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42 大公と侯爵の密談

「大公閣下、まことに勝手な申し出にもかかわらず、こうしてお時間をいただき、感謝しております」

「侯爵の頼みなら時間ぐらい都合をつける。それにしても、陛下は王子の行動をご存じなのかね」

「ジェイデン王子が独断で動くとも思えませんが」

「だが、兄上が討伐などと言ったことは、今まで一度もないぞ?」


 エーリッヒ・グラスフィールド公爵は、国王の弟だ。

 王国の民からは『大公様』と呼ばれ、穏やかな人柄と国民に寄り添う行動を評価され、国民からの人気が高い。そして国王である兄との仲が良い。なので最近のジェイデン王子の行動には驚いているところだ。

 

 大公は、五女アガタとサイモン・ジュールを近いうちに婚約させようと考えていた。だが昨夜遅くにジュール侯爵から「サイモンの婚約は待ってほしい」と連絡が来た。

 格下の侯爵がそんな申し込みをするのはよほどの理由だろうと判断した公爵は、すぐに侯爵を呼び出した。そして今、ジェイデン王子の行動を知ったところだ。


「そうか。ジェイデンがアイリスを見に行ったか」

「伝え聞くところによると、ジェイデン王子は城の中から巨大鳥ダリオンを挑発し、王城の窓が破られたそうですね」

「そうらしい。私もその報告を受け取ったばかりだよ。兄上はジェイデンの育て方を間違えたのだな。それにしても、侯爵よ。『白首』はやはり特別なのだろうか」


 侯爵が小さくうなずいた。


「王空騎士団にはサイモンとは別に、少々伝手がありますので情報は入っております。やはり他の巨大鳥ダリオンとは行動が違うようです。まだ若鳥なので、断言はできませんが」

「特別な巨大鳥ダリオン、特別な女性能力者。まさに言い伝えの通りではないか。なのに王家はなぜ、『巨大鳥ダリオンを殺せばこの国が亡ぶ』という言い伝えのほうも真実だと思わないのか。ジェイデン王子が討伐を口にするようになってから、巨大鳥ダリオン討伐派が勢いづいておる」

「討伐を唱えるのは、自分は家の中から眺めている連中ばかりですからね。いざ討伐となれば、巨大鳥ダリオンの前に出るのは若い軍人と王空騎士団。若者の無駄死にをなんとしても避けなければ」

「全くだ。家畜を差し出して人の命を守れるなら、そうしていればいいものを」


 そこで公爵はテーブルの上のペーパーウエイトを眺めながら、しばし考え込む。ペーパーウエイトは透明な水晶でできていて、翼をたたんだ巨大鳥ダリオンの形だ。

 公爵が顔を上げた。


「よかろう。まずはジェイデンが本気でアイリスを囲い込もうとしているか、調べさせよう。確認でき次第、アガタとサイモンの婚約内定は、白紙に戻そう。その上でサイモンとアイリス・リトラーの婚約に賛同するよ。私が賛成を表明すれば、陛下も露骨な妨害はできまい。アガタは可哀想だが、この国の未来を守るためだ。我慢してもらおう。しかし慰労会まで時間がないな。調べを急がせよう」

「ご理解感謝いたします」


 そこでドアがノックされる音。「入れ」と公爵が声をかけ、入ってきたのは五女アガタである。


「ジュール侯爵様、お久しぶりでございます。いらっしゃっていると聞いて、ご挨拶だけでもと参りましたの」

「これはアガタ様、お久しぶりでございます。どんどんお美しくなられますね」


 アガタは「ん?」と言う顔をした。いつもならその言葉の後に「サイモンは幸せ者ですね」という嬉しい言葉が続くところだからだ。だが今日はその言葉がない。

 チラリとジュール侯爵が大公に視線を送る。大公は咳払いをしてからアガタに「ここに座りなさい」と声をかけた。


「失礼いたします。なにか私にお話がございますの?」

「アガタよ。お前には申し訳ないが、サイモンとの婚約の話は白紙に戻すことになりそうだ」

「……」

「お前にはもっと安全で平穏に暮らす貴族を見つけてやろう」


 驚きのあまり、アガタはしばし絶句している。


「それは……お父様、白紙に戻す理由をお聞かせ願えますか」

「事情は複雑なのだ。ジェイデン王子が聖アンジェリーナの再来と言われている少女に興味を持ったらしい」

「ジェイデン殿下はご婚約なさっていらっしゃるのに、ですか?」

「そうだ。七百年ぶりに誕生した女性能力者を囲い込んで、将来の王たる自分に権威付けをしたいのやもしれぬ。さらに、上手くいけば能力のある子を手に入れたいのではないかと思う」

「そんな。それでは婚約者のミレーヌ王女殿下がお気の毒すぎますわ」

「王子が動いたことで、サイモンがジュール侯爵に『婚約したい女性がいる』と願い出たそうだ。相手というのが、その『聖女の再来』と言われているアイリス・リトラーなのだよ」


