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47 慰労会

 慰労会の開始時間。王城の大ホールには、すでに大勢の人が詰めかけていた。

 参加者は主役の王空騎士団、主催者の王家一同、子爵以上の貴族たちだ。

 騎士団員たちは浮かれている。


「今回も淑女がたの美しいことと言ったら」

「眼福だ」

「癒される」

巨大鳥ダリオンと野郎ばかり見てきたあとに、これはありがたい」


 くつろいだ雰囲気の王空騎士団員たちが笑っている。今回は誰も命を落とさなかったので、皆の顔が明るい。

 五時を少し回ったところで、国王の侍従が声を張りあげた。


「国王陛下のご出座でございます」


 ホールのざわめきがスッと消え、全員の視線がホール右奥の大きなドアに向けられる。

 二枚の白く大きなドアがゆっくりと内側から開かれた。

 ヴァランタン国王、ハリエット王妃、ジェイデン第一王子のお三方が入ってきた。


 アイリスはジュール侯爵家夫人が見立てた薄い若草色のドレスを着て、騎士団長ウィルの後ろにいる。

 最初は「私は一番の新入りなので、いつも通り後ろの列に」と言ったのだが、ウィルにも副団長カミーユにも「パーティーなのに女性を最後列に並ばせている方が不自然だから」と言われて、前に並ばされた。


 金色の髪をハーフアップにして白い小花をあちこちに刺したアイリスは、野の花の妖精のように可憐だ。

 ベテランファイターが目をむくような高速でフェザーを飛ばし、たった一人で巨大鳥ダリオンの群れの中に突っ込んでいく勇者にはとても見えない。


 サイモンは訓練生なので王空騎士団の後ろに整列している。ほとんどの騎士団員とすべての訓練生は、サイモンとアイリスの婚約をまだ知らない。知るのはこれからだ。

 慰労会はヴァランタン国王の言葉から始まった。


「秋の渡りが無事に終わり、我がグラスフィールド王国に平和が訪れた。王空騎士団の活躍に感謝する。加えて、今年は七百年ぶりに女性の飛翔能力者が誕生した。飛翔能力者が減少しつつある我がグラスフィールド王国において、これは吉兆である」


 そこでヴァランタン国王はたっぷりと間を置いた。

 ほとんどの参加者は、王空団の中にいるアイリスを見たが、ウィル、カミーユ、サイモン、アイリス、ヒロ、ケインは申し合わせたかのように視線を国王からジェイデン王子へと移した。

 ジェイデンは表情を動かさず、国王を見ている。


「我が国の飛翔能力者が、今後は弥益いやますことを願おうではないか。では、今宵は皆に心行くまで楽しんでほしい」


 ヴァランタン国王がくるりと背中を向けて王族席へと向かうのに合わせて、楽団が静かに音楽を奏で始めた。ダンスの前に参加者が会話を楽しむ時間だ。

 ヒロとカミーユは壁際に移動して二人で並び、会場を眺めながら世間話でもしているような穏やかな表情でひそひそと話を始めた。


「副団長、陛下はアイリスのことをずいぶん持ち上げましたね」

「飛翔能力者が弥益すことを願うって、どういう意味でおっしゃったのだろうな」

「単純に、飛翔能力者がたくさん生まれるようにとおっしゃったのか、またはアイリスが能力のある子供を産むことを期待されているか、どっちでしょうね」

「前者であってほしいよ」


 そこで、ひときわ大きなざわめきが起きた。「ええ?」とか「ほう!」と驚く声に続いて、ジュール侯爵の大きな声が聞こえてくる。


「そうなんですよ。我が息子のサイモンがアイリスと婚約しまして」

「そうだったのですか」

「それはめでたい」

「ジュール侯爵家の繁栄は確実ですね」


 ジュール侯爵の脇で、アイリスとサイモンが笑顔で挨拶をしている。二人とも、笑顔がこわばっている。


「ぎこちない笑顔ですね、副団長」

「二人ともまだ十五歳だ。言ってやるな」

「あっ、王子が近寄りますよ」

「ヒロ、俺たちも近くに行くぞ」


 カミーユとヒロは、さりげなくアイリスたちに近づいた。ジェイデン王子も無表情にアイリスたちの集団に向かっている。


「ジュール侯爵、盛り上がっているな。どんな話題なのか、私にも教えてくれるか?」

「ジェイデン王子殿下、騒がしくしまして、申し訳ございません。我が息子サイモンが婚約したのでございます」

「ほう。その相手は?」

「こちらのアイリス・リトラーでございます」


 ジェイデン王子はわずかに固まったが、すぐに上品な笑顔を作る。


「婚約はいつ決まった?」

「昨夜でございます」

「そうか。めでたいな、ジュール侯爵」

「ありがとうございます」


 ジェイデンは唐突にくるりと背中を向けて大股に立ち去る。アイリスたちが見ている中、ジェイデンはミレーヌ王女の隣に立つと、穏やかな表情で会話を始めている。それを見ていたジュール侯爵が止めていた息を吐きだした。


