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王空騎士団と救国の少女~世界最速の飛翔能力者アイリス~【書籍化・コミカライズ】  作者: 守雨
第二章 王国の秘密

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45 最後の群れの旅立ち

 侯爵家からアイリスの家まで、フェザーで飛べばすぐだ。

 アイリスとサイモンは上空から周囲を入念に見回し、人がいないのを確認してから地面に下りた。二人で玄関前に立って、互いに言葉を探して沈黙してしまう。


「サイモン、送ってくれてありがとう」

「これから頑張ろう。二人だけで頑張るんじゃない。王空騎士団のみんなと一緒に頑張ろう。少なくともジュール侯爵家のことは心配いらない。僕がいるし、侯爵様も応援してくださっている」

「うん。わかったわ」


 サイモンが大切な宝物に触れるように、優しくアイリスを抱きしめた。


巨大鳥ダリオンももうすぐいなくなる。全てはそれからだ。おやすみ、アイリス」

「おやすみなさい、サイモン」


 分厚いドアを開けてアイリスが家に入るのを見届けてから、サイモンは夜空に向かって上昇する。

 アイリスはドア脇の小窓からそれを確認して、居間に向かった。居間では両親と姉のルビーが待っていた。


「ただいま帰りました。さっき、ジュール侯爵家に行って『婚約の誓い』にサインをしてきたの。お父さんたちを呼べないこと、申し訳ないって侯爵様がおっしゃっていました。巨大鳥ダリオンがいなくなったら慰労会があるんだけど、その時に婚約発表をすることが決まって、急いでいたの」

「そうか……。婚約おめでとう、アイリス」


 父のハリーが悲しさを隠すような不自然な笑顔で祝いの言葉をくれて、母と姉は元気なく「おめでとう」と言う。

(みんな、まるで悲しい知らせを聞いたみたいな顔をしている)と胸が痛むが、(今の状況じゃ仕方ない)とも思う。母は夕食を温め始め、運ばれた夕食をアイリスは黙々と食べた。

 団長室で聞いた話は家族にも言えない。零細な商会ながらも他国と貿易をしている父は空賊のことを知っているのか聞いてみたかったが、情報を漏らせば家族もろとも処刑されてしまうだろうと思うと恐ろしくて言えない。


(打倒王家に失敗したら、私だけが処刑されるわけじゃない。父さんも母さんも姉さんも殺されてしまうだろう)

 自分の意思とは関係なく大きな波に飲み込まれている。その夜アイリスはなかなか眠れなかった。


 翌日、巨大鳥ダリオンたちの群れが二つ同時に空を旋回し始めた。

 昨日よりも空は暗く、「ギイィィィ」「ギャアアア」という鳴き声にアイリスは圧倒される。

 今日も巨大鳥ダリオンたちは家畜を食べず、上空を十周ほど回ってから南へと去って行ったが、白首はその群れのはずなのに、旅立たなかった。

 白首は旋回している群れから降下して家畜をつかみ上げ、ダリオンの森に去って行った。


「どういうことだ。あいつは他の群れと一緒に帰るのか? それともあいつは最後の群れだったのか?」

「まさかこのまま居座るなんてことはないだろうな」


 騎士団員たちはあちこちでひそひそと言葉を交わし、皆が最後にアイリスを見る。

(私? 私のせいだって思われているの? さすがにこれは私のせいじゃないから!)


「おいおいお前ら、アイリスのせいみたいな顔をするな」

「ですけどヒロさん、伝説が本当なら白首はアイリスから離れないつもりかもしれないですよ」

「だとしてもアイリスには何の責任もない」

「あの、私にできることは、全力で務めますので」

「いいんだ。そう気負うな。アイリスはとにかく自分の命を守れ。白首は最後の群れなんだろうよ。アイリスはいずれきっと、アイリスでなければ果たせない役目がくる」


 ヒロのおかげで、その場はそれで収まった。

 ところが翌日、白首がアイリスに執着していることを証明してしまうような出来事が起きた。


 次の日の朝、白首は最後の群れに混じって上空を旋回していた。

 遠くのものを見分けられるよう訓練されているファイターたちにとって、旋回している中から白首を見分けることはたやすい。


「今日は一緒に飛んで行けよ」

「引き返すなよ」

「お前に居座られたら、俺たちも国民もとんでもなく困る」


 その声が聞こえたかのように、白首が降下し始めた。降下の角度から白首の行き先をアイリスが予想する。白首が目指している地点はだいぶ先だ。


「行くぞ!」

「はい!」


 ベテランの囮役デコイが三名、ファイター二十名ほどがフェザーで発進する。アイリスも飛び出した。

 これといった打ち合わせがなかったにも関わらず、ファイターたちはきれいに散らばって、白首を取り囲みながら一定の距離で飛ぶ。アイリスは白首の斜め後ろにつけて様子を見た。


 突然、白首が体をひるがえし、白首の右斜め前を飛んでいた囮役デコイに向かった。中堅の囮役デコイは加速しながら宙返りをして避けようとしたが、翼で弾き飛ばされてしまった。囮役デコイとフェザーが落下してゆく。

 低い位置を飛んでいたマザーが、すかさずファイターの落下地点に向かう。


 アイリスは(マザーは間に合う)と判断して白首に視線を戻すと、白首は再び体を翻した。今度は左前方にいた囮役デコイを狙っている。アイリスは全力で飛び出した。


「突っ込め! 迷うな!」


 声はカミーユだ。カミーユに返事をする余裕もなく、アイリスはフェザーに伏せて全力で飛ぶ。

(一秒でも早く白首の前に!)

