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3 渡りの季節

「あっ! お父さん、さっきの男の子がいる!」


 ハリーがアイリスの視線を追うと、会場で飛んでいた少年が通りを歩いている。隣には中年の女性。アイリスは父が止める間もなく駆け寄った。少年は、駆け寄ってきたアイリスを見て、何事かと驚いた顔。


「さっきはすごかったわ。とっても美しかった! 私、能力者をあんな近くで見たのは初めてなの!」

「あ、ああ。そうなの?」

「私はアイリス。アイリス・リトラーよ」

「僕は」


 少年が自己紹介をしようとしたところで通りの向こうから大きな声がかけられた。


「ハンナ! 判定試験は終わったのかい?」

「ええ、終わりましたよ。今行きます。お嬢さん、失礼しますね。坊ちゃん、行きますよ」


 ハンナと呼ばれた女性は、少年の手を引いて急いで行ってしまった。少年は何か言いたそうな表情でアイリスを振り返ったが、そのまま高齢の男性が待つ馬車へと乗り込んだ。


「残念。名前を聞きたかったのに」

「アイリス、お父さんから急に離れてはいけないと言ってあるだろう」

「ごめんなさい、お父さん。あの子とお話ししてみたかったの。でも、自己紹介はできたわ!」

「そうか。名前を憶えていてくれるといいな」

「うん!」


 家に帰り、アイリスは姉と二人でお菓子を食べながら、今日見てきたことを姉に報告する。


「ルビーお姉ちゃん、今日ね、判定会場に能力者がいたの。もう、ほんとに素晴らしかったわ!」

「へえ。フェザーを浮かせることができたの?」

「浮かせるどころか! 大人の頭の上を飛んでいたの。優雅に飛んで、音もたてずに着地したのよ!」

「能力者が会場にいたなんて、運が良かったわね。私のときは、能力者はいなかったわ。どんな男の子?」

「こげ茶色の髪の、きれいな顔の男の子」

「能力者な上に顔もきれいなの? そりゃあお嫁さん候補が群がるわね」

「ルビーお姉ちゃんたら、またそんなことを言って。それにしても、なんで女の子も試験を受けるんだろうね。どうせ男の子しか飛べないのに」


 そう言いながらアイリスはルビーの部屋に飾られている真っ赤なフェザーを見た。

 ルビーの部屋にもアイリスの部屋にも、子供用のフェザーが壁に飾られている。この国の伝統に従い、二人が生まれた時に祖父母から贈られた高級なものだ。今でこそ困窮しているが、二人が生まれた当時のリトラー商会は裕福だったと父が言っていた。

 ルビーのフェザーは深い赤一色。アイリスのフェザーは鮮やかな青だ。


「ああ、それはね、何百年も昔に飛べる女性がいたからよ。その女性は誰よりも高く、誰よりも速く空を飛べたんだって。だから、万が一にもそういう女の子を見落とさないようにしているのよ。歴史の授業で習ったわ」

「ふうん。いいなぁ。私も自分のフェザーで飛びたかったなぁ」


 甘い焼き菓子を頬張りながら、アイリスは小さくため息をつく。

 その夜のリトラー家の夕食の席は、飛翔能力者の少年の話題に終始した。


     ※・・・※・・・※


 三月下旬になった。

 巨大鳥ダリオンの『渡り』の季節の始まりだ。


 春、巨大鳥ダリオンたちはいくつかの群れになる。そして日をずらして渡りを始める。

 本来の生息地である巨大鳥ダリオンとうから、繁殖地である終末島エンドランドに行く途中でグラスフィールド島に寄る。

 そして秋、終末島エンドランドから元のダリオン島へ帰る途中にもグラスフィールド島で休憩していく。


 広大な島国であるグラスフィールド王国は、巨大鳥ダリオンたちが行き帰りするルートの中継地点になっている。

 巨大鳥ダリオンたちは太古の昔から毎年渡りを繰り返していて、それは人間にはどうすることもできない自然界の決まりごとだ。


「ルビー、アイリス。これから巨大鳥ダリオンたちがいなくなるまでは、決して外に出てはいけないよ」

「特に昼間は絶対に家から出ないでね。少しの間の辛抱なんだから」


 夕食の席で、父と母が真剣な顔でそう注意する。

 幼い頃は渡りの季節になると「お外に出たい」と泣いて両親を困らせたルビーとアイリスだったが、今は黙ってうなずく。大人たちはどうしても用事があるときは、陽が落ちて真っ暗になるのを待ってから外に出るのがこの時期の決まり事だ。


