50 手紙を通したのは誰か ・
国王ヴァランタンの執務室に宰相ルーベンと副宰相ローガンが呼び出された。
「この国に七百年ぶりに聖アンジェリーナの再来と思われる女性が誕生した。それを、よりによって『飛翔能力者の女性を手に入れたい』と放言している帝国の王太子に知らせる手紙がアイロワ王国に送られた。みすみす揉め事になるのはわかるのに。なぜこんなことが見逃されたのだ?」
答えられず、ルーベンもローガンも下を向く。
そこにノックの音。
「なんだ? 今は取り次ぐなと伝えたはずだ」
「大公閣下が面会をご希望です」
「エーリッヒが? なんの用だ?」
「アイリス・リトラーの件ですよ、兄上。お久しぶりでございます」
「エーリッヒ、来ていたのか」
エーリッヒ公爵がズイと国王の執務室に入ってくる。
「宰相と宰相補佐もいたのか。ちょうどいい。重要な情報を持っている者を連れて来た。ヴィクトル、入りなさい。兄上、この者は文官の検閲担当者です。この者がミレーヌ王女の手紙の内容を、上司に確認したそうです」
サラの父親ヴィクトル・ハットマンは国王の執務室という、一生縁がないと思っていた場所に連れてこられ、緊張している。しかも部屋には国王の他にも大公、宰相、宰相補佐という、重鎮中の重鎮が集まっているのを見て入り口でギョッとしている。
公爵がヴィクトルに話を促した。
「君の知っている事実のみを、憶測は抜きで説明してほしい」
「はい、公爵様。ミレーヌ王女殿下のお手紙をお預かりしたのは、渡りの前でございます。そこに気になる内容が書いてあったので、控えを書いた上で、上司に報告いたしました」
「内容を読み上げよ」
公爵に促されてヴィクトルが書き写した紙を手にして読み上げる。
「では。『お兄様、グラスフィールド王国に女性の飛翔能力者が誕生しました。十五歳で能力が開花したことと、飛翔能力の高さから『聖アンジェリーナ』の再来ではないかと噂されているそうです。お兄様はずっと女性の能力者をお探しでしたね。それを思い出し、取り急ぎお知らせいたします』以上でございます」
国王が興味深そうな顔でヴィクトルに尋ねる。
「君は毎回検閲の手紙を書き写しているのか?」
「いえっ。そんなことはございません。わたくしは特別な能力者と思われるアイリス嬢を、他国の王族に連れて行かれては大変なことになると思いました。それで手紙を書き写して保存しておいたのでございます」
「そうか」
国王がチリンとベルを鳴らすとすぐに従者がドアを開けて入ってきた。
「ヴィクトルの上司、チャーリー・アスカムを連れてくるように」
「かしこまりました」
連れてこられたチャーリー・アスカムは、突然床にひれ伏した。
「申し訳ございませんっ! 以前よりザッカリー様に『ミレーヌ王女の手紙で気になる内容の手紙があった場合、自分に報告するようにと言われておりました!」
「なるほど。金でも貰っていたか」
チャーリーはそれには答えず、床に額をこすり付けるようにして震えている。
宰相の合図でチャーリーは衛兵に連行され 『チャーリーに袖の下を握らせたザッカリーはどこにも姿がない』という報告が届いた。国王は宰相に命じた。
「すぐ、王空騎士団に連絡を入れよ」
空の高い位置で、若手の王空騎士団員が不満げな顔でケインに話しかけている。
「ケインさん、これ、俺たちの仕事ですかね?」
「そう言うな。陛下のご指令らしいぞ。ですよね? ギャズさん」
「ああ、俺は団長からそう聞いた。王都から逃げ出そうとしている馬車を見つけたら、片っ端から止めて確認だ」
「へええい。俺はどうせなら空賊相手に暴れまわる方がよかったなあ。ギャズさん、俺は船に同行したみんなが羨ましいです」
「俺に言うな。俺だって空賊相手のほうがよかったさ」
ケインたちはずっと馬車を探しているが、目当ての馬車はなかなか見つからない。
「見つからねえなあ」と言いながら皆が探索していると、とんでもない速さで飛んでくるフェザー乗りが一人。
「アイリスか?」
「あんな速さで飛んでくるのはアイリスだなあ」
「逃亡犯が捕まったのか?」
男たちの予想通り、大変な高速で飛んで来たのはアイリスだった。アイリスは(息ができてるのか?)と心配になるほどの高速で飛んできて、急減速を兼ねて空中でくるりと回転してから止まった。
マスクを外し、ゴーグルを額にずらしてアイリスが報告する。
「ザッカリーが見つかったそうです!」
「どこで?」
「王都の街中に隠れていたらしいです」
「なんだ。では帰るか。アイリス、連絡係ごくろうさん」
「どういたしまして」
王空騎士団の面々が引きあげながら無駄口を叩く。
「アイリスは便利だよなあ。彼女を使えばあっという間に伝言が伝わる」
「お前将来『俺はあのアイリスを伝言役で便利に使ってたんだよ』って、孫に話して自慢できる日がくるぞ」
「ああ、たしかにな」
ファイターたちは笑いながら王都に向かって飛んでいる。
アイリスは「他の皆さんにも知らせなければなりませんので、お先に失礼します」と言って再びとんでもない速さで飛び去って行った。





