69 混乱する王都、王城、西の港
ケシ粒ほどの大きさだった巨大鳥の群れは、みるみるうちに大きくなってくる。
やがて微かにギャアッ! ギイィィィッ! キイイェ! ギャッギャッ!と鳴き声が聞こえてきた。
アイリスはルーラの授業で習ったことを思い出した。
『覚えておいてください。巨大鳥は普段キイイィという甲高い声で鳴きます。ギャッギャッ、ギィィィという濁った鳴き方をするのは空腹や不機嫌なときと言われています』
「マイケルさん、巨大鳥たちは飛び続けてきたから空腹なんじゃ」
「そうだね、不機嫌な鳴き方をしているね。これから家畜をかき集めて広場まで運ぼうにも、夜にならないと運ぶ人間が危ないな」
「夜まで、私たちが王都の人々を守らなくては」
「アイリスは……怖がらないんだね」
「怖いですけど、それが私たちのやるべきことですから」
真顔で答えるアイリスを見て、マイケルが意外そうな顔になった。
「へええ。なんか、君、入ったばかりの頃より逞しくなったね」
「あれ? そうでしょうか」
「うん。一本しゃっきりした感じ」
そこで隊長ギャズの声がして、二人は同時に見上げた。
「巨大鳥が森に到着し始めた! すぐに広場に来るぞ。餌が届くまで、なんとしても住民を守れ。全員、武器の用意を!」
その言葉を聞いて、ファイター全員が腰に佩いていた剣をスラリと抜いた。もちろんマイケルも。アイリスは武器を持っていないし持つかどうかも聞かれていない。
「マイケルさん、ファイターは巨大鳥を傷つけることも殺すこともしないのでは?」
「ああ、血は流させないんだ。よくよく切羽詰まった状況のとき、風切り羽か尾羽の端を少し切る。血は出なくても飛行する際のバランスが崩れるから、彼らは酷く嫌がるんだ」
「そんなに近寄るんですね?」
「うん。下手すれば翼で弾き飛ばされる」
マイケルは何げない感じに言っているが、救助係のマザーが間に合わなければ、それは死を意味する。
「マイケルさん、気をつけてください」
「囮役の君こそ気をつけてね」
「はい」
あらためて気を引き締め、ゆっくりうなずいた。
アイリスたち王空騎士団の全員が王都の人々を守るべく、低空飛行で飛んでいるころ、城ではジェイデン王子と軍務大臣が言い争っていた。
「殿下、今まさに王空騎士団が民を守るために働いているのです。軍も民の保護に走り回っております。どの家もまだ窓やドアに巨大鳥対策が間に合ってておりません。こんな状況で、軍人を討伐には割けません。もう今回は無理です。民の命を守る方を優先させてください」
「それでは半年も先になってしまうではないか!」
「ジェイデンよ、半年待てばいいではないか」
「父上!」
割って入った国王の言葉に、ジェイデンは憤った。国王は厳しい表情で息子に話しかける。
「巨大鳥討伐は、何が目的だ。国のため、民のためではないのか」
「その通りです。民のためです」
「今、まさに民の命が危ないのだ。最優先すべきは民の命だ。半年先に計画を遅らせることくらいなんでもない。軍は民の命の保護を優先とせよ。今回は巨大鳥討伐作戦を禁ずる」
「父上……」
国王が軍務大臣のダニエルを見た。
「ダニエル、討伐作戦は中止だ」
「かしこまりました」
ダニエルが足早に出て行った。「私は部下の命も守らにゃならんのだよ」とつぶやきながら。
数千人の部下が王都を走り回って民の保護に動いている。ダニエルは民の命と同じくらい、彼らの命を守りたい。
ダニエルから王空騎士団へと連絡が届く。赤い旗が城の鐘楼で振られ、騎士団員が鐘楼に飛んだ。
飛んできた若い王空騎士団員に旗を振っている軍人がホッとした顔で連絡事項を告げる。
「討伐作戦は中止! 中止だ!」
「了解!」
若い騎士団員は『討伐反対派』だ。巨大鳥を攻撃して全滅した過去の話に不安を抱えていた彼は、大急ぎで王都上空で指揮を執っているウィルに向かって速度を上げた。
・・・・・
王都が巨大鳥飛来で大騒ぎになっている頃、グラスフィールド島の西の港もまた、大騒ぎになっていた。
