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41 白首 城を襲う

 サイモンが意を決してアイリスへの恋心を養父に打ち明けたことも、ジュール侯爵がジェイデン王子の計画を潰すために大公と連絡を取り合っていることも知らず、アイリスはいつも通りに家を出て王空騎士団に向かっている。


 今朝も太陽が顔を出す前に、王空騎士団は出動した。

 アイリスの所属している第三小隊は、広場を四分割した北東部分を担当している。ヒロのいる第一小隊は北西部分。その第一小隊の担当する場所の上空に白首が来ていた。


(私と白首は運命的な関係みたいに言われているけど、それほど私に執着しているわけじゃないのね)


 ホッとするような、肩透かしをくらったような気分で、アイリスは自分の担当する巨大鳥ダリオンの集団を見下ろしている。よそ見は厳禁だ。

 突然、他の区画で騒ぎが起きた。

 あの白首が集団から抜け出し、広場の北側に位置する王城を目指して飛んで行った。


「アイリス! よそ見をするな! 自分の仕事をこなせ!」

「はい! 申し訳ありません!」


 第三小隊のファイターに叱られ、すかさず大きな声で返事をする。アイリスたちが監視している巨大鳥ダリオンたちは、順調に家畜をつかんでは帰って行く。

(白首は、なぜ家畜よりも城に興味を持ったのかしら)


 ヒロのいる第一小隊のファイターたちが持ち場を離れて城に向かっている。その数は十名。第一小隊のほぼ半分だ。一羽の巨大鳥ダリオンに対する動きとしては通常ならあり得ないが、行先がお城だからかと思った。


 ファイターが少なくなった場所をカバーするために、すかさず他の小隊のファイターが上空で位置を変える。

(お城は頑丈だから大丈夫よね?)

 そう思ったとき、アイリスの下で旋回していた成鳥の巨大鳥ダリオンが一羽、民家の密集している方面に向かおうとしているのに気付いた。


 すぐにその成鳥の前方を目指してファイターたちが下降する。

 ファイターが四人、その巨大鳥ダリオンが狙っているであろう人物を保護する配置についた。巨大鳥ダリオンに狙われている中年の女性は何かを胸に抱え、路地の壁にもたれかかるようにして身体を丸めている。


「なんでこんな時間に外に出てるのかしら。なんで逃げないの? 恐怖で動けないのかしら」


 見ていてジリジリするが、自分は囮役デコイだ。(ここで出しゃばることはできない)と空中にとどまったまま成り行きを見守っている。


 女性のいる場所に到着したファイターたちは煙を撒き、巨大鳥ダリオンの前を飛んで邪魔をする。だが巨大鳥ダリオンは彼らには見向きもせずに、煙を迂回して女性に向かって進む。


「危ない」


 アイリスはその巨大鳥ダリオンの前に飛び出した。大きなくちばしの手前二メートルほどの場所に浮かんで、わざとゆらゆらとフェザーを動かした。

 巨大鳥ダリオンが座り込んでいる女性からアイリスへと視線を移した。


「追いかけてきなさいよ」


 ケヤキの下で震えていた五歳のころとは違う。相手を恐れる気持ちは今も十分あるけれど、今のアイリスはフェザーで逃げることができるのだ。もう、一方的な弱者ではない。

(こっちに来い、追いかけて来るがいい)と思いながらフェザーを揺らしていると、空中で羽ばたいていた巨大鳥ダリオンが、こちらに向かって飛んできた。


 タッとフェザーに伏せて、アイリスは飛び出した。上空へ上空へと一気に加速する。

 背後から羽ばたく音が聞こえていたのは最初だけ。途中で背後を振り返ると、人間を襲おうとしていた巨大鳥ダリオンがかなり下にいる。


「あんまり引き離しちゃうと、またあそこに戻っちゃうかな」


 そう考えて空中で止まって巨大鳥ダリオンを待つ。

 相手が近づくのを待って、また上昇する。

 風が耳元で唸り、冷たい空気がマスクの中に流れ込んでくる。

 アイリスは(もう、そろそろ戻ったほうがいい)と判断して、空中で半回転して広場を目がけて下降を開始した。巨大鳥ダリオンもアイリスの後を追ってぐるりと方向を変えて追いかけて来る。


 アイリスは広場の家畜たちの上すれすれを飛び、一瞬だけ広場に着地すると、そのまま低い位置で広場の端へと移動する。追いかけてきた巨大鳥ダリオンは、丸々と太った豚やヤギに興味を移し、アイリスの存在を忘れた。


 そのころ、白首は城に向かって進み、王族が住む中央塔の前で羽ばたいていた。

 白首が広場の上空を飛んでいるとき、この塔の四階部分で光るものがあった。それはジェイデン王子が巨大鳥ダリオンを見るための小窓から突き出した遠眼鏡のレンズが反射した光だ。


 王城も市井の家と同じように、巨大鳥ダリオンが足場にするようなテラスなどは設けられていない。白首は仕方なく四階の窓の前で羽ばたきながら、何が光っていたのかを確かめようとした。


 もちろん周囲にはフェザーに乗ったファイターたちが集まっていて、囮役デコイも白首のすぐ近くを飛んでいる。しかし白首はファイターたちに一切興味を示さない。

 四階の窓の前で羽ばたきながら、窓の中を覗きこんでいる。


 城の住人たちは初めて経験する事態に慌てふためいた。

 さあどうぞと差し出された家畜に興味を示さず、一直線に城に向かって来て、王族の居住区域を覗き込む巨大鳥ダリオン。そんな個体は、いまだかつていなかった。


「衛兵! ジェイデン殿下を急ぎ地下室へご案内しろっ!」

「不要だ。あいつは石壁を壊すことなどできやしない。私はここにいる」

「殿下! しかし、万が一ということが」

「落ち着け。万が一などない。相手は大きなだけの鳥ではないか。この中にいれば安全だ。落ち着け」


 侍女たちの中には窓から見える巨大鳥ダリオンに驚いて失神する者や腰を抜かして動けなくなる者が何人もいたが、ジェイデンは強気だ。

 五百年前に造られた城の窓は高さも幅も小さく、巨大鳥ダリオンが入ってくる心配はない。


 そのため、一階部分以外は鎧戸だけを閉めれば安心だった。だが今は、その鎧戸さえも閉められていない。ジェイデンが「見物したいから開けておけ」と命じたからだ。

 空中で羽ばたいている白首と向かい合っても、ジェイデンは下がらなかった。


「大人しく家畜を食っていればいいものを。いまいましい巨大鳥ダリオンめ」


 ジェイデンはそうつぶいやいたときだ。白首が窓に向かって突進した。

 ガシャン! という音。侍女たちの悲鳴。衛兵たちが駆け寄るガシャガシャという金属音。


 白首はくちばしから窓に体当たりをした。

 窓を破り、窓枠につかまって首の根元までを城の内側へと突っ込んでいる。口を全開にして「ギイエェェェ」と鳴いた。

 さすがにジェイデンも後ずさりをし、巨大鳥ダリオンとジェイデンの間に衛兵たちが立ち塞がった。


「斬れ! 斬り殺せっ!」

「しかし」


 衛兵たちが躊躇ちゅうちょしたのは、この国に何百年間も伝わっている『巨大鳥ダリオンを殺してはならない』という言い伝えがあるからだ。そもそもそれを徹底したのは代々の王である。


「何をしている! さっさと殺さないか! ええい! 腰抜けどもめ!」


 ジェイデンが近くにいた衛兵の剣を奪い取り、白首に向かって突進する。「殿下!」「おやめください!」と叫ぶ声を無視して、ジェイデンが斬りかかる。しかしジェイデンの剣が白首を傷つけることはなかった。


 事態を見ていた団長ウィルが、さっさとアイリスを呼んだのだ。

 アイリスはウィルに命じられると、返事をする暇も惜しんで城に向かって突進した。そして白首が窓を突き破ったときに、城に到着した。


「白首! 私はここよ! こっちを向きなさい!」


 白首の体のすぐ脇で、アイリスは声を張り上げた。白首は城の中で叫んでいたが、すぐに顔を窓から引き抜き、自分の隣に浮かんでいるアイリスを見た。

 大きな体に似合わぬ素早さで、白首がアイリスに飛び掛かる。だが、アイリスはフェザーの上でタッとジャンプして逆方向を向くと、フェザーの後方部分を前にして飛び出した。


 条件反射で追いかける白首。そのギリギリ前を飛ぶアイリス。

 近くで剣を抜いて飛んでいたヒロに、別の第一小隊のファイターが近寄って話しかける。


「ヒロさん、見ました?」

「見た。フェザーの上で跳んで向きを変えたな」

「片足を残して回転するなら俺もできますけど、両足を離して跳びましたよね。なんでフェザーが落ちないんですかね?」

「わからない。アイリスの能力が高いから?」

「まあ、それしかないですよね。アイリスって……化け物ですか?」

「俺に聞くな。それと、十五歳の少女を化け物と言うな」

 

 王空騎士団の面々が広場に引き返す。

 城の四階、王族の使う居間の窓辺には、剣を片手に茫然と立ち尽くすジェイデンがいた。


 アイリスは後ろを飛んでいる白首の注意を他に向けないために、白首の速度に合わせて飛んでいる。

 が、途中で白首がグン! と速度を上げたのを見て、自分も速度を上げる。

 ぐるりぐるりと空中で渦を巻くように飛ぶアイリス。それを追いかけて同じようにグルグルと回りながら飛ぶ巨大鳥ダリオン

 アイリスと巨大鳥ダリオンは絡まりあう螺旋らせんのようになりながら飛んでいる。


 広場の上を通り過ぎ、空に浮かんでいる王空騎士団員たちと半地下にいる訓練生たち、城の中にいるジェイデンたちの視線を一身に集めながら、アイリスは白首を誘導して飛び、はるか上空へと昇る。

 たっぷりと上昇し、ターンして地上を目指す。白首はアイリスを追いかけて来る。


「マイケル、あれ、螺旋らせん飛びだよな?」

「ですね。僕はあれを落下の心配なしにできるようになったのは、開花してから十年はたっていましたけど」

「俺はいまだにあれはあまりやりたくない。力の制御が面倒だ。ありゃ、化け物だな」

「まあ、そうですね。彼女は僕らとは違う種類の人間ですよね」


 あちこちで化け物呼ばわりされているとも知らず、アイリスは飛ぶ。上手く白首を誘導できたことに緩みそうになる顔を意識して引き締めつつ、家畜たちのいる広場を目指した。

 半地下の防鳥壕の中では、サイモンがアイリスを守れない無念さに唇を噛み、マリオは暗い表情でアイリスを見ている。




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書籍『王空騎士団と救国の少女1・2巻』
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