25 クラスで注目の的
アイリスが王空騎士団の訓練場で腕前を披露した翌日。
国が手配した馬車で学院に向かうと、馬車を降りたところから既にチラチラとほかの生徒たちに視線を向けられる。なんとなく緊張してしまい、急いで教室へと入った。するとサイモンが遠慮のある表情で話しかけてきた。
「おはよう。アイリスは今日から養成所に通うの?」
「ええ。騎士団から昨夜遅くにうちに連絡が来て、そう決まったらしいわ。寮には入らないでいいんだって」
「そうか。それでアイリスはファイターになるつもりなの?」
「サイモン、その話は今ここでしなきゃだめかな」
教室のあちこちからアイリスとサイモンに視線が向けられている。視線の主は全員が貴族の生徒だ。
(貴族は噂を食べて生きているって父さんが言っていたけど、本当ね。私の能力が開花したこと、もう知られているみたