8 巨大鳥対策の変遷
ルーラは次に新しい絵を提示した。今度の絵は巨大鳥の狩りの方法を図解していた。
「巨大鳥は遥か上空で獲物を探します。彼らは視力がとてもよく、上空三百メートルのあたりから一キロ先の地面を歩くネズミのような小さな獲物も見逃しません。巨大鳥が上空から見る範囲はとても広いので、昔のようにあちこちの森に散らばって休憩されてしまうとファイターたちだけでは彼らの行動を制御しきれません」
そこで一度言葉を切って、今度は少し残念そうな表情で話し始める。
「王都に巨大鳥を集めた理由はもう一つ。王都の建物は、国が計画的に運び込んだ石材で建てられていますが、地方のほとんどの家々は点在している上に家の造りが王都に比べると脆弱です。しかも家畜の数が多く、巨大鳥は家畜小屋の屋根を破壊して中の家畜を襲うことを学習していました。それに……」
ルーラは言葉を選ぶのに少しだけ時間をかけた。
「人間は家畜よりも逃げ足が遅いのですよ。昔の巨大鳥は、家畜よりも動きの鈍い人間を襲う方が簡単なことを知っていました」
教室の中にため息が漏れる。
「加えて、渡りの開始日は年によって微妙に違います。王空騎士団が渡りを確認して全ての地区にそれを知らせている間に、巨大鳥たちはこの国に到達してしまいますし、風向きによっては飛来を知らせる鐘が聞こえないことも多いのです。昔は農作業中の農民が巨大鳥に連れ去られる事件が頻発していました」
生徒たちは再び掲げられた『巨大鳥が人を連れ去る絵』を見て顔をゆがめる。
「集合場所を建て、そこだけを頑強な石造りにする案も出されました。しかし、家畜や作物の世話をしなければならない農民を、二週間から三週間も一か所に集めることには現実的ではなく、却下されました。かと言って、地方の全ての家を国が石造りに建て替える予算など国にはありません」
生徒たちが小さくうなずきながら聴いている。
「結果、国は王都に巨大鳥を集めることにしたのです。一か所に巨大鳥を集めることで、数で圧倒的に差がある飛翔能力者たちでも、彼らの行動を監視できるようになりました」
生徒たちはルーラの言葉を書き取る者、真剣に聞き入っている者と様々だ。全員がわかりやすいルーラの話に引き込まれている。
「巨大鳥は一気に降下して獲物をつかむのですが、音を立てないために、獲物は狙われていることに気づいたときには手遅れになってしまうのです」
アイリスは再び自分が巨大鳥に襲われたときのことを思い出した。たしかに頭のすぐ上にアレが来るまで、全く気付かなかった。
「広場で家畜を差し出すようになる以前、軍隊と王空騎士団が巨大鳥を討伐しようとしたこともありましたが、悲惨な結果を招きました。『討伐隊壊滅事件』です」
ルーラは過去に王国軍と巨大鳥がどう戦い、悲惨な結果になったことを数字で示した。
巨大鳥を殺すことはできず、軍人と能力者がほとんど連れ去られたという数字だ。人間側は惨敗だった。失われた命の数の多さに、生徒たちがどよめく。
「次に考え出されたのは、毒を家畜の体表に塗ることでしたが、それは無駄でした。巨大鳥は毒を塗った家畜を食べず、腹を空かせて執拗に人間の家を襲うようになったのです。こうして長年の試行錯誤の末、国の方針は、巨大鳥に家畜を差し出すことに落ち着きました。さらに、家畜を差し出す場所を毎年少しずつ移動させ、何十年もかけて複数の巨大鳥の群れを王都の広場一ヶ所だけに誘導することに成功しました。彼らに『ここに来れば餌が簡単に手に入る』と覚えさせたのです。この仕組みができて以降、人間はほとんど襲われなくなっています」
それからルーラは巨大鳥関係の資料を次々提示しながら講義し、最後に教卓の上の書類や絵を重ねた。
「次回の私の授業は、ファイターとは、というテーマでお話をします。皆さんは予習してくるように」
ルーラはそう言うと、さっさと教室を出て行った。
アイリスはサイモンに話しかけようかどうしようかと迷いながら後ろを振り返った。そしてサイモンと目が合ってしまう。サイモンの瞳は赤みを帯びた茶色。切れ長の目の形、通った鼻のライン、薄くもなく厚すぎもしない唇。まるで彫刻のように美しい顔立ちだ。
「やあ。これからよろしくね。僕、初めてAクラスになれたんだ」
「私、アイリス・リトラーです。判定会場であなたと一緒だったの」
「お菓子をいっぱい抱えて話しかけてきたよね?」
「あっ、それです」
「覚えてるよ。僕はサイモン・ジュール。ジュール侯爵家の……」
そこまでサイモンがしゃべったところで、大声に遮られた。
「サイモン、こっちに来いよ!」
「ああ、今行くよ。じゃあね、アイリス」
サイモンは穏やかな笑顔を残して声の方へと行ってしまった。
「覚えていてくれた。よかった」
「なにがよかったの? アイリスさん、あなたリトラー商会の子でしょう? 私はサラ・ハットマン。平民同士、よろしくね」
「アイリス・リトラーです。よろしくね、サラ」
「さっきの男の子、能力者のサイモン・ジュールよね? 知り合い? 彼、すごく綺麗な顔よね」
「知り合いというか、判定会場で一緒だったの」
「そうだったの。ねえ、今日の帰り、うちに来ない?」
「私、家の手伝いをしなきゃならないから、少しだけでいいなら」
「いいわよ。少しでも嬉しい」
サラは人見知りしない性格らしく、グイグイ距離を詰めてくる。
アイリスはサラの家に行くことになった。アイリスはサラの家で歓迎され、手作りのケーキが出された。
サラはケーキを食べながら「あのクラスのあの男の子の顔がいい」「あの女子生徒とあの男子生徒は婚約しているらしい」という女の子同士ならではの話をしている。
アイリスは黙って聞いているが、ケーキの味がどうにも美味しいと思えなかった。
不味いというより味がしない。そういえば昼食のお弁当もなんだか美味しくなかった。それにさっきから頭がぼーっとして、身体もふわふわしている。
「アイリス? どうしたの? 元気がないわね」
「なんだかケーキの味がしないし、頭がぼーっとするし、身体がふわふわするの」
サラがアイリスの額にサッと手を当てた。
「熱があるわ。ごめんなさい。気がつかずに私ばかりおしゃべりをしてしまって。急いで帰ったほうがよさそうね」
「うん。そうする。ごめんね、サラ」
「気にしないで。私こそ気がつかずにごめんなさい」
アイリスは帰宅して熱があることを母に告げ、すぐにベッドに入った。その夜、かなり熱が上がったが、明け方には平熱になった。朝食のときには食欲もあり、味もちゃんとわかる。
「お父さん、学院に行きたい。最初から授業に後れを取りたくない。昨日も、とっても勉強になる授業ばかりだったの。いいでしょ? お願い」
「そうだなあ。では事情を書いた手紙を書こう。先生に渡しなさい。具合が悪くなったら無理せず早めに帰って来ること。約束しておくれ」
「はい。約束します」
アイリスは笑顔で学院に向かった。