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王空騎士団と救国の少女~世界最速の飛翔能力者アイリス~【書籍化・コミカライズ】  作者: 守雨
第一章 能力の開花

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26 初訓練

 養成所の訓練場には、ほとんどの飛翔能力者が集まっていた。そのうち訓練生は、アイリスを除いて五学年分の二十名。王空騎士団員の数は九十四名。

 普段、養成所の訓練にはファイターを引退したベテランが数名ほど救助役で来るだけで、騎士団員が来ることはほとんどない。


 ところが今日はほとんどの現役ファイターが『聖アンジェリーナの再来』と噂されるアイリスの訓練を見るために養成所の訓練場に来ている。

 アイリスは前回、王空騎士団用の訓練場で少し飛ぶだけだったが、今日は養成所でみっちり飛ぶ。騎士団員たちが来ているのは「どれ、本格的に飛ぶところを見せてもらおう」というところだろう。

 その上、今日は学院の級友たちが十数名見学者席に座っている。


 アイリスが真っ白な訓練服に着替えて訓練場に出ると、ガヤガヤと聞こえていた話し声が一瞬で消えた。今ここに居合わせている全員の視線が、入口に立ったアイリスに向けられた。それに驚いて足を止めたアイリスを励ますように、付き添ってきた事務員のマヤが笑顔で背中をポンと叩いた。


「大丈夫よ、アイリス。落ち着いてね。飛ぶことを楽しんで。万が一落下してもベテランが救助してくれるわ。安心して思う存分飛んでらっしゃい」

「はい、そうします。マヤさん、ありがとうございます」

「どういたしまして」


 近くにいたヒロを見ると、『前に出ろ』と手振りで促す。アイリスは深く息を吸った。皆が自分を見ている。その視線に負けないよう、アイリスは胸を張って大きな声で挨拶をした。


「アイリス・リトラーです。今日から訓練に参加します。よろしくお願いします!」

 

 訓練生たちはパチパチと拍手する者がほとんどだが、中には値踏みするような表情で見る者、フイッと顔を背ける者も少数ながらいた。マイケルに『アイリスを辞めさせてほしい』と話を持ち掛けたマリオは、顔を背けた一人だ。

 訓練生たちの反応を見て、アイリスは今朝、出がけに父がかけてくれた言葉を思い出した。


「父さんは養成所のことはわからん。だが人と関わって仕事をするときのことならわかる。やれることを全力でやる。それだけだ。そして無事に家に帰ってきなさい。父さんがアイリスに望むのはそれだけだよ」


(ここでならお日様の下で思い切り飛べる。そのためなら顔を背けられるくらい、平気だわ)


 アイリスは表情を引き締めた。その彼女を見ていた副団長のカミーユが訓練生のほうを向いた。カミーユは三十三歳。温厚な実力者で、ファイターだけでなく訓練生たちからの信頼が厚い人物だ。カミーユが少年たちに向かって指示を出した。


「よし、全員揃ったな。では訓練を始めよう。救助される役は三人。待機しているグループから一人ずつ出て散らばって待て。救助役はいつも通り五人ずつ四グループに分かれろ。アイリスは四番目のグループへ。前のグループの動きをよく見て覚えるように」

「はい!」


 訓練生たちは素早くグループごとに分かれ、順番待ちの各グループから救助される役の訓練生が一人ずつ出て訓練場に散らばった。


 最初のグループが無言で視線を交わし、一斉にフェザーに乗って飛び上がった。等間隔で地面からスッと真上に上昇し、そこからパッと散らばる。ちょっと見は真っ白な野の鳥が空中で遊んでいるように見えるが、彼らの顔は真剣だ。


 そこに黒い服を着た大人が四人が登場した。現役を引退した元ファイターたちだ。

 黒服の元ファイターたちは、左右の腕に二メートルを超えていそうな細い棒を一本ずつ持っている。

(あれはなにに使うんだろう?)と見ているアイリスに、ヒロが近寄って来て説明してくれる。


「あの棒は巨大鳥ダリオンの翼の代わりだ。翼がどこまで届くかを訓練生に身体で覚えさせるために持っている。飛翔中に巨大鳥ダリオンの翼で叩き落されないための訓練でもあるんだよ」

「わかりました」


 アイリスは自分を食べようとした巨大鳥ダリオンを思い出しながら訓練を見た。恐怖心がジワリと湧いてきそうになるが、意識して心に蓋をする。


(落ち着け、私)


