表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/108

30 はるかなる高みに憧れる

 アイリスの『少しだけゆっくり落ちる』の練習翌日から、大半の訓練生たちの態度が変わった。

『アイリスは自分たちとは桁違いの能力者のようだ』という認識が訓練生たちの心の中に根を下ろしたのだ。


 そう思って彼女の訓練を見ているうちに、「女なのにそんな能力があるはずがない」と言い続けていた面々も、遅ればせながらアイリスと自分たちの差を認めざるを得なくなった。


 だがマリオとソラルだけは例外だ。急にアイリスが訓練生たちに溶け込み、皆に受け入れられ、尊敬さえされているのが面白くない。


 アイリスの驚異的な能力に驚いているのは、養成所の少年たちだけではない。エリックやカミーユに話を聞いて、アイリスに対する認識を新たにするファイターは多かった。


『アイリスは七百年ぶりに現れた女性能力者というだけでなく、聖アンジェリーナと同じように並外れた飛翔力の持ち主のようだ』


 優秀なファイターほど、自分と彼女の間に横たわる大きな差を直感で理解する。以前はアイリスが見えないかのように無視していたファイターたちも、最近はアイリスが挨拶をすれば、挨拶を返すようになってきた。


 マリオは相当厳しい注意を受けたらしい。アイリスに対しては一切何もしなくなった。視線さえ合わせない。アイリスだけにではなく、他の訓練生とも距離を置いている。


「ねえサイモン。いったいどんな叱られ方をしたら、あんなに大人しくなっちゃうのかしらね」

「多分だけど、ここを卒業してファイターになれば、国からかなりの金額が支給されるだろう? マリオはまだ貴族の養子になってないから、ここを退所させられたくないんだと思う」

「退所させられることなんてあるの?」


 そんな話を聞いたことがない、とアイリスは驚いた。


「飛翔能力があるから、なにかしらの仕事を与えられるだろうけどね。王空騎士団員としての名誉はなくなるよ。叱られて、それに気づいたんじゃない? 退所はないにしてもマリオが態度を変えなければ、トップファイターへの道は閉ざされちゃうだろうし。そんなところだと思うよ」

「ふうん。サイモンはジュール侯爵家の養子だから、お金の心配はないわよね?」

「心配はあるよ。一人で暮らしている母は、身体が弱くてあまり働けないんだ。ジュール侯爵家は母にお金を送ってくれている。僕が養子でいられるのは、将来のファイターで、ジュール家に名誉をもたらす存在だからだ。僕もここを退所させられるわけにはいかないんだ」

「そっか。そうなのね」


 サイモンは自分からはジュール侯爵家のことを話さない。

 きっと触れられたくないのだろうと、アイリスも触れないようにしている。貴族の養子になったと言っても皆と養成所で寮生活をしているから、サイモンは貴族としての社交などにはまだ参加していないはずだ。


(でも、十六歳になったら、サイモンは社交界にデビューするのよね)


 社交界にデビューするのはただの顔つなぎではないことぐらい、アイリスだって知っている。結婚相手を探す目的もあるのだ。


(侯爵家の養子でファイターなら、社交界で探すまでもないか……)


 最近よく考えるのは、サイモンに「誰かと婚約しても私と飛ぶ練習をしてね」と言ってもいいのか、それは言ってはいけないことなのか、判断がつかないことだ。

 今日はいつも訓練生を監督している副団長のカミーユの他に、団長のウィル、ヒロ、ケイン、第三小隊長ギャズが訓練を見ている。いつもなら休憩になる時間に、カミーユが皆に集合をかけた。


「来月の半ばには、巨大鳥ダリオンが飛んでくる。そうなれば一ヶ月は君たちの訓練は休みになり、先輩たちの活躍を近くから見て学ぶことになる。漫然と見ていれば何も学べないまま巨大鳥ダリオンの前に出ることになるぞ。それは自分の命だけでなく国民の命も失うことに直結する。来年ファイターになる者は、巨大鳥ダリオンが来たら、自分が飛んでいると思いながら真剣に先輩の働きぶりを見て学べ」

