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43 旅立ちの儀式ともうひとつの敵

 十月に入って数日が過ぎたある日、巨大鳥ダリオンたちの三分の一ほどが飛び去る準備を始めた。

 まだ三分の一なのに、二百羽以上の巨大な鳥が上空で舞っている様子は圧巻だ。王空騎士団以外の人間は日中外に出ないのが普通だから、アイリスは初めて見た。


「うわぁ。空が薄暗くなるほどたくさんいる」


 見上げながら思わず声に出してしまった。

 今、家畜を食べている巨大鳥ダリオンはいない。団員たちは広場の端に集まって旅立ちの儀式を見守っている。


 巨大鳥ダリオンたちは、エンドランドで卵を産み、ひなを育て、この国を経由して、本来の生息地である巨大鳥ダリオン島に帰っていく。『秋の渡りの終わり』の始まりだ。

 上空で巨大な円を描きながら回旋していた巨大鳥ダリオンの集団から一羽がスッと抜け出して南を目指し、回旋していた他の個体が次々にそれに続く。

 次第に円陣がまばらになっていき、最後の数羽が最後尾を守るように加わって南へと飛び去って行った。鴨のように矢印になることはなく、密度の低い大きな集団となって飛んでいく。


「よし。第一陣はこれで完了だな。明日か明後日には他の群れも旅立つだろう」


 ウィル団長の声を聞いて、ガヤガヤとファイターたちがしゃべりだした。皆の顔には安堵の色が浮かんでいる。



「アイリス、渡りの儀式を見るのは初めてか?」

「副団長。はい。初めてです。すごい迫力で圧倒されました」

「俺も初めて見たときは、感動して震えたよ」


 カミーユは落ち着いた温厚な人で、普段は口数も多くない。こんなふうに仕事中に話しかけてくることは珍しかった。カミーユが話しかけてきたのをきっかけに、何人かのファイターがアイリスに話しかけてきた。


「アイリスは活躍したな。飛び級で団員になったとは思えないほど、いい動きだった」

「初日から上手く誘導できていた。俺は驚いたよ」

「残りの群れももうすぐいなくなる。最後まで気を抜くなよ」


 最後にヒロが声をかけてきた。


「白首は今の群れにはいなかったな」

「いませんでしたね、白首は後発の群れなんですね」

「白首が旅立つまでは気を抜けないな。あれは若いのに他とは確かに違う」

「私もそう思いました。気を引き締めて見張ります」

「アイリス、何があっても何を後回しにしてもいい。とにかく命を大切にしろよ」

「はい」


 日が落ちるまで次の旅立ちはなく、その日は王空騎士団の皆が笑顔で騎士団宿舎に帰った。アイリスが(着替えて帰ろう)としたとき。ウィルが近寄り、小声で話しかけてきた。


「アイリス、ちょっといいか。話がある」

「はい、団長」


 ウィルに促されて団長室に入ると、そこには見知らぬ老人が座っていた。見るからに貴族だ。

 軽く目礼してどうしたものかと戸惑っていると、後ろからカミーユとギャズが入ってきた。続いてサイモンも。

 サイモンがなぜここに? と驚くアイリスに、サイモンは視線を合わせて小さくうなずくだけ。


「全員着席してくれ。アイリス、こちらはジュール侯爵様だ」

「はじめまして。アイリス・リトラーです」

「うむ。あとでゆっくり話をさせてくれ」


 ウィルが話を始めた。


「すぐ本題に入る。裏から手を回して仕入れた情報では、王家はやはり巨大鳥ダリオン討伐の方向に動くらしい。実行は次の春。雛が増えるのを未然に防ぎたいという思惑だろう」

「団長、それは軍も同意しているのかね」

巨大鳥ダリオンの数を考えれば、すでに軍の上層部の同意は得ているはずです」


 静まり返る室内。

 アイリスは(討伐? ルーラ先生は前回の討伐隊は軍も騎士団も壊滅って言ってたわよね?)と驚いた。

 ウィルが話を続ける。


「そして王家はアイリスを討伐隊から外すだろう。アイリスになにかあっては困るだろうからな。ジェイデン王子がアイリスに興味を持っているという情報も入っている」

「そんな」


 思わず声を出したアイリスを皆が見る。ウィルがアイリスに視線を向けた。


「アイリス、君の本音を聞きたい。君はどうしたい? 我々に忖度せず、正直な気持ちを聞かせてほしい。それによって我々の計画は変わる」

「私は……子を産むためだけに望まれるのであれば、絶対に嫌です。いえ、違います。王家に入ること自体、嫌です。私は囮役デコイを務めたいです」

「そうか。それを聞いて安心した。それでは今から我々の計画を説明しよう。もちろん口外は無用だ」


 ウィルはドアのところまで行き、ドアの外に声をかけた。


「ケイン、絶対に誰も近づけるな」

「了解です」


 再び席に戻り、ウィルが計画の詳細を説明し始めた。


「次の渡りまであと半年。あまり時間はない。王家が『巨大鳥ダリオン討伐計画』を公にした日に、軍部の討伐反対派と我々王空騎士団は手を結び、反旗を翻す。協力者は多岐に及ぶ。大きな商家、数十人に及ぶ貴族、多くの平民。全員が『巨大鳥ダリオンを殺すな。巨大鳥ダリオンが絶えればこの国が滅ぶ』という言い伝えを信じている。ここまでで質問のある者は?」