 アイリスは、白くて柔らかいチーズに蜂蜜をかけたものをスプーンで口に運び、それを飲み込んでから父に尋ねる。


「お父さんは今年も豚とヤギを捧げるの?」

「もちろんだ。豚とヤギを捧げておけば、人間は食われずに済む」


 父の言葉を聞いて、ルビーが大人びた口調でそれに文句をつける。


「もったいないよね。何頭も豚とヤギを捧げたら、うちは大損でしょう? 巨大鳥ダリオンが来る春と秋には大陸からの船も来なくなっちゃうから、商売も止まるし」

「馬鹿なことを言わないでちょうだい。リトラー商会は人々の命を守るために家畜を差し出しているの。それを惜しんで人間が食べられたらどうするの」

「そうだけど。なにもうちみたいな小さな商会が毎年負担しなくてもいいんじゃないの?」

「ルビー、『稼いだら捧げよ』というこの国のことわざを忘れたのか?」

「忘れてはいないけど」


 もちろん、家畜を捧げるのはリトラー商会だけではない。

 王家や貴族をはじめ、全ての商会が財政に応じて家畜を提供している。

 アイリスは黙って蜂蜜がけのチーズを食べていたが、ふと思いついた疑問を口にした。


「お父さん、私はファイターたちの様子を見てみたい」

「アイリス、そうやって昼間にファイター見物巨大鳥ダリオン見物に出て命を落とした者が、過去にどれだけいることか。巨大鳥ダリオンに襲われて食べられても、誰も同情してはくれないぞ。『愚か者が食われたな』と言われて終わりだ。それ以前に、父さんが見物は許さん」

「わかりました」


 そう返事をしたアイリスに、ルビーがとんでもない話を持ちかけた。


「ねえアイリス、私も本当はファイターが巨大鳥ダリオンの前で飛ぶ姿を見てみたいの」

「お父さんが許してくれないでしょう?」

「だから内緒で見るのよ。アイリスも一緒に見ない?」

「内緒で見るって、どうやって? 玄関も一階の窓も、全部塞がれちゃうのに。裏口だって閂がかけられるんだよ?」

「ダストシュートを使うのよ」


 ルビーの言うダストシュートは、リトラー家ではゴミ捨て用には使っていない。主に洗濯物や重い敷物、カーテンなどを一階の洗濯場に運ぶのに使われている。


縄梯子なわばしごを使って、ダストシュートの中を一階まで下りればいいのよ。それはもうお店から持ち出して用意してあるわ」


 ルビーは自分の計画に自信満々の様子だ。


「でも……」

「捧げ物をする広場には行かないから安心して。うちの庭の物陰から見るだけよ。どう? それならアイリスも安心して見られるでしょ?」

「うん、見たい!」

「でしょう? じゃあ、私の部屋で大人しくしているふりをして、飛来の鐘が鳴ったらダストシュートで外に出ようよ。あんまり早く家を出ると、巨大鳥ダリオンとファイターが来る前に見つかって連れ戻されちゃうから」

「わかった」


 ルビーは「ファイターの素敵な姿をこの目で見てみたい」と思い、アイリスは「ファイターがどう飛んで、どう巨大鳥ダリオンと戦うのかを見てみたい」と願った。


 アイリスたちの家は、他の家同様に厳重な巨大鳥ダリオン対策が施されている。

 窓という窓は外から分厚い板が打ち付けられ、玄関も内側からかんぬきをかけ、外からも板が打ち付けられている。出入りできるのはドアの幅が狭い裏口だけ。そこも閂がかけられている。


 馬小屋は平素からレンガの壁と石を載せた分厚い板の屋根で守られ、出入口も頑丈な鉄の柵が二重に設けられているのでまず心配ない。

 姉妹の家には使用人がいないので、両親は大量の食糧、薪、炭、ランプ用の油、水がめの用意に走り回っていた。


 父と母はときどきルビーの部屋を覗きに来ては「あの子たちも大人になったものだ。すっかりわがままを言わなくなった」と姉妹の聞き分けの良さを喜んだ。



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