51 国王の憂いとマウロワ王国の会議
ザッカリーが逮捕され、厳しい尋問を受けている。
国王の執務室では険しい顔をした国王ヴァランタンと、心労で顔色の悪い宰相のルーベンが会話している。
「ザッカリーに賄賂を渡していたのはマウロワ王国の人間なのか?」
「そのようでございます」
ヴァランタンは額に右手の指先を当て、しばし目を閉じる。そして目を閉じたまま、疲れた様子で会話を続けた。
「大陸に巨大鳥はいない。マウロワの王太子は、女性の能力者をそばに置いて見せびらかしたいのかもしれんが、我が国にとっては途方もなく迷惑な話だ。白首がどう特別なのかも、まだわかっていないというのに」
ヴァランタンは我が子ながらジェイデンを信用できない。
ジェイデンは言い伝えを信じないだけならともかく、国王になったら巨大鳥討伐を実行するのではないかとヴァランタンは恐れている。
「王位をジェイデンに譲ったとたん、ジェイデンのタガが外れるのではないか。ディランが王太子であったら、ここまで悩まずに済んだものを。なぜディランが先に生まれなかったか。無念だよ」
「長子相続の法を早めに改変するべきでした。わたくしがもう少し頭を働かせて先を読まなかったばかりに、陛下にはご心労をおかけして申し訳ございません」
「ルーベン、お前の責任ではない。ジェイデンが変わったのは、ミレーヌをこの城に招いてからのことだ」
「そうではございますが、今から婚約を破棄することも、ディラン殿下を王太子に据えることも、マウロワ王国が黙っていないでしょう」
「そうだな。まさに問題はそこだ」
ヴァランタン国王と宰相は沈痛な面持ちで黙り込んだ。
同時刻、王太子ジェイデンは自分の部屋で婚約者ミレーヌと話をしていた。
「ジェイデン様、兄さまから返事が来るのはいつでしょう」
「大陸とこの国の距離は千キロを少し超える程度だ。海流と風、波の状態にもよるが、そうだなあ、早ければ二週間ほどで着くはずだが。折り返しでひと月か。だがこればかりは天候頼みだからね。倍かかることもある」
「ジェイデン様、兄はせっかちなのです。いきなりこの国を訪れたりしないといいのですけれど。もしそんなことがあっても、お許しくださいませね」
「まさか。能力者一人のために、大国の王太子が船に乗ってここまでいらっしゃるなんてことはないだろう」
「それもそうですわね」
※……※……※
そのまさかの事態について、マウロワ王国の王城で会議が開かれている。会議は、大もめになっていた。
「フェリックス様。おやめくだされ。その娘を手に入れるだけのために、マウロワの王太子であらせられるフェリックス様が御自らあのような国に出向く必要はございません」
「そうでございますよ、殿下。そもそも、その娘がどの程度飛べるのか、ミレーヌ様は噂でしかご存じないのではありませんか? 噂とは大げさになるものです。実際は、ほんのわずか空中に浮くことができる程度かもしれません。その娘のことは、使者を立てて迎えに行かせればよいではありませんか」
マウロワ王国の王太子フェリックス・マウロワは、燃えるような真っ赤な髪に赤みの強い瞳。背の高い、端正な顔立ちの十九歳の青年だ。
そのフェリックスが朗らかな様子で渡航に反対する重鎮たちを説得している。
「私が国王になれば、それこそ地続きの隣国にさえ行けなくなる。その能力者の少女も見てみたいが、さっさと婚約者の元に行ってしまったミレーヌにも会いたいのだ。なに、すぐ帰る。この季節は嵐もないんだ。船の旅だからと言って、そう心配するな」
「いいえ、なりません! 最近の空賊の暴れぶりは目に余るものがございます。海賊ならば軍船をお供にもできましょうが、空賊となると飛翔能力者を護衛に雇わねばなりません。飛翔能力者たちは高額な料金を望み、わがまま放題。それでいていざというときに頼りになるかどうか、信用できませぬ」
フェリックスも飛翔能力者の扱いにくさを思い出して苦い顔になる。
「飛翔能力者たちは別の意味で手に負えないからな」
「あやつらが我が国の船だけを襲わないせいで、他国の人間たちは『空賊はマウロワ王国が雇っているのではないか』と言い始めているのです。そのような無礼な噂を払拭するためにも、そろそろ我が国も本腰を入れて、空賊を討伐せねばなりません」
「しかし、空賊が襲っているのは我が国の海域の外だな。場所によっては侵略だと騒ぐ国もあろう。東の海域に軍を出したら、グラスフィールド王国は騒ぐだろうか」
「まさか、そのようなことはございますまい」
重鎮の一人が苦笑する。
「あの国は物資の出入り以外は国を閉じ、鳥ごときを恐れて暮らしている国でございますよ。ミレーヌ様もなぜあのような国が気に入ったのやら」
「ジェイデンにひと目惚れしたのはミレーヌだ。仕方あるまい。ジェイデンに嫁がせてくれねば死ぬなどと父上を脅したのには呆れたが。ミレーヌが嫁ぐことによってあの国が敵国にならぬのなら、それでいい」
「ジェイデン王子が建国三百年記念祭を祝いに我が国を訪問したときには、まさかそれが縁結びの場になるとは思わず。陛下もさぞ驚かれたことでしょう」
フェリックスはいきなり「用は済んだ」とばかりに立ち上がった。
「そういうことだから、私はグラスフィールド王国に行く」
「殿下っ! 今までの話を聞いていらっしゃらなかったのですかっ!」
フェリックスは笑って聞き流し、会議室を後にした。