 ヒロが手を挙げた。


「どこかから情報が洩れることはありませんか?」

「我々以外でこの計画を知っているのは、平民と下級貴族の次男以下の者のみだ。つまり討伐隊員として自分が死地に赴くことになる者ばかり。漏らす者はいないと思いたいが、相手側と取引に応じる者が全くいないとは言い切れないな」

「わかりました」

「現在軍の中で密かに討伐反対派が動いている最中だ」

「もうひとつ質問させてください。王空騎士団はともかくとして、養成所の訓練生たちはどうしますか。秘密にしますか」

「その件だが……」


 ウィルがチラリとカミーユを見た。カミーユが口を開いた。


「現在、不穏な動きをしている訓練生が一名いる。マリオだ。マリオの行動は監視させている。マリオがこの計画を知れば、あちら側に情報を漏らす可能性がある」

「それは……私を嫌っているからですね」


 ヒロが首を振ってアイリスの言葉を訂正する。


「嫌っているというより、逆恨みしているんだな。アイリスを恨むことで自分の苛立ちを正当化しようとしているのさ。これはもう、昔から繰り返されていることだ」


 それでも、アイリスの気持ちは複雑だ。それを察したすぐにヒロが慰める。


「逆恨みされるのはアイリスだけじゃないし、問題はアイリスにあるんじゃない。逆恨みする側にある。アイリスは胸を張れ。顔を上げていろ」

「……はい」


 再びウィルが話を進めた。


巨大鳥ダリオンが全て旅立った日の翌日、王家主催で慰労会が開かれる。招待されるのは王空騎士団の関係者、養成所の訓練生、主な貴族だ。慰労会当日までに、ジェイデン王子側からアイリスに声がかかる可能性がある。ここから先の話はジュール侯爵にお願いします」

「では私から話をさせてもらうよ、アイリス」

「はい。お願いします」

「サイモンから話は聞いた。私はサイモンとアイリスの婚約に賛成しよう。今夜はそれを君に伝えに来た。それだけではない。大公閣下も応援してくれることになっている」


(大公閣下の名前がなぜここで出るの?)

 アイリスが戸惑っているのを見て、侯爵が優しい表情で説明する。


「大公閣下も巨大鳥ダリオンを殺すなという言い伝えを信じていらっしゃるのと……君には少々気が重い話だろうが、アガタ公爵令嬢とサイモンの婚約が家同士の間で内定していたからだ。閣下のご理解とご賛同なしに、アイリスとの婚約話は進められないから、私からご相談申し上げた」


 アイリスは(やっぱり、サイモンには婚約者候補がいたのね)と思うと同時に、こうしてアイリスとサイモンの婚約を後押ししてくれる大人たちの思いが少し不思議でもある。ここで侯爵が言葉を繋ぐ。


「大公閣下が幸せを願っているのはアガタ様のことだけではない。この国の若者や子供たちが幸せに生き、子をなせる未来を守るためには、飛翔能力者がごっそり死ぬような事態は防がねばならないのだ。それに、王空騎士団は巨大鳥ダリオンだけから我々を守っているわけではない」

「えっ? 巨大鳥ダリオンの他にもなにかいるのですか?」


 ウィルがその問いに答えた。


「いる。空賊だ」


 アイリスとサイモンは顔を見合わせる。『空賊』という言葉を初めて聞いたからだ。そこから再びウィルが話を続ける。


巨大鳥ダリオン対策だけが国民には知られているが、王空騎士団には空賊から船と乗組員を守るというもうひとつの役目がある。空賊はどこからかやって来て船を襲い、金目の物だけを奪って逃げる。その存在は公にされていない。なぜなら『国に管理されない飛翔能力者』という生き方を、国民に知らせないためだ」


(空賊の存在を長年国民に隠しきれているのはなぜ?)

 アイリスは十五の年齢まで『空賊』という言葉さえ知らないできたことを怪訝に思う。そんなアイリスにウィルがかみ砕いて説明する。


「そんな自由な生き方があると知れば、貴重な能力者が他国に流出するのは目に見えている。他国に巨大鳥ダリオンはいないが、この国には巨大鳥ダリオンが年に二回も飛んでくる。国として飛翔能力者は何が何でも手放すわけにはいかない、と判断した結果だよ。我々王空騎士団員は、その存在を知っても逃げ出す者はほとんどいないがね」


 初めて聞く話に、アイリスとサイモンは言葉もない。ウィルの話は続く。


「私も空賊の存在を知ったのは、騎士団に入団してからだ。そのときやっと、なぜ自分たちが武器を使った対人戦を叩き込まれたのか理解した。私に限らず、養成所の訓練生たちは、なぜ空中における対人戦を学ばされるのか、疑問を持つ。まあ、当然だ。先輩たちに質問する者もいたが、答えはいつも『時期が来ればわかる』だった」


 サイモンがウィルに尋ねる。


「団長、そんな大きな秘密を、いったいどうやって隠し続けてこられたんですか?」

「我が王国の船乗りたちは空賊に関して厳しく口止めされている。口外すれば家族ごと処刑される。それほど国は空賊の存在を隠したがっている。空賊の存在を知られることは、王空騎士団の崩壊につながるからだ」

 



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書籍『王空騎士団と救国の少女1・2巻』
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