 巨大鳥ダリオン役の四人が地上にいる訓練生を狙って自在に動く。

 五人の訓練生たちは、巨大鳥ダリオン役の前を回旋して邪魔する者、地面にいる者をフェザーに乗せて避難させる者に分かれている。


 地上にいた三人は、あっという間に救出されていなくなった。

 巨大鳥ダリオンの動きを牽制けんせいしていた訓練生は、救出が完了したのを確認するや否や、別々の方向へと猛烈な速さで飛び去った。


 二番目、三番目のグループも同じように「牽制と救出」を無事にこなし、いよいよアイリスのグループの番になった。このグループだけはアイリスが加わって六人だ。アイリスは急いでグループの最年長らしき訓練生に質問した。胸に刺繍されている名前を見ると、デイビッドとある。


「デイビッドさん、私は何をすればいいですか?」

「二人乗りできる?」

「やったことはありませんが、できると思います」

「じゃあ、救出役を頼むよ」

「わかりました」


 会話はそれのみ。アイリスは(お手並み拝見、てことかな)と判断してそれ以上は質問せず、前のグループの動きを思い出した。自分がどう動けばいいか、頭の中で行動する順番を組み立てる。


「次、始め!」


 カミーユの号令でアイリスのグループがフェザーに乗る。

 詳しい説明はされないまま、グループの五人が視線を合わせた。アイリスは他のメンバーに合わせて膝を深く曲げた。

 六人が同時に空中に飛びあがる。アイリスも出遅れることなく飛びあがった。


(落ち着いて。落ち着いて)


 六人そろって空中で一度静止し、二手に分かれた。自分がどの人を救出すればいいのかわからず、一瞬出遅れた。(あの人を救助しよう)と一人を選んで低い位置へ移動した。

 巨大鳥ダリオン役のファイターがどこにいるのかを見ながら、一番遠い位置にいる人に向かって飛ぶ。


「どけっ! 左に行けよ!」

「はいっ!」


 すぐ後ろから怒鳴られて慌てそうになったが、唇を噛んで自分を落ち着かせた。フェザーをターンさせて左手の対象者へと加速する。

 救出される役の訓練生は不安そうな顔でアイリスを待っている。アイリスが滑らかにフェザーを着地させると、後ろにピョンと乗ってきた。


「つかまってください」

「お、おう」


 遠慮がちにおなかにを腕を回された。それを両手でギュッと引っ張り「もっとしっかりつかまってください」と言いながらフェザーを浮かび上がらせた。

 自分の部屋の重いテーブルで飛んだときも重さを感じなかったが、人間を乗せても重さを感じない。つかまってくれる人がフェザーに乗り慣れているからか、重心の移動も楽だ。アイリスは訓練場の端まで低い位置を保ちながら高速で移動した。


 救出した生徒を下ろし、振り返る。

 空中では巨大鳥ダリオン役を攪乱かくらんするように訓練生が飛び回っている。攪乱役の少年たちは、地表の対象者が全員いなくなったのを確認すると、三方向に飛び去った。


「よし、集合」


 アイリスを含めた訓練生たちは、副団長カミーユの前に集合した。騎士団員たちはなにごとかをしゃべりながら自分たちの訓練場に戻って行った。

 見学していた級友たちからは拍手が送られて、アイリスは少々気恥しい。そんなことも、アイリスを気に入らない者には面白くないのだが、アイリスは余裕がなくて気づいていない。


「アイリス、ほぼ合格だ。ソラルはアイリスを移動させたな」

「はい。あの対象者は自分が救出しようと思っていました」

「思った時点でそれをアイリスに言うべきだった。ソラルは何年もやっていることだが、アイリスは初参加だ。ほんの数秒の遅れが対象者と自分の命を危険に晒すことを忘れるな。言わなくても通じるか、声がけが必要か。それは臨機応変に。それはアイリスも同じだ」

「はい」

「事前に声をかけあっていても、現場では変更になることも多い。救出に向かうときは、必ず他のファイターと巨大鳥ダリオンの位置と動きを確認するように。『絶対こうしろ』という決まりはない。いつでも周囲を見る。状況応じて動く。アイリスはそれを忘れないでくれ」

「はい!」

「よし、次の訓練に移る」


 そこからは休憩なしで延々と訓練が続いた。急上昇、急降下、回転、ジグザグ飛行、急停止。

 訓練の全てが楽しくて、アイリスは笑顔になりそうなのを抑えながら飛んでいた。

 二時間ほど過ぎたころから、アイリスは一人の少年が気になっていた。

 

(あの人、さっきからフラついてない?)


