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58 企むマリオと追うエリック

 アイリスが神殿で女神の申し子として活動を続け、サイモンを含めた王空騎士団が海で空賊退治をしているころ、養成所のマリオもひそかに動いていた。


 養成所は十歳から十四歳までは厳しく行動を管理されていて、『夕食以降は外出禁止』の規則だが、十五歳からは比較的自由がある。それでも門限は午後九時だ。十六歳で成人すると、門限は十時。

 翌日も危険と隣り合わせの訓練をする彼らは、それを破ることはない。夜遊びで体調を崩せば、翌日の訓練で怪我をするか命を落とすのは自分だから。

 

 夕食をさっさと済ませたマリオが、歩いて寮を出た。あたりをうかがい、早足で歩いて行く。その後ろを歩いて行くのは指導係のエリックだ。

 エリックは団長から指示を受けてマリオを尾行している。マリオは尾行を警戒して何度か後ろを振り返ったが、尾行されていることに気づかなかった。

 やがてマリオは一軒の古びた民家に入って行った。


「なるほど。ここが討伐派の集会所か」


 エリックが物陰から見ていると、様々な年代の男たちが続々とその民家に入っていく。見た感じでは裕福そうな者は見当たらない。

 入っていく人間が途切れたところで窓に近づき、中の声に耳を澄ませた。中から「おう!」「異議なし!」などの声が漏れるのを聞きながら集会が終わるのを待っていると、マリオが出てきた。


「ああ、気分がいい。ここでは俺は飛翔能力者でありながら討伐派だ」


 養成所では成績でパッとせず、アイリスはどんどん出世の階段を登って行く。マリオはなにもかも面白くなかった。飛翔能力が発現して十歳で養成所に入るまでは、マリオは田舎町の英雄だった。両親はマリオを大切にして周囲の人たちに自慢していたし、自分も界隈で唯一の能力者であることを誇りに思っていた。

 だが養成所に入った日から、自分は良くて中の下、下手をすると下の上くらいの位置だと気がついた。


「女のくせに飛ぶなんてさ。目障りなんだよ。その上聖女様だって? ふざけんな。調子に乗るなってんだ。貧乏商会の娘のくせに。ま、アイリスがどの時間にどの場所にいるかを報告しただけで、大喜びされたからな。そのうち痛い目に遭うといいさ」


 心の内を唇だけ動かしつつ声には出さずに歩いていると、肩をポンと叩かれた。

 驚いて振り返ったマリオに、養成所の指導係、エリックが立っていた。


「よう、マリオ。ご機嫌だな」

「エリックさん! なんでここに……」

「なんでって、そりゃお前のあとをつけて来たからだよ」


 突然マリオが走り出した。エリックはゆっくり追いかける。瞬発力では適わないが、持久力なら負けない。どうせ王都の住宅街は、隠れる場所がない。せいぜい、どこかの家に飛び込むぐらいだ。

 マリオを目で追いながら、ゆっくり走って追いかける。エリックはどこまでも諦めない。

 やがて行き止まりの路地の奥で、ハアハアと荒い息をしながらこちらを睨むマリオに追いついた。


「さあ、養成所に帰るぞ」


 マリオは返事をせず、唇を噛んでいる。

 エリックはマリオの腕をつかみ、歩き出した。脚を踏ん張るマリオに、エリックは静かな声で話しかけた。


「討伐に賛成なら、巨大鳥ダリオンの討伐隊に入れてもらうことだな。六十年前、討伐隊は二人を残して全員が巨大鳥ダリオンに食われた。その二人も怪我が理由で死んだ。だから俺たちは討伐には反対している。『今度は大丈夫』なんて理由はどこにもない。俺たちは貴重な能力者を失いたくないから討伐には反対だ。だがお前は参加したいらしい」


 マリオは怒りに満ちた顔で首を振った。


「そんなの嘘だ! 討伐派が全滅なんて、王空騎士団を維持するための、既得権益を守るための嘘だって言ってた!」

「討伐派の連中が、だろう? そいつらは巨大鳥ダリオンの前に出て戦うやつらか? 丈夫な石造りの家の中で討伐が終わるのを待つだけの人間じゃないのか?」

「それは……」

「まあ、お前の名前はリストに載るだろうな。まだ十五年しか生きていないのに、気の毒なことだ」


 引きずられるようにして歩いていたマリオが足を止めて叫んだ。


「アイリスは女だってだけで特別扱いされて! サイモンはどこかに行ったきり訓練にも出てこない! 全部えこひいきじゃないですか! おかしいですよ! 王空騎士団も養成所も、えこひいきばっかりだ!」


 エリックが足を止めた。


「お前それ、本気で言ってるのか? だとしたら飛翔能力だけじゃない、判断力も洞察力もアイリスとサイモンの下だよ。大きく水を開けられた状態で下だ。アイリスが毎日どれほど働いているか、サイモンがどれほど危険な仕事をしているか。マリオ、二人はお前じゃできないことをやってるんだよ」

