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王空騎士団と救国の少女~世界最速の飛翔能力者アイリス~【書籍化・コミカライズ】  作者: 守雨
第二章 王国の秘密

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64 生まれた疑問     ・

 神殿に帰るよう団長に命じられたアイリスは、治療室へと向かった。

 静かにドアをノックをすると、医師のキースがドアを開けた。キースはアイリスを見るとドアを大きく開けて無言で中に入るよう目促した。サイモンが眠っているらしい。

 アイリスも声を出さずに静かに室内に入った。


 サイモンは眠っていたが、アイリスが枕元まで近づくと目を開けた。上を向いていた顔をゆっくり傾けて、アイリスの方へと動かす。縫い合わされた顔の傷跡は縫われた直後よりも赤く盛り上がっているように見えた。

 サイモンの顔が端正なだけに、縦に大きく走る傷は余計に痛々しく見える。アイリスは胸が痛んだが、それを顔に出さないように気をつけて笑顔を作った。


「アイリス、おかえり! よかった、無事だったんだね」

「もちろん無事よ、サイモン。たくさんの海賊を海に叩き落してきたわ。海に落ちた空賊たちのフェザーは、騎士団の人たちが拾い集めて飛び立てないようにしていたわ。少しは空賊の数を減らすことに役だったわ」

「そうか。君は活躍したんだね。なのに僕は寝ているだけなのが悔しいよ」


 唇を噛むサイモンを見て、アイリスは慌てた。


「あなたがリュカさんを助けるために怪我をしたこと、リュカさんが教えてくれたわ。申し訳なかったって、私に頭を下げてた。サイモンだって、リュカさんを守って活躍したんじゃない」

「人をかばって自分が斬られるなんて、間抜けだった」

「サイモン……今は自分を責めないで」

「そうだね。ごめん。アイリスを守るどころか、君が戦っているときに寝ているだけなのが歯がゆくてつい。君に甘えてしまった。ほんとにごめん」


 アイリスはそっとサイモンの手を握った。


「私は神殿まで戻ることになったわ」

「そうか……」

「ここで騎士団の皆さんと一緒に飛びたかった」

「君が神殿で信者を相手にすることも、国の仕事だよ」

「それはそうだけど。ここを離れるのはとても残念だわ。サイモンが一日も早く治ることを祈っています。じゃ……暗くなる前に王都に帰るわね」

「アイリス。僕もなるべく早く戦線に戻るつもりだ」

「でも、無理はしないで。女神様があなたを守ってくださいますように」


 そう言ってアイリスがサイモンの手を握ると、サイモンはアイリスの手にそっと口づけた。後ろ髪を引かれる思いで部屋を出ると、廊下まで見送りに出た医師のキースが話しかけてきた。


「サイモンは順調だ。今のところ傷が腐る様子はない。安心しなさい」

「先生、サイモンをよろしくお願いします」

「任せなさい。王都までは遠い。気をつけて飛ぶように」

「ありがとうございます。では失礼いたします」


 アイリスはぺこりと頭を下げ、建物の出口へと向かう。ラックから自分のフェザーを手に取り、外に出た。青いフェザーを地面に置き、静かに乗る。一度深呼吸をして五メートルほど浮かび上がり、そこでマスクとゴーグルを装着した。そして太陽の光を浴びながら、猛烈な速さで王都を目指して飛んだ。

 

(本当は大怪我をしたサイモンのそばにいたかった)


 そう思いながら飛ぶ。ゴーグルとマスクをつけて高速で空気を切り裂いて進んでいると、アイリスの顔に風が強くぶつかってくる。耳には風の唸りがゴオオゥッと響き続けている。


(耳栓が欲しいけれど、それは危ないのかな)


 飛んでいる鳥にぶつからないように気をつけつつ、全速力で飛び続けた。他の飛翔能力者にはとても真似できない速さで飛び続け、神殿に到着した。

 フェザーを抱えて神殿の中に入り、まずはゾーエ神殿長のところへと向かう。

 ゾーエは神殿長室にいた。


「昨夜は戦闘に出ていて戻れませんでした。申し訳ありません」

「連絡をくれた人に詳しく聞きました。空賊が出たのでしょう? あなたの元婚約者が斬られたそうね。容体はどうなの?」

「サイモンは大怪我を負いましたが、今のところ命に別状はなさそうです。縫い合わされた傷が腐らないことを祈るだけです。……神殿長は、空賊のことをご存じだったのですね」


