83 ギヨムの要求
アオリ村に到着した王空騎士団と王国軍に向かって、空賊の首領ギヨムは大声で要求を告げた。
「女の飛翔能力者を引き渡せ。あの女は俺たちの仲間を大勢海に沈めた。あの女さえ引き渡せば俺たちはおとなしく縄張りに帰る!」
「アイリスを引き渡せば帰ると言っています」
「それと! 武器とフェザーの放棄を要求する」
オリバーはギヨムの要求を聞いてほんの一瞬固まったが、すぐに通訳をした。
王国軍の大隊長カールは四十五歳。角刈りの頭に青い瞳の大柄な男である。オリバーの通訳を聞いて王空騎士団長ウィルを見た。意味ありげな表情だ。
「ウィル、陛下のご指示は村人の命を第一にとのことだが、数ではこちらが圧倒的に有利。幸いやつらの要求を知っているのは、通訳の少年と我々二人だけだ。俺は空賊の要求など聞かなかったことにして攻め込むべきと思うが、お前はどう考える?」
「戦闘になれば村人の半分は殺されるだろう。生き残った村人には王空騎士団と王国軍への恨みが残る。子は一生恨むだろうし、その恨みはそのまた子や孫の代まで引き継がれるものだ。長い目で見ればそれは、大きな負の遺産だ」
ウィルはカールをまっすぐに見て続ける。
「アイリスは極力温存しておきたかったが、奴らの狙いがアイリス一人ならば仕方ない。アイリスを呼び寄せる」
「なっ! お前は自分の部下を空賊に差し出すつもりか!」
「まさか」
ウィルはカールに向かって片方の眉を上げてから、オリバーを呼んだ。
「あいつに要求に応じると伝えてくれ。だが、王都までアイリスを呼びに行き、連れてくるまで時間がかかる。そうだな、到着は明日の朝くらいだと伝えろ」
「はあっ? あんなやつらにアイリスを引き渡すんですか?」
カールが険しい顔になった。
「おいっ小僧! 王空騎士団長に向かって、なんて口のきき方だ!」
「カール、この少年はアイリスの従弟だ。君、そうだったな?」
オリバーがカールを見ながらうなずいた。
「従姉を差し出せと言われたら頭に血が上るのは仕方ないさ。オリバー、落ち着いて我々の作戦を聞いてくれ」
オリバーはウィルから作戦を聞かされ、「それなら」と納得し、カールはその間に各小隊にウィルの作戦を伝えをさせた。
オリバーがギヨムに作戦以外のことだけを通訳する。
「女性能力者の到着は、明日の朝以降になるでしょう。それまで武器とフェザーの放棄は拒否する。村人を殺すなら戦闘開始だ。お前たちを全滅させるまで戦う」
「まあ、そのくらいはしょうがねえな。いいよ、待ってやる。俺もこれ以上部下を失いたくない。ただし! 援軍を増やすなんて考えなら、この村の住民は全滅覚悟で皆殺しってことを忘れるな」
ここに来ている王空騎士団員の中から一番速く飛べる者を送ることになり、サイモンが呼ばれた。
「サイモン、このメンバーなら以前のお前が一番速かったが、今はどうだ?」
「もう怪我の影響はありません。行かせてください」
「よし、では今から言うことを聞いて覚えろ。そして全速力で飛べ」
「はいっ!」
ウィルの作戦を聞かされて驚いた顔になったサイモンに、オリバーが声をかけた。
「こっちに連れてくるとき、アイリスを守ってやってよ」
「君に頼まれなくてもそのつもりだ。では、団長、行って参ります」
「頼んだぞ」
サイモンがフェザーで飛び立つ。その姿はあっという間に小さくなり、見えなくなった。
その夜は、ジリジリしながら命令を待つ王国軍、王空騎士団、村人、空賊たちで村の空気は緊張感漂うまま過ぎた。深夜、空賊たちに気づかれぬよう、王国軍と王空騎士団にウィルの作戦が伝えられた。
翌朝、日の出から二時間ほどで上空に待機していたファイターがウィルのところに下りてきた。
「団長、アイリスとサイモン、それと巨大鳥が一羽、こっちに向かっています。大きさからすると、白首です」
「そうか。わかった。できるだけ大きな声で巨大鳥の襲来を知らせろ。そのあとは昨夜伝えたとおりだ」
「はっ!」
そこからのアオリ村は、大変な騒ぎとなった。
まず、見張り役のファイターが村中に響く声で怒鳴った。
「巨大鳥だ! 巨大鳥がこっちに向かって来るぞ!」
グラスフィールド語の叫びを聞いた村人たちは恐慌に陥った。
「ぎゃああああ」
「助けてくれ! 家の中に入れてくれ!」
「食われる! 外にいたら食われちまうっ!」
そこに大隊長カールの声が響いた。
「王国軍は各自村人を家の中へ避難させよ! その後自らも屋内にて待機! 繰り返す! 村人を避難させ、自らも屋内にて待機!」
剣を構える空賊たちにはオリバーが同じ指示をマウロワ語で叫ぶ。
「巨大鳥だ! 巨大鳥が来るぞ!」
王国軍の軍人たちは大隊長カールの指示で一斉に村人たちを縄で縛られたまま、手近な家に避難させ始めた。
「おいっ! 勝手なことをするな! ぶっ殺されてえかっ!」
「いいからあれを見ろ!」
空賊たちに軍人たちが空を指をさす。ギヨムにはオリバーが。
その左手は朝日の方向を指さしている。
「ああ?」
そこでギヨムは固まった。ゴマ粒ほどの二つの点は人。その隣を飛んでいる巨大な物体は……。
「なんだありゃあっ!」
「巨大鳥だよ! あんたも早く家の中に入らないと食われるぞ! 僕は逃げる」
「あっ! 待て、小僧!」
巨大鳥がだいぶ近づいたところで、空賊たちもやっとその正体に気がついた。初めて見る巨大鳥の大きさに、全員が一瞬絶句した。そして恐慌に陥る。
「巨大鳥だっ!」
「でかいっ!」
「逃げろ! 早く家の中へ!」
蜂の巣をつついたような騒ぎが過ぎ、全員が家の中に避難したところで、白首とアイリスとサイモンが到着した。二人と一羽は広場に降り立つ。
「誰もいないわね」
「そりゃそうだよ。巨大鳥が来たんだから」
「そうか。こうなるわね」
この地区は巨大鳥が立ち寄らないことから、金属製の鎧戸ではなく、やわな木製の扉が窓に取り付けられている。家の中に逃げ込んだ総勢千数百名の人間のうち、巨大鳥を初めて見る空賊たちは、全員が驚愕の表情で木製扉のすき間から外を見ている。
長い歴史の中で巨大鳥への恐怖心が骨の髄まで染み込んでいる村人たちは、家の奥で縮こまっていた。
一軒の家からオリバーが出てきて、白首から距離を取った位置で声をかけて来た。
「やあ、アイリス。早かったね」
「オリバー! なんでこんなところに?」
「通訳を買って出たんだ。どうせみんなやりたがらないだろうと思ってね」
「ああ、なるほどね。よく伯父様たちが許したわね」
「事後承諾だよ。さあ、ここからは僕とアイリスの出番だよ」
「わかった。団長からの指示は理解しているわ」
アイリスは白首の隣に立ち、広場で声を張り上げた。
「空賊の首領に告ぐ! 要求に応じてやって来た。私が王空騎士団でただ一人の女性の飛翔能力者よ! 私をどうしたいの?」