「ふうぅぅ。冷や汗をかいたな」

「父上、大丈夫でしょうか」

「アイリスは侯爵家の息子と婚約したのだ。そうそう横槍を入れるわけにもいくまい。あとは、陛下がどう判断なさるか。伯爵以上の婚約は、陛下の承認が必要だ」


 陛下という言葉の重さに、その場の全員が黙り込む。楽団がダンス用の曲を奏で始めた。


「さあ、サイモン、アイリスと踊っておいで。このアイリスがお前の婚約者だと、ここにいる全ての貴族たちにお披露目してきなさい」

「そうですね。踊ろう、アイリス」

「ええ。でも、私、お母さんに教わっただけで、本当に踊るのは初めてなの。たぶん失敗すると思う」

「初めてのダンスなの? それは光栄だよ」


 二人が踊り始めると、自然と皆が見守る。この国に七百年ぶりに生まれた女性の飛翔能力者は、多くの貴族の注目の的だ。狙っていた令息も多かったのだが、ジュール侯爵家は四大侯爵家と呼ばれる歴史と財力を持つ家柄。我が息子の相手にアイリスを狙っていた貴族たちは(ジュール侯爵家か。これはもう諦めるしかない)と悔しがっている。

 渋い顔をしている貴族を見て、ジュール侯爵は(早く手を打っておいてよかった)と胸を撫でおろした。


 ジェイデン王子もミレーヌ王女とダンスを始めた。二人はやや険しい表情だ。


「ジェイデン様、どうでしたか」

「アイリスはジュール侯爵家の養子と婚約してしまったらしい」

「まあ。どうしましょう。わたくしが早まったばかりに、厄介なことになってしまいそうですわ」

「君のせいではない。ミレーヌは我が国のことを思って動いてくれたのだ。まさか、こんなに早くアイリスが侯爵家に抱え込まれるとはな。後手を踏んだ私の責任だ」


 王子とその婚約者に配慮して、貴族たちは距離を置いて踊っている。二人の会話が聞かれることはない。


「『女性の飛翔能力者がいれば絶対に手に入れたい』と、兄は常々申しておりました。兄とこの国の能力者が結ばれれば、両国の結びつきも深まると思ったのですが……」

「ああ、そんなにしょげるな。ミレーヌは良かれと思って知らせたのだから」

「殿下、お優しいのですね」

「大切なミレーヌ。君にはいつだって優しくするつもりだよ」


 ここで心底困っているのは国王のヴァランタンだ。今朝のうちにアイリス・リトラーの婚約の書類が届いていたが、あえてジェイデンには知らせなかった。


 なぜなら二日前、国王ヴァランタンはジェイデンから『渡りが始まる前に、ミレーヌが母国の兄にアイリスのことを手紙で知らせた』と聞いて大いに慌てた。ミレーヌの兄とは大陸の覇者、マウロワ王国の王太子だ。


「大国の王太子にそんなことを知らせてしまうとは、なんと軽率な。『アイリスをマウロワ王国に欲しい』と要求されたら、我が国はどれほど困難な立場に置かれることか。アイリスは『特別な能力者』かもしれないのに」


 そうジェイデンをしかりつけたが、ジェイデンはミレーヌをかばった。

「あの言い伝えが本当かどうかは不確かな話です。しかし、我が国とマウロワ王国との繋がりが強固になれば、我が国は『確実に』利益を手にできるではありませんか」

 そうやり取りした二日後にアイリスの婚約である。


「ミレーヌはなんという余計なことをしてくれたのか。しかもジェイデンはミレーヌの影響で巨大鳥ダリオン討伐に傾いている。どう舵取りをしてこの難局を乗り切るべきか」


 ヴァランタン国王はあの言い伝えを信じている。我が息子といえども、巨大鳥ダリオン討伐を推し進めようとするならば、ジェイデンを軟禁してでも阻止したい。


 だが、ミレーヌ王女はジェイデンを深く愛している。ジェイデンを閉じ込めたりすれば、マウロワ王家の怒りを買うだろう。マウロワの王太子および国王夫妻はミレーヌを溺愛していたと聞く。だから婚姻前に娘の要求を聞き入れて、彼女をこの国に送り届けたのだ。


 国にとって大いに有益な花嫁と思っていたミレーヌが、ここへきて国の命運に思いがけないほどの影響を与えている。

 すでに侍従に命じて「なぜミレーヌの手紙の報告がなかったのか」と調査をさせているが、ヴァランタン国王は今、胃の腑にギリギリと締め付けられるような痛みを感じている。


事態は討伐反対派が想像しているよりも、ずっと複雑で厄介だった。



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書籍『王空騎士団と救国の少女1・2巻』
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