 ゾーエがキュッと口角を上げてうなずいた。


「私はマウロワ王国で生まれて育ちましたからね。大陸にも飛翔能力者が生まれることは知っています。彼らが恵まれない環境にいることも、流れ流れて空賊になっていることもね」

「恵まれない環境、ですか。それは知りませんでした」

「座って話をしましょう」


 椅子を勧められ、アイリスはゾーエの向かい側に座った。

 ゾーエは飛翔能力者が大陸ではどのように思われ、どんな扱いを受けているかを説明した。

 あまりありがたがられていないこと、就職するのに不利なこと。危険な高所作業をさせられることが多いこと。仕事で飛んでいるうちに力が底をついて落ち、大怪我をしたり命を失ったりする能力者が少なくないこと。

 最後に、なんとも含みのある表情でこう締めくくった。


「マウロワには巨大鳥ダリオンが来ませんからね。大陸の飛翔能力者は、さほどありがたがられないのです」

「神殿長、私……私……そういうこととは知らずに、昨日はたくさんの人を海に落としました」


 顔を強張らせたアイリスを見ながら、ゾーエは首を振った。


「あなたは戦闘に参加したのだもの、それがいいのです。あなたは求められる役目を果たした。戦闘中にじっとしていれば、あなたも他の王空騎士団員も殺されるのですよ? アイリス、彼らは不幸な境遇ではあるけれど、だからと言って、他人の物や命を奪って生きることに正義はありません」

「そうですが……」

「今は彼らを海に落としたことを悔いても何も生まれないわ。考えるなら、この先のことを考え、思い悩むべきです」

「この先のこと……」


 ゾーエは少しの間考え込む様子をしてからアイリスに笑顔を見せた。


「ともあれ、疲れているでしょうから、今日はゆっくり休みなさい。ちゃんと夕食を食べて、早めに眠ったほうがいいわ。明日も近隣からの信者があなたに会いに来るはず」

「遠くからの信者さんは?」

「おそらく渡りが終わるまでは来ないと思う」

「わかりました。お時間を割いてくださって、ありがとうございました」


 神殿の食事室に向かいながら、アイリスは思いがけない話を聞いて動揺している。

 空賊たちはただの悪人だと思っていたのに、彼らには彼らの事情があったことがショックだった。


(でも、やらなければ私がやられていた。その証拠に、サイモンは生きるか死ぬかの大怪我を負わされた。でも、空賊たちは殺せばいいだけの存在では……ない気がする)


 では自分はどうすればよかったのか。この先どうすることが正しいのか。

 冷えた夕食を食べながら考え続けたが、答えは出なかった。


 体を拭き清め、ベッドに入ったものの、アイリスはなかなか寝付けない。目を閉じるとサイモンを笑いながら斬ったという首領の男の顔が浮かんできた。空賊を哀れに思う気持ちが生まれたものの、それでも(やはりあいつらを許せない)という気持ちは消えない。


「私はただ飛びたいだけだった。でも、飛ぶことの先にはこんなにもいろんなことが……」


 眠れそうにないと判断してベッドから起き、窓に近づいてカーテンを開けた。深夜の空には満天の星が輝いている。サイモンと二人で幸せな気持ちで夜空を飛び、ジュール侯爵家に向かって飛んだことを思い出した。

 能力が開花して、人目を忍びながらもひたすら楽しく夜空を一人で飛び回っていたころが、はるか昔のように思える。


巨大鳥ダリオンは怖いけれど、私はやっぱり飛びたい。この能力が求められるのなら、巨大鳥ダリオンの前に出て人々を守ることも、喜んで引き受ける。空賊がこの国の船を襲うのなら、船も乗組員も守る」


 そこまで考えたとき、とある疑問がアイリスの心に突然浮かんできた。

 お城の慰労会でアガタ公爵令嬢は「海も荒れていないのに船団が全部姿を消したのは持ち逃げ」という意味のことを言っていた。


「おじいさまの船が、嵐でもないのに突然消えたのって……空賊に襲われたんじゃ。国は空賊の存在を隠しているから、何も知らない人々の間に誤った憶測が生まれて、おじいさまが積み荷を持ち逃げしたことになっているんじゃないの?」



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書籍『王空騎士団と救国の少女1・2巻』
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