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王空騎士団と救国の少女~世界最速の飛翔能力者アイリス~【書籍化・コミカライズ】  作者: 守雨
第三章 特別な巨大鳥、特別な能力者

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86 早い旅立ち

 春の渡りが始まってから一週間が過ぎた。

 その日の朝も騎士たちが広場上空へと移動を開始した。

 フェザーを抱えた先輩たちが、アイリスを追い越しながら声をかけてくれる。


「おはよう、アイリス」

「アイリス、しっかり眠れているか?」

「アイリス、今日も頼むぞ」


 すっかり王空騎士団員として受け入れられているのが嬉しくて、アイリスは全ての先輩に笑顔で「おはようございます!」「眠ってますよ!」「頑張ります!」と返事をする。張り切って担当区域で巨大鳥ダリオンの飛来を待ち受けた。


 ところが巨大鳥ダリオンたちは用意された餌を食べに来ない。

 今までは数日かけて食べにくる巨大鳥ダリオンが減り、出発の日は一羽も食べに来ない、というのが通常だった。一斉に食べなくなるということはなかったのに。


 広場の周辺で浮かんでいたファイターと囮役デコイは、ウィルの指示で見張り役を残して全員が地上に下りた。


「どうやら今日か明日には旅立つようだ。今回は一ヶ月以上早い渡りだった上に弓矢による攻撃事件、空賊の襲来もあった。巨大鳥ダリオンの動きも例年通りではない。皆も疲れているだろうが最後まで気を抜かず、職務を遂行するように」

「はい!」


 ウィルの言った通り、昼には巨大鳥ダリオンの旅立ちが始まった。


 巨大鳥ダリオンの森から続々と巨大鳥ダリオンが王都の上空に集まり続けている。

 七百羽から八百羽の巨大な鳥が上空を旋回し、「ギャッギャッ」「ギャアアアッ」と鳴き交わしながら飛んでいる。声の塊が降ってくるようで、普通の声の大きさでは会話ができない。

 薄暗くなるほどの数にアイリスは今回も圧倒されながら見上げている。


「一週間でいなくなるのは俺が知っている中で最短だ」

「過去の記録の中でも最短じゃないか?」

「早くいなくなってくれるのはありがたいよ」


 ファイターたちはそう言葉を交わしながら嬉しそうだが、アイリスは複雑な気持ちだ。

(私は……ルルとお別れするのはちょっと寂しいかな。でも巨大鳥ダリオンと別れがたいなんて誰にも言えない)


「あっ!」と思わずアイリスの口から声が漏れた。一羽の巨大鳥ダリオンが黒い輪から外れて下りてきた。


「ルル!」


 近寄っていいものかとウィルを見ると、「いいぞ」と言うようにウィルが二度小さくうなずいた。アイリスは白首に向かって飛んだ。白首と並んで飛ぶと、白首の丸く黒い目がアイリスを見ている。ゆっくり羽ばたきながら、白首は広場に下りた。


「ルル、みんなと一緒に行かなきゃだめなのに」

「クルルルル」

「ルルはまだツガイを持たないのかもしれないけれど、それでもみんなと一緒にね」

「クルルルル」

「秋の渡りのとき、また一緒に遊ぼうね」


 白首は頭を下げて、アイリスの顔に嘴をこすりつけた。アイリスは背伸びをして首に抱きつき、くちばしに頬ずりする。見ている団員たちが心配し、肝を冷やしていることはわかっているが、ルルと別れるのはやはり寂しい。


「あら?」


 昨日、空中戦で腹に作った傷がもうくっついていた。傷口の周囲の羽毛に血が黒くこびりついているが、パックリ口を開けていた四十センチほどの傷は乾いて塞がっている。


「すごいわね。もう傷が治りかけている」

「クルルルル」

「安心したわ。エンドランドに行っても元気でね」

「クルルルル」

 

 アイリスが抱きついていた腕を放すと、白首は最後にアイリスを見つめてから翼を広げ、石畳を蹴って飛び立つ。そのまま旋回している群れの中に加わった。


 やがて巨大鳥ダリオンの黒い集団は、北へ向かって飛び去った。

 春の渡りは一週間で終了した。王空騎士団の面々は、全員がホッとした顔をしている。


「これで九月の下旬までは通常の生活に戻れるな」

「空賊たちが百名も捕まったんだ。今後の空賊退治はグッと楽になるな」

「弓矢の一件で巨大鳥ダリオンたちが興奮した時はもう、俺の人生の終わりかと思ったよ。あれを無事に乗り切れた。よかった!」


 声高にしゃべっている騎士団員たちの声が明るい。訓練生たちもホールに呼ばれ、ホールでウィルの挨拶が始まった。一番ファイターたちが喜んだのは次の部分だ。


「今回、弓矢事件の処分に王家と重鎮たちが忙殺されるため、慰労会は開かれない。その代わり、騎士団員は金一封をたまわることになった」


 毎度短いウィルの挨拶が終わって解散となった。

 事務員のマヤが王家の紋章が入った革袋を全員に配り始める。革袋の中に入っている金一封を確認して、男たちは笑顔だ。あちこちにグループができて、これから街に繰り出す相談をしている。サイモンが駆け寄ってきた。


「アイリス! お疲れ様」

「サイモンはもう走れるようになったのね」

「うん。少し違和感はあるけど、問題なく走れる。この顔の傷は、訓練生の間では『かっこいい』と言われてるよ」


 サイモンは苦笑すると「この後、ジュール侯爵家で集まりがある」と耳元でささやいた。アイリスは黙ってうなずいた。


(美しい顔に大きな傷がついたときは驚いたけど、私が思うほど気にしていないようでよかった)


 二人でフェザーに乗り、ジュール侯爵家に向かう。

 眼下の王都は人であふれている。自由に太陽の下に出られる喜びの声がいつもより大きいのだろう。上空のアイリスたちにまで聞こえてくる。アイリスとサイモンに気づいて手を振る人も多い。


 ジュール侯爵家にアイリスとサイモンが到着すると副団長カミーユとマイケルがいて(いつの間に?)とアイリスは驚いた。カミーユはアイリスたちが着席するとすぐに話を始めた。


「よお、来たか。では説明を始める。あまり時間の余裕がないスケジュールだ」


 カミーユはジュール侯爵を見てうなずき合うと説明を始めた。

  

巨大鳥ダリオン島に上陸する飛翔能力者はアイリス、サイモン、マイケル、俺の四名。非能力者は私の父ガルソン伯爵、オリバー、医師一名、学者一名の四名。合計八名だ。船員たちは上陸せず、現地に港がないので沖で待機。能力者が非能力者をフェザーに乗せて上陸だ」

「オリバーが? オリバーも参加するんですね?」


 アイリスが思わず驚いて声を出すと同時に、ドアが開いてオリバーが入ってきた。


「遅くなりました。オリバー・スレーターです。上陸メンバーに加えてくださり、ありがとうございます」

「固い挨拶は抜きだ、着席したまえ、オリバー」

「はいっ」


 オリバーはアイリスの左側に着席した。アイリスの右側に座っているサイモンが小声で説明してくれた。

 

「彼が巨大鳥ダリオンのことを研究しているってアイリスがいつか言っていたでしょう? だから父上から声をかけてもらったら、『絶対に行く』って即答だったらしい」

「よかった。私からお願いしようと思ってたの」


 カミーユが説明を始めた。


「飛べる側の人間は一週間後に出発。南端の港に向かってくれ。非能力者は明日船で出発して南端の港に向かう。港で全員が合流。船で巨大鳥ダリオン島に向かい、上陸する。なにか質問は?」

「はい!」

「なにかな、アイリス」

「南端の港まで、飛翔能力者が一人ずつ飛べない人を乗せて飛べば簡単なのでは?」


 それを聞いたカミーユが苦笑し、マイケルはクスッと笑った。


「アイリス、みんながお前ほど飛翔力を持っているわけじゃないんだよ。三十過ぎの俺は、誰かを乗せて南端の港まで何百キロも飛び続けるのは、かなり厳しい」

「あっ……」

「申し訳ないって顔をするな、逆に傷つく」


 その場にいた全員が笑う。オリバーが落ち着かない感じでつぶやいた。


「上陸の記録がない島に行けるのはワクワクします。本当に嬉しいです」


 オリバーだけでなく男性たちが全員喜んでいるのは顔でわかる。オリバーが話しかけてきた。


「アイリス、突拍子もないことを思いついてくれてありがとうね」

「ふふふ。どういたしまして。『思いっきり飛ぶ、この国以外のところに行く、どんな土地か見てくる』の三つは、たくさん飛べるうちにやってみたいことなの」


 そこでカミーユが打ち合わせを終わりにした。


「島に滞在しているのは十日間の予定。ではこれで解散。それから、軍船は一隻貸し出してもらえることになっていたが、行きたがる人間が軍人にも貴族にもいなかった。『渡りに参加していない巨大鳥ダリオンが島に残っていたら困る』ということらしい。よって、軍船は同行せず、ガルソン伯爵家の船だけになった。ジュール侯爵家からは物資と資金の援助をいただいた。以上。解散」

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書籍『王空騎士団と救国の少女1・2巻』
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