「はい!」

「それ以外の者も見物ではなく、見学だ。自分の命がかかっていると思いながら見るように」

「はい!」

「よし、それでは最高学年の訓練生は前へ」


 五人の少年が前に出た。


「では、恒例のお楽しみといくか。それぞれ、一人ずつ先輩の前へ」


少年たちを先輩が手招きする。訓練生たちは、それぞれ自分を手招きするファイターたちの前に近寄った。


「よし、ではこれから二人乗りで上空まで行く。卒業する君たちへの我々からの贈り物だと思ってもらいたい」


 アイリスは何が始まるのかわからないまま、様子を見ている。(上空って?)と目だけで周囲の訓練生を見るが、アイリスのようにキョロキョロしている者はいない。


「では、行くぞ。しっかりつかまれ。何があっても力をフェザーに流し込まないように」

「はいっ!」


 今年十八歳になる五人の訓練生が先輩たちのフェザーに乗る。前に立っている騎士団員の腰にしっかりと腕を回した。


「出発!」


 団長ウィルの声で、五台のフェザーが垂直にスッと上昇した。

 普段の訓練ではせいぜい数十メートルまでしか上昇しないのだが、今日はその高度をあっと言う間に通り過ぎた。そしてそのまま一定の速度で上昇していく。


 訓練場の端に待機していた十名の騎士団員が遅れて出発した。さらに、訓練場端の格納庫からは三角形の枠に網を張った屋根を持つ救助用フェザー(マザー)が三機、フェザー集団の後方、低い位置を保って集団を追う。


 皆が黙っているので口を閉じていたアイリスだったが、我慢できずに隣のサイモンに話しかけた。


「ねえサイモン、これはどういうこと?」

「ああ、アイリスは知らないのか。あれは新人騎士団員を迎え入れる儀式みたいなものだよ。雲の上まで上昇して、これからファイターとしてデビューする訓練生たちに、この国を見せるんだ。後から出発したファイターたちとマザーは、万が一フェザーが落下した時に救出する係」

「落下は……しないでしょう?」


 すると二人の会話を聞いていたらしい後ろの少年が小さい声で言葉を挟んだ。


「アイリス、飛んでいるときに『絶対』はないよ。でも、あの五人は飛翔力ではずば抜けている人たちだから。大丈夫だとは思うけどね。僕はあの儀式は、できるなら遠慮したいかな」

「え?」


 羨ましいと思って見ていたアイリスが周囲を見回すと、半分くらいの訓練生たちが視線を下に向けたまま小さくうなずいているではないか。

(みんな、能力者なのに? あれが怖いの?)

 アイリスにとってはご褒美みたいな儀式だが、多くの訓練生にとってはそうではないと知って、驚いてしまう。


「サイモン、もうひとつ質問があるの。マザーはどんな役目なの?」

「あ、そうか、僕たちは最初にそういう座学を受けているけど、アイリスはいなかったね。マザーは意識を失った人を受け止めたり運んだりするんだ。あの三角の網で受け止めるんだよ。フェザーだと、意識を失った人が目を覚まして動いたら、簡単に落ちちゃうだろう?」

「なるほどねえ」


 二人が会話している間にも、フェザーの集団はどんどん上昇していく。途中にある低い雲を通り抜けた。その姿はもう、豆粒より小さい。首が痛くなるのを我慢しながら見上げていると、飛んでいるフェザーの集団は、渡り鳥のように矢印の形になって大きく旋回し始めた。

 北から西へ。西から南へ。南から東へ。巨大な円を描きながら、十五機のフェザーと三機のマザーが動く。旋回しながらも上昇しているのだろう。やがて空を飛ぶ男たちの集団は、雲の上に消えてしまった。


「うわあ、いいわねえ」


 返事が無いのでサイモンを見ると、苦笑している。


「あれ? サイモンも気乗りしないの?」

「うーん、半々かな。遥かな高みからこの国の景色を見てみたいとは思うけど、あそこまで高く昇るのは恐怖でもあるよ」

「そう……」

(私はおかしいのだろうか)とそっちの方が不安になったアイリスは、それ以上余計なことは言わないことにした。


 一時間以上たってから、彼らが帰還した。上空を飛んできた訓練生たちの顔色はあまり良くない。寒さなのか恐怖なのか、震えている者もいる。


「どんな景色が見えましたか?」と聞きたかったアイリスも、(今は余計なことを言わない方が良さそう)と判断した。

 団長のウィルが短く最上級生に励ましの言葉を贈り、解散となった。

 ヒロから昨夜のうちに「明日は森での練習はない」と言われているので、今日は久しぶりに自由な時間を過ごすことになる。


 馬車に乗っている間も、部屋でごろごろしている間も、アイリスの心を占めているのは「あんな高いところまで昇ってみたい。この国を遥かな高みから見てみたい」という願いだった


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書籍『王空騎士団と救国の少女1・2巻』
4l1leil4lp419ia3if8w9oo7ls0r_oxs_16m_1op_1jijf.jpg.580.jpg
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