49 サラの父からの情報 ・
王都は平穏を取り戻し、人々は太陽の下でのびのびと暮らしている。
学院の授業も再開された。
サイモンとアイリスは今日から学院に通い始めている。親から婚約話を聞いたらしい貴族の級友たちから、登院するなり、次々と婚約を祝う言葉がかけられた。
「サイモン、アイリス、婚約おめでとう」
「結婚はいつなの?」
「自分たちでは決められないことだから、わからないよ」
「そりゃそうか、侯爵家だものな。いろいろ都合があるんだろうね」
そんな会話をアイリスは曖昧な笑みを浮かべて聞いている。いまだに自分とサイモンが婚約できたことが信じられないでいる。
自分は判定試験の日、優雅に飛んでいるサイモンを見た瞬間からサイモンに憧れと好意を持っていた。けれど身分が違いすぎて心に蓋をしてきた。
(なのに、サイモンもあの日から私のことを思ってくれていたなんて、奇跡のようだわ)
嬉しいが、この先に待ち構えている『打倒王家』を思うと、幸せを素直に喜ぶ気持ちは半分ほど。
やがて、授業開始の鐘が鳴った。
歴史の授業があったが、教えてくれる人はルーラではなかった。
年配の男性が現れ、淡々と資料を読みながら話し続ける授業は退屈だった。生徒の半分以上は居眠りをしている。
授業が終わって教師が教室を出て行くと、生徒たちのため息が一斉に漏れた。
「ルーラ先生の授業は面白かったんだな。先生が変わってよくわかったよ」
「ルーラ先生、なんで急に学院を辞めちゃったんだろう」
「体調不良って聞いたけど」
「いや、噂では国の不興を買って辞めさせたらしいよ」
「なんでさ。どこがまずかったわけ?」
「さあ、僕にはわからないけど」
事情を知らない生徒たちが噂話をしている。サイモンとアイリスは黙って聞いている。その二人のところにサラがやって来た。
「父さんから聞いたわよ。おめでとうアイリス、おめでとうサイモン!」
「ありがとうサラ」
「あのね、父さんからとんでもない話を聞いたの。そのことであなたたちと話がしたいんだけど」
サラの父親は王城で働く文官だ。もしや王家に関わることだろうかと、アイリスとサイモンは顔を見合わせた。
「わかった。昼休みでいいかい? 場所は屋上に出る階段の一番上」
「階段の一番上ね? 午前の授業が終わったらそこに行くわ」
サラはアイリスたちに返事をして自分の席に戻った。
昼休みになり、サラとサイモンがまず小部屋に集まった。
「サイモン、学院にこんな場所があったのね。全然知らなかったわ」
「ここは誰も来ないんだ。聞かれたくない話をするにはぴったりなんだよ。アイリスはどうしたのかな」
二人が階段を見おろしていると、板を抱えたアイリスが駆け上がってきた。
「お待たせ! ここも誰かが階段を上って来たら困るから、屋根の上に出ない?」
「フェザーもないのに? まさかその板でかい?」
「ええ、そうよ」
アイリスはこの部屋に来る前に学院の用具小屋にひとっ走りして、修繕用の板を一枚借りてきたのだ。サイモンとサラと自分の体重を合わせても「いける」と判断して持ってきた。
「これに乗って屋根の上に行きましょう」
「僕も乗るんだろう? この板で大丈夫かな?」
「大丈夫よ。サラさえ嫌じゃなければだけど」
「嫌じゃないけど、生まれて初めて乗せてもらうのがフェザーじゃなくて板切れっていうのが残念だわ」
サラは本当に残念そうな表情だ。
三人で床に置いた板に乗る。前からサラ、アイリス、サイモンの順だ。屋根の上に出るドアを全開にして、三人を乗せた板切れはふわりと外に滑り出した。
「ひゃー! 飛んでる!」
「サラ、静かに!」
「ごめんっ!」
屋根の上に無事着地して、三人はアイリスを真ん中にして並んで座った。
「時間がないからさっそく話すわね。そして、この話を伝えるべき人に伝えてほしいの。父さんは下っ端文官だから、上司に逆らったら首になるのよ」
「わかったわ。なに?」
「父さんは手紙の検閲係なの。お城宛ての手紙や、お城から出される手紙の中身を検閲するわけよ。ある日、その手紙にとんでもないことが書いてあって、父さんは上司にそのことを報告したわけよ」
「何が書いてあったの?」
「文章はね『この国に女性の飛翔能力者が誕生しました。お兄様が探し求めていた女性かもしれません』だって」
「サラ、君のお父さんは『一大事』って言ったんだな?」
「ええ。ミレーヌ様のお兄様って言ったら。大国の王太子じゃないの。アイリスを欲しいって言われたら、この国が断れると思う? 相手は大陸を統べた覇者なのよ?」
やっとアイリスも事態の深刻さに愕然とした。
「つまり、サラのお父さんは私のことを大陸の王家に知らせることに反対の立場なのね?」
「当たり前よ! 父さんはこの国の言い伝えを信じてるもの。父さんはアイリスを聖アンジェリーナの再来だと思ってる。あ、私もね!」
「その手紙が出されたのはいつ?」
「渡りが始まる直前。手紙が戻されると思っていたら、そのまま送られたと知ったのが最近らしいわ。だから、大国に横取りされる前にサイモンと婚約したと聞いて、父さんはとても喜んでいたの。でも、そういう手紙が出されたことをアイリスたちに伝えたほうがいいって、今朝私に教えてくれたの」
「サラ、助かった。今後もその手の情報があったら僕たちに教えてくれるかい?」
サラは真剣な表情でゆっくりうなずいた。
「わかったわ。私、以前はあれを『ただの古い伝説』ぐらいにしか思っていなかったけど、アイリスが能力者になった今は信じてる。私はアイリスの味方よ。国が亡ぶなんて、冗談じゃないわ」
教室に戻り、午後の授業が終わるや否や、アイリスとサイモンは王空騎士団に急ぎ、すぐに団長ウィルに面談を求めた。
団長の部屋で、団長ウィル、副団長カミーユ、サイモン、アイリスの四人は手紙の話を共有した。
「助かったよ、サイモン。そうか、ジェイデン王子がアイリスを狙っているのではなく、マウロワ王国の王太子が女性の飛翔能力者を欲しがっていたのか。厄介だな」
「団長、とりあえず父上に報告してきます、父は大公とも親しいですし。さっそく行ってきます」
サイモンは陽が落ちるのを待ってフェザーで侯爵家に向かい、アイリスは護衛つきの馬車で自宅に戻る。馬車に揺られながらマウロワの王太子がどんな人物なのか不安に思う。
(女性の飛翔能力者を手に入れて、なにをどうしたいわけ! 私は巨大鳥から人々を守らなきゃならないし、白首の相手もしなきゃならないのに!)