「俺じゃできないこと? それがえこひいきなんですよ! うまいこと立ち回ったやつばっかり優遇されて!」


 エリックが激高するマリオの目を覗き込んだ。


「俺の同期にも、同じことを言うやつがいたな。そいつは食われたよ。自分はトップファイターの実力があると言い張って、能力に見合わないところまで巨大鳥ダリオンに近づいた。トップファイターが助けようとしたけど、巨大鳥ダリオンのほうが動きが速かった」

「えっ」

「実力がある者は巨大鳥ダリオンの近くで飛ぶ。実力がなけりゃ離れて飛ぶ。そうしないと、どんどんファイターが食われちまうんだよ。いい加減気づけよ。巨大鳥ダリオンは飛翔能力の低い、動きの遅いやつから狙うんだぞ?」


 マリオは無言になり、それでも納得していない表情で養成所まで歩いた。

 エリックとマリオを出迎えたのは引退したファイターたちだ。


「お疲れさん、エリック。やっぱりマリオは集会に参加していたか」

「ああ。俺から説教したが、こいつがどこまで理解しているか俺にはわからん。マリオ、団長たちが戻るまで外出は禁止だ。騎士団員として組織の命令に従わなければ、王空騎士団員の資格をはく奪される。その先は一年中ずーっと海岸を見張る道しかないぞ」

「それは困ります! 俺、団長が帰るまで外出しませんから、見張り係は絶対に嫌です!」

「ああ、それが賢明だ。見張り要員と王空騎士団員では、報酬が天と地ほども違うからな。田舎の両親を泣かせたくなかったら、大人しくしていることだ。俺は今日のことを団長に報告してくる。いいか、マリオ。逃げるなよ」


 マリオがこわばった顔でうなずくのを確認して、エリックは団長の帰りを待った。

 団長と副団長は王空騎士団を率いて西の海に出向いている。

 エリックはとぼとぼと寮に戻っていくマリオを見ながら、深いため息をついた。


「能力者が少なすぎる。あんなマリオだって使っていかなければ手が回らない有様だ」


     ◇ ◇ ◇


 その頃、大陸のマウロワ王国では天候が荒れていた。

 大陸の内部で大雨や竜巻が相次ぎ、王太子といえども、とても「グラスフィールドまで船で出かけて、女性の能力者を手に入れてくる」などと国王や重鎮たちに言える状況ではなかった。


 フェリックスが船で出かけると決めたすぐ後から、続々と内陸部の貴族たちから悲痛な陳情が届き、王家はその対応に追われていた。

 何日も続いた豪雨は川を氾濫させ、家々と住民を押し流した。

 そちらに食料や救助のための軍を送り込み、領主の抱えている兵と住民でどうにか被害の片付けを済ませた。「さあこれから復興だ」となったら今度は竜巻がいくつも発生した。洪水を免れた建物があちこちで破壊されてしまい、被害は甚大になった。

 フェリックスは陣頭指揮を取り、内陸の被災地を回っている。


「殿下が出航する前で本当によろしゅうございました。こんな非常時に殿下が女性一人のために往復で二か月以上も国を留守にしていたら、王家になにかと文句をつけたがるあの一派が何を言い出したことか」

「ああ、叔父上たちは玉座が欲しくてたまらないからな。王家のやることにはなんにでも文句をつける」


 フェリックスが疲れた顔で苦笑いした。


「大雨に洪水、竜巻に流行り病。よくもまあ、次から次へと問題が発生するものだ。いつまでたってもグラスフィールド王国に出向くことができそうにない」

「殿下、こればかりは人知の及ばぬことでございます。お怒りはごもっともでございますが、どうか堪えてくださいませ」

「わかっている。当たり前のことを言うな。年寄りの繰り言みたいだぞ。 いや、お前は真の年寄りだったか」


 真顔でそう言われて侍従の老人は苦笑した。


「はい、殿下、そろそろ引退したいと願っている年寄りでございますよ。今更でございますが、殿下は空飛ぶ乙女をどうなさるおつもりですか?」

見目みめが気に入れば妻の一人にするつもりだが」

「さようでございますか」

「なんだテリウス、気に入らないのか」

「飛翔能力は子に引き継がれないというのが学者たちの定説でございます。その乙女を殿下の妻に迎える利点が見つかりません」

「珍しい小鳥を見たら、飼いたくなるのが人だ」

「はぁぁ、さようでございますか……いやはやなんとも」

「ま、全ては内陸の復興にめどが立ってからだな」


 テリウスと呼ばれた老人は、白いあごひげを撫でながら思案顔だ。


「テリウス、言いたいことがあるなら、はっきり言わぬか」

「新しい年が始まりましたので、あと三月みつきもせずに巨大鳥ダリオンの渡りが始まりましょう。グラスフィールドにたどり着くまでに一ヶ月は見ておかねばなりません。そこから計算いたしますと、どんなに遅くとも今月の二十日までに出航できない場合は、次の渡りが終わる五月までお待ちいただくことになります。ご了承くださいませ」

「ああ、そうだったな。内陸の被害が落ち着くのが先か、巨大鳥ダリオンの渡りが先か、微妙なところだ。三月の下旬まではまだ日がある。とんぼ返りするなら間に合うさ」


 マウロワ王国の王子フェリックスは、巨大鳥ダリオンに白首という特別な個体が生まれたことをまだ知らない。

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書籍『王空騎士団と救国の少女1・2巻』
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