国境空域警備隊は、王都方面から伝わってきた『巨大鳥飛来』を知らせる狼煙を確認し、自分たちも狼煙を上げ、早鐘を打ち鳴らして民に脅威を知らせている最中だ。
「隊長! 狼煙を上げているマウロワ王国の船が接近しています!」
「はあ? 何の船だ? 何も知らせが来ていないぞ?」
「王家所有の船です」
国境空域警備隊隊長がガタッ! と立ち上がった。
「事前の通告なしで王家が? 軍船は?」
「軍船ではなく、王家の警備船が三隻同行しています」
「軍船じゃないんだな?」
「はい」
「よし、私が確認に行く。五名、同行せよ」
「はっ!」
警備隊隊長のギルは壁のフェザーを手に取り、待っている五人の部下の前に立ってからため息をついた。
「巨大鳥が飛来したってときになんでマウロワの王家が来るかね。食われてえのか!」
「隊長……」
五人の部下が困った顔になっている。
「ま、お前らに愚痴をこぼしても仕方ねえか。失礼のないように丁重にお帰り願うぞ」
「はっ」
六人の男が王家の船を目指して飛ぶ。攻撃ではないことを示すため、警備隊の旗を手に飛ぶ。マウロワ王家の船の甲板には二十名ほどの男たちが整列している。その間にも帆船は進み、今はもう、港に入りつつある。
『甲板に下りることを許可する』の旗の合図を確認してから甲板に降り立つ警備隊一行。甲板に降り立ち、隊長が恭しく礼をした。
「グラスフィールド王国国境空域警備隊隊長、ギル・イシュールでございます。ようこそグラスフィールド王国へ」
「出迎えに感謝する。マウロワ王国王太子、フェリックス・マウロワである。事前の連絡も無しに済まなかったね。出てくる前に少々慌ただしかったので連絡をする暇がなかったんだ」
甲板の上で、警備隊の六人は(はああ? 王太子自らだと? 何をしに? 渡りが始まってんのに!)と心で叫んだが、全員顔は無表情である。
「殿下、大変恐縮でございますが、本日、巨大鳥が我が国に飛来しました。つい先ほど飛来を知らせる狼煙と鐘がここまで届いたところでございます。例年より一ヶ月以上早い飛来で、現在、王都は大騒ぎになっているかと思われます」
巨大鳥飛来と聞いて王子の侍従が顔色を変えた。
「殿下! 帰りましょう。危険です!」
「テレンス、落ち着け。ここに来ているわけじゃないんだ」
「ですが、巨大鳥ははるか遠くまでひとっ飛びでしょうし、いつここに来るか」
「襲ってきたら馬車に入ればいいではないか。馬車の中にいれば安全だろう」
(そんなわけあるかっ! 馬車をひっくり返されて引きずり出されて食われるわっ!)と警備隊の六人が心の中で叫ぶ。もちろん顔は無表情のまま。
ギルは失礼な物言いにならないよう、細心の注意を払って王子の入国を断ることにした。
「恐れながら殿下に申し上げます」
「なんだい?」
「巨大鳥ならば、馬車を襲って中の人間を引きずり出すのは容易でございます。なにとぞ今回はご帰国願いたくお願い申し上げます。我々も人手が足りず、殿下の警護が十分にはできかねるのでございます。申し訳ございません」
「ふうん」
(ふうん、じゃねえっ! さっさと帰ってくれ!)
これは警備隊の心の叫びだ。
しかし警備隊六人の心の叫びはフェリックスには届かなかった。
「わかった。では十分注意を払って、進むことにしよう。なに、警備の人数はこちらの者で足りている。今夜は皆、上陸出来てホッとしているところだからこちらに泊まり、明日出発する。私もこう見えて忙しいのだよ。なかなかこの国に来ることが叶わないから、はいそうですか、と手ぶらで帰るわけにはいかないんだ。今夜の宿の手配を頼みたい」
自分の要求が通らないなどとは露ほども思っていなさそうなフェリックスの言葉に、ギルはわずかな時間、口を薄く開けた。だがすぐに気を取り直す。自分の対応のせいで国同士のもめ事を引き起こすわけにはいかないのだ。
「かしこまりました。すぐに手配をいたします。従者の皆さま、警護の皆さまの総勢は何人になりましょうか」





