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29 目撃者たちの驚き

 アイリスの森の中での訓練は毎日続いた。

 養成所の訓練の後なので、アイリスが「もっと飛べます」と訴えても、毎回二時間で終わる。それはヒロが決めて譲らない。


「限界まで飛ぶ経験は大切だ。だがな、アイリス、限界の少し手前でやめておく用心が事故と怪我を防ぐことも忘れるな」

「……はい」

「それに、毎日サイモンの帰りが遅いことに気づかれると、面倒なことになる。俺たちがアイリスじゃなくてサイモンを贔屓して訓練していると思われたら、サイモンが妬まれるよ」

「あっ。そうですよね。わかりました。二時間で我慢します」

「我慢なのか」


 二人のやり取りを聞いていたサイモンが思わず苦笑した。

 サイモンは、アイリスの底なしの飛翔力にもう気づいている。(アイリスはおそらく僕より長時間飛べる)と受け入れられるまで、しばらくかかった。正直言えばかなり悔しい。


 飛翔能力だけではない。フェザーを細かく操作するセンス、判断力、敏捷さも、すでに自分と同レベルだ。わずかな期間にアイリスはどんどん技術を自分のものにしていく。

 それを認めていたサイモンでさえ、その日の出来事には度肝を抜かれた。


     ※……※……※


 事件は、養成所の訓練生の他に救助役の元ファイターと副団長カミーユもいる前で起きた。

 アイリスはマリオと二人で組み、攪乱かくらん役の練習をしていた。巨大鳥ダリオン役の先輩の周囲を旋回し、練習用の煙を焚いて煙幕を張る練習だった。


 手に持った筒から真っ黒い煙が出る。練習用の煙幕には悪臭は付けられていない。訓練生たちは空中で相打ちしないように、事前に回る方向と高さを相談してから飛んだはずだった。

 なのに、地上からは煙幕で見えない位置で、マリオがアイリスに突進してきた。

 事情がわからずに(えっ? なに?)と戸惑っていると、マリオは高速ですれ違いながらアイリスのフェザーに手で触れ、強く飛翔力を流し込んだ。


「あっ!」


 アイリスが驚いて声を出したのと同時に、フェザーがフッと足から離れた。途端にアイリスの身体が落下し始める。地面までの距離は五十メートルほど。救助係はアイリスが落下するであろう場所にすっ飛んで向かった。


 アイリスが落ちていく先は保護用の網も張られておらず、マットも敷かれていない地面。マリオはそこを狙ったのだ。

 見ていた全員がアイリスの死を予想した。


 アイリスの使っていたフェザーがガッ!と音を立てて訓練場の地面に落ちた。続いてアイリスが落ちてくることを全員が覚悟する。

 だが救助に向かったフェザーは間に合った。救助者のフェザーの上にアイリスは落ち、安堵のため息があちこちから漏れた。

 風が吹いて、濃く立ち込めていた黒い煙が薄くなっていく。


「アイリス!」


 最初に沈黙を破って走り寄ったのは、順番待ちをしていたサイモンだ。サイモンはアイリスの両肩に手を置き、顔を覗き込んだ。


「怪我はない?」

「あ、うん。ないわ。フェザーの上に落ちたから」

「そうだ、そうだったね。間に合ったね。で、なんで?」

「なんで、とは?」


 そこでカミーユの怒りに染まった声が訓練場に響いた。


「マリオ! 来い! 今すぐだ!」

「……はい」

「アイリスもだ」

「はいっ」


 うつむきながら走って来たマリオに、カミーユが冷え切った声で尋ねた。


「マリオ。お前、アイリスに何をした」

「その、ええと、別に何もしていません」

「ほう? アイリス、マリオに何をされた?」


 アイリスはマリオを見た。マリオは血の気が引いた白い顔で地面を見ている。アイリスは真実を言うべきか、マリオをかばうべきか迷った。

 

(この程度の嫌がらせは予想していたし、私は結局怪我をしていないよね)


 アイリスの迷いを見抜いたカミーユがもう一度尋ねる。


「アイリス。これは今回だけに限った話じゃないし、君だけに関わる話でもない。空中にいる仲間に危害を加える者を放置することは、今後もその可能性を残すということだ。君は無事だったが、この先、地面に叩きつけられて死ぬ人間が出るかもしれない。それを考えて返事をしたまえ。アイリス・リトラー、誰に何をされた?」


 カミーユの言い分はもっともだ。アイリスは顔を上げ、カミーユを真っ直ぐに見た。


「マリオさんが私のフェザーに力を流し込みました」


 カミーユがマリオを見る。その目つきが氷のように冷たい。真っ白な顔色のマリオが、必死の形相で叫んだ。


「ふざけただけです! ちょっと飛翔力を流し込んで、脅かすだけのつもりでした。アイリスがあんなに慌ててフェザーを落とすとは思わなかったんです」

「いいえ。相当な量の力が流れ込んできました。私は少しくらい他人の力が流れてきても、フェザーを落とすことはありません」

「お前! いい加減なことを言うな! お前はまだ、そんな練習はしてないじゃないか!」

「いいや。マリオ、アイリスはその練習、とっくにしているぞ」


 割って入ったのはサイモン。その場の全員が今度はサイモンを見た。


「僕はアイリスと毎日練習をしている。アイリスの後ろに乗って飛んでもらっている。何度かうっかり僕が飛翔力を流してしまうことがあったけど、アイリスは一度だってあんな風にフェザーを落とすことなんかなかった。あれはよほど大量に力を流し込んだはずだ」

「サイモン、お前! ずっと一緒に練習してきた俺よりも、その女をかばうって言うのか!」

「お前みたいなゲス野郎とずっと仲間だったかと思うと残念だよ」

「なんだとっ!」


 サイモンに飛びかかろうとしたマリオが吹っ飛んだ。カミーユ副団長は片手でマリオの肩を軽く突き飛ばしただけのように見えたのに、マリオは二メートルほども後ろに飛んだ。


「マリオ、ついて来い」

「はい」


 尻もちをついたままマリオが返事をし、カミーユは建物に向かって歩く。マリオはアイリスとサイモンをきつく睨んでからカミーユに続いた。

 二人が建物に入ると、訓練生の少年たちがワッと駆け寄って来た。


「アイリス、さっきのなんだ? どうやった? なんだか、落ちるのが少しだけゆっくりだったよね?」

「俺も知りたい!」

「あれができたら落下しても死ぬ可能性が減るじゃないか!」

「僕にもあのやり方を教えてくれないかな」


 今まで遠巻きにして自分を見ていた訓練生たちが一気に距離を詰めてきた。アイリスはとっさには言葉が出ず、目をパチパチさせて彼らを見回している。


「僕も知りたい」

「サイモンまで?」

「あれはすごいよ。練習でどうにかなるなら、全力で練習する」

「あれは、手のひらに力を集中して全力で……」

「いやいやいや、そんなわけない。あれはたまたまだろ?」


 アイリスをさえぎったのは、以前の救出訓練で「どけっ!」と叫んだソラル。マリオのようなことはしないまでも、アイリスに冷ややかな態度の一人だ。


「ソラルさん。あれで飛ぶことはできませんけど、少しだけゆっくり落ちることはできます」

「じゃあ、もう一回できるのか?」

「何回でもできます。でも、養成所のフェザーを乱暴に落とすことになるから、どうなのかしら。叱られるんじゃないですか」

「おう、そのことなら心配すんな。俺が少し上まで連れてってやる。そこから試して見せてくれ」


 そう言い出したのは救出役をしている元ファイターのエリックだ。年齢は四十代の半ば。一見ガラの悪そうな風体だが、訓練生たちを可愛がっている優しい男だ。


「さっきは出遅れて申し訳なかった。落ちても怪我をしないように準備をするから、もう一度見せてくれるか?」


 ソラルが再び割って入った。


「エリックさんは悪くないですよ。まさかマリオがあんなことをするとは誰も思わなかったんですし、アイリスがちょっとのことで動揺してフェザーを落としたのが悪いんだ」

「ソラル、訓練生を落下させないようにするのが俺の仕事だ。アイリス、悪かった」

「そんな! わかりました。では乗せてください。高さはさっきと同じくらいで大丈夫です。お願いします」


 訓練場のあちこちに埋め込まれている金属製パイプの穴に背の高い杭が差し込まれ、そこに手際よく網がかけられる。網の高さは地上五メートルほど。直接地面に激突することは防げるが、運悪く杭の上に落ちれば命の危険がある。高い位置から飛び下りる訓練など、今まで誰もしたことがない。


 訓練生たちは高いところを飛んでいるときに失神したりしないよう、十分に訓練を受けてから高い位置を飛ぶし、歩き始める頃には能力が開花している者がほとんどなので、この網は特別に危険な技を練習するとき以外は出番がない。

 

 アイリスは続けて三回、『少しだけゆっくり落ちる方法』を実演して見せた。エリックのフェザーから飛び下り、普通よりもややゆっくり網に落ちる。三回とも同じ両手を広げたポーズ。ドン!とは落ちず、ストンと静かに下りてくる。


「これ、従弟いとこが『なにもないように見える場所にも空気はある。鳥は空気の中を泳ぐようにして飛んでいる』って言ったところから始めたんです。飛翔力は手から伝えることもできるので、手を下に向けて空気を押してるつもりです」

「やってみる!」

「俺も」

「僕だって」


 訓練生たちは最初からアイリスのような高い場所から試すわけにはいかず、二人一組になって交代で網の少し上から飛び下りる。しかし、陽が暮れるまで飛び下り続けても、成功する者は誰もいなかった。ぐったりした訓練生の一人が、練習を終えてつぶやいた。


「あのさあ、今更だけど、アイリスの飛翔力の量って、実は俺たちとはけたが違うんじゃないかな」


 彼の周囲にいた全員が黙ってうなずいた。それを聞いたソラルは、苦々しい表情で静かに訓練場を後にした。


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