 気がついたら息を止めていた。

『息を止めて飛んでいると、肝心なときに反応が遅れるぞ』と、森での訓練時にヒロに何度も注意されたのを思い出した。急いで息を吸い、吐く。


 はぁぁはぁぁと息をしながら白首とファイターの間に割り込んだ。自分の左手には先輩ファイター。すぐ右には白首。一瞬、白首の左目とアイリスの視線がぶつかった。アイリスは急加速して白首の前に出た。


「ギエエエエエッ!」


 すぐ近くで聞く白首の声は大きく、声と言うより音で殴られたかのような衝撃が来る。ふらつきそうになるのを「くうっっ!」と呻きながら奥歯を噛みしめて耐える。一瞬速度が落ちただけで、白首に追い抜かれた。


「もう一度!」


 アイリスは再び白首のすぐ前へ出るために急加速して、白首の顔の前に飛び出した。


「白首! 私を追いかけなさいっ!」


 言葉など通じないのは承知の上だ。それでも叫ばずにいられない。

 今、ここで自分が白首の妨害をしなかったら、囮役デコイやファイターが次々と叩き落される気がした。


「来いっ! こっちよ! 私はここ! 追いかけて来なさい!」


 アイリスは白首の前方を飛びながら叫び続ける。そのたびに白首は「ギャアアア!」「ギイイイィィ」「キイエエエエエ」と鳴き返す。

 王都前広場からはすでにかなり遠い。

 しかしまだ戻れない。自分がここで引き返したら、白首も一緒に戻ってしまうのではないか。そう思うと下降することも心配でできない。


(とにかく巨大鳥ダリオンたちの群れに白首を戻さなきゃ)

 ゆるい角度で上空に向かいながら、前方にいるはずの巨大鳥ダリオンたちの群れを探した。


(いた!)


 はるか遠く、高い位置に、黒く見える集団が南に向かって飛んでいる。

 上空の気流に乗っているのか、かなりの高速で飛んでいるのがわかる。


(急がなくちゃ。白首が群れからはぐれる。ここで王都に戻られたら大変だわ)


 アイリスは背後の白首を何度も確認しながら斜め上に向かって飛び続けた。白首から離れすぎないように、神経を使って飛び続ける。

 少しずつ群れに近づいているが、それはそれで群れの巨大鳥ダリオンに自分が襲われないか不安になった。

(群れに近づいたら襲われるかしら。たしか、オリバーがそれをなにか言っていたことがあったわよね。ええと……そうだ!)


『渡り鳥はね、アイリス。飛んでいる間中、何も食べない種類がほとんどだ。何百キロも何も食べずに飛び続けてられるのは、自分の体を消費しながら飛ぶからだと思う。海岸に打ち上げられた渡り鳥の死骸を解剖すると、胃袋はたいてい空っぽなんだ』

(そうだった。オリバーはそう言っていた)


「襲われないなら、こうすればいい」


 アイリスは白首を引き連れた状態で群れの中に突っ込んだ。

 群れに飛び込んだ状態のまま、群れと一緒に南に進む。巨大鳥ダリオンはかなりの高速で飛んでいるが、気流に乗っているせいか、羽ばたく回数が少ない。

 周囲の巨大鳥ダリオンはアイリスをチラリと見る程度。さほどアイリスを気にする様子もなく、飛び続けている。


 眼下には青い海が広がっている。アイリスが初めて見る海だ。だがその景色を楽しむ余裕はない。

 白首もアイリスを追いかけて群れに合流した。


(よし。でも私が離脱するのはまだ。まだ早いはず。もう少し我慢!)


 白首の合流から三十分ほど過ぎた。

(もういいだろうか)と判断して、アイリスはフェザーが身体から離れないように端を手でつかみ、飛翔力を意識して止めた。


 フェザーとアイリスは、スーッと海に向かって落ちていく。

 落ちながら空を見上げると、白首はこちらを見ている。一瞬アイリスに向かって体を翻しそうな気配を見せた。すると近くの成鳥が「ギャアアアッ」という鳴き声を出した。まるで白首に注意しているようだった。

 白首はその声を聞くと瞬時に体勢を戻し、そのまま南を向いて飛び続けた。


「よかった」


 気を抜いた直後に海面に衝突しそうになった。バシャッ! と海面にぶつかるのと同時にフェザーに意識を集中した。

 立て直したフェザーに乗り、海面すれすれを飛んで王都を目指して全力で飛ぶ。


「海、いつかゆっくり来てみたいなあ。そのときはサイモンと!」


 つぶやくアイリスの顔は、己の役目を果たした喜びで輝いている。



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書籍『王空騎士団と救国の少女1・2巻』
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