 言われたことを理解して、アガタの顔から表情が抜け落ちた。


「婚約の内定が白紙ということは、お父様はサイモンの申し出を了承なさるのですね?」

「そのつもりだ。この国を守るために聖女は誕生した。王家の見栄や権力のために生まれたわけではない」

「ジェイデン王子と結ばれても、その娘の能力が消えるわけではありませんのに。なぜ私の婚約がそれで立ち消えるのでしょう。サイモンとの婚約は方便なのでしょう? サイモンはそんな婚約は望んでいないのでは?」


 公爵が痛ましい者を見るような表情で説明をする。


「アガタや。考えてごらん。聖女を抱え込んだ王家が、その聖女を巨大鳥ダリオンの前に出すと思うかい?」

「それは……外にも出さずに大切に守るでしょうね」

「その通りだ。だから父は、その聖女とサイモンの婚約を急ごうと思っている。聖女には必ず役目があるはずだ。聖女には王空騎士団に在籍し、その役目を果たしてもらわねばならん。そしてこの婚約は方便ではない。サイモンの希望だ」


 父親を見つめていたアガタが立ち上がり、ハンカチで口元を押さえる。潤んだ瞳で父親に頭を下げる。


「気分がすぐれませんので、失礼いたします。申し訳ございません」


 アガタが小走りに部屋を出て行き、しばし室内はシン、とする。

 侯爵は出されたお茶のカップを見て無言。公爵は深いため息をついて、再びペーパーウエイトを見ていたが、重い口を開いた。


「アガタには可哀想なことになったが、大事の前の小事。この国が亡びるようなことがあれば、アガタとて無事には済まないのだ。私はまず、陛下のお考えを確認しよう。また会おう、侯爵」


 話は終わり、と判断して侯爵が立ち上がった。


「なあ、ジュール侯爵。巨大鳥ダリオンを殺せば、どんな道筋でこの国が亡ぶのだろうな」

「それは……私には想像もつきませんが、七百年ぶりに誕生した聖女が明らかにしてくれるような気がしてなりません」


 翌日、養成所にいるサイモンは侯爵からの呼び出しを受けた。


『話がある。夜、屋敷まで来るように  父』

 

 昨夜申し出たアイリスとの婚約を、侯爵と公爵は賛成するか反対するか。

 反対と言われたら次の手を考えねばならない。だがその次の手をどうすればいいのか。広い国ではあるが、グラスフィールド王国は島国。逃げ出したところで隠れおおせそうにない。

 なによりも、あんなに家族の仲がいい家だ。アイリスは家族との縁を絶つことは望まないだろうと思う。


「王家からアイリスを守るにはどうしたらいいのか」


 まだ十五歳のサイモンは己の力のなさに歯ぎしりしているが、追い風はあちこちで吹き始めていた。

 討伐反対派は大公とジュール侯爵家だけではない。

 その二つの貴族家とは別の討伐反対派のリーダーがいる。王空騎士団副団長カミーユの父、エンデン・ガルソン伯爵だ。

 カミーユは実家で、父にことの次第を説明し、父のエンデン・ガルソンは激怒していた。


「王子はお前たちがなんのために巨大鳥ダリオンの前で飛んでいると思っているのか。討伐派は王空騎士団抜きで討伐してみればいい。さぞかし素晴らしい成果を出すことだろうよ」

「父上。声を小さくしてください。誰かに聞かれては困ります」

「わかっておる。カミーユ、王家は討伐するとなれば、必ずお前たちを頼るだろう。そうなれば、最初に食われるのは王空騎士団ではないか」


 ガルソン伯爵は握り拳を机に叩きつけた。


「たった六十年だ。たった六十年前に討伐隊は全滅したんだぞ? 今では男子の一万人に一人と言われる貴重な飛翔能力者を百人近くも失ったのだ。王空騎士団は巨大鳥ダリオンだけを相手にしているわけではないのだ。家畜を差し出して済むならそれでいいではないか」


 父の言葉を聞いてカミーユがうなずいた。


「その通りです。巨大鳥ダリオンを討伐しろ、『あいつら』とも戦え。この二つの命令は同時には成立しないのですがね。巨大鳥ダリオンを討伐しようとすれば、我々は壊滅的な被害を受ける可能性が高いのに」


 そこでもうひとつの声が会話に加わった。


「聖女を囲い込み、巨大鳥ダリオン討伐を唱えるような王家なら、いっそ倒してしまえばいいのです」

「ルーラ、気持ちはわかるが、それは今ではない。聖女は誕生したばかりではないか」

「そうでしたわね、伯爵様。やっと聖女が誕生したのです。焦って失敗するわけにはいきませんわね」


 学院の教員、ルーラが同意した。


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書籍『王空騎士団と救国の少女1・2巻』
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