは心配そうな顔で付き添っていたが、アイリスが頭を動かしただけで吐き気がすると言うのを聞いて慌てていた。アイリスは赤ん坊のころから丈夫だっただけに、悪い病気ばかりを想像してしまう。
その夜もアイリスは発熱した。
夜中になると熱が上がり、朝になれば下がるのは前日と同じだ。朝、熱が下がるとめまいも消えるのも同じ。
「学院はだめよ、アイリス。また学院にいるときに具合が悪くなって倒れでもしたら困るわ。今夜なんでもなかったら明日行けばいいから。とにかく今日はお休みしなさい」
「……はい」
朝になって体調がよくなったアイリスは無念でならない。
昨日のファイターの歴史は面白かったし、文学の授業は聞き逃した。今日はどんな授業だったのだろうと悶々としながら過ごした。
しかし、やはり午後から熱が出た。
一日中ベッドで過ごしていたアイリスは、すっかり落ち込んでいる。
今夜も高熱が出たら、明日もまた学院を休まなくてはならない。授業についていけなくなるのではないかと心配だし、医者を呼んで自分のために大金が使われるのも両親に申し訳ない。父が毎日どれだけ忙しい思いをしてお金を稼いでいるか、ずっと見てきたのだ。
「悔しい。なんでこんなに熱とめまいが続くんだろう」
「こんなこともあるわよ、アイリス。十五歳はちょうど身体が大人に変わるころだもの。調子を崩すことだってあるわ」
母に慰められる。
姉のルビーは小遣いで飴を買ってきてくれた。
「風邪には蜂蜜とショウガの飴がいいんだって」
「喉は痛くないの。咳も出ないし」
「きっと喉が痛くない風邪なのね。寝ていれば治るわよ」
父のハリーは何度も様子を見に来ては「病気知らずのお前が寝込むとは大変だ。でもまあ、もう少しすれば風邪も治るだろう。大人しくしていなさい」と言いながらアイリスの頭を撫でていく。
本人も家族も風邪だと思い込んでいた。