 その少年はジグザグ飛行をしながらときどきわずかにヨロッと動きがぶれる。チラチラ見ていると、その少年がフェザーと一緒にかなり高い位置からスーッと落ち始めた。

 アイリスは反射的に少年が落ちていく方へ向かって全速力で飛び出した。


 焦点の合わない目で落ちていく訓練生の腕をパシッとつかみ、自分のフェザーをクイッと回転させる。アイリスのフェザーが落下中の少年の身体を無事に受け止めた。見ている者たちから「おお」というどよめきが漏れたが、必死なアイリスには聞こえていない。


 フェザーから少年が転がり落ちないよう少年の腕をつかんだまま、身体をひねった姿勢でカミーユのところまで少年を運んだ。


 着地してから腕を放すと、少年はゴロリと地面に転がった。目を開けているが、その目は何も見ていない。意識を失っていた。

 他の訓練生たちが空中で動きを止めてこちらを見ている。それに気づいたアイリスは、カミーユにおずおずと話しかけた。


「落下したら危ないと思って、とっさに受け止めました。まずかったですか?」

「いや、まずくない。みんなは驚いているだけだ。助かったよ。アイリス、君が飛び始めたのは最近だと聞いているが」

「はい。五月の初めに能力が開花して、それから少しずつ一人で練習していました」

「てことは、飛び始めて二ヶ月ってことか?」

「はい」

「そうか……。この訓練生は私が預かる。君は訓練に戻りなさい」

「はいっ!」


 フェザーに乗って高速で飛び去って行くアイリスを見ているカミーユに、ヒロとケインが近寄った。ケインは地面に横たわっている少年をヒョイと抱きかかえて運んでいく。ヒロがカミーユに話しかけた。


「副団長、どうです? アイリスは」

「正直なことを言っていいか? ヒロ」

「どうぞどうぞ」

「たった二ヶ月のヒヨコが、なんであんなに器用に動けるんだ? フェザーがすっかり身体の一部になっている。アイリスは天才か? あれが本当の天才ってやつなのか?」


 カミーユの呆れたような顔。ヒロはその顔を見て笑ってしまった。


「副団長、俺も彼女が木の枝に乗って逃げた時、そう思いました」

「木の枝? ヒロ、俺をからかっているんじゃないだろうな?」


 ベテランファイターの二人がそんな会話を交わしている間に、アイリスは訓練に戻った。

 訓練が終わり、フェザーをラックに戻そうとしているアイリスに棘のある言葉がぶつけられた。


「点数稼ぎかよ。胸くそ悪い」

「初日からこれか。俺たちはチームで動いてるのに」

「そうだよ。女なんだから大人しくしてろってんだ」

「ちゃんと救助専門の先輩がいるんだからさあ。出しゃばるなよ」


(じゃあ、あの人が落ちて大怪我してもいいっていうの?)


 アイリスは心で反論しながらも、聞こえないふりをした。初日から喧嘩をしたくない。


「あのまま落ちていたら大怪我をしていたじゃないですか。アイリスが助けたのを気に入らないなら、アイリスよりも先に助ければよかったんですよ」

「へえ、サイモン、お姫様を守る騎士気取りか?」

「そんなつもりじゃ」

「やめとけ、ジュール侯爵家に睨まれるぞ」

「そうそう、高位貴族に睨まれたら厄介だ。おい、あっちに行こうぜ」


 そんなやり取りの間にもラックにフェザーを戻しに近づいてくる訓練生が何人もいる。アイリスを気の毒そうに見ている者もいるが、大半の訓練生は「我関せず」という様子でフェザーを戻して去っていく。


「ありがとう、サイモン。私なら平気よ。あのくらいのこと、気にしないわ」

「僕が口を出したせいで余計に反感を買っちゃったかも。ごめんね、アイリス」

「ううん。謝らないで。助けてくれてありがとう」


 アイリスはサイモンに精一杯の笑顔を向けた。


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書籍『王空騎士団と救国の少女1・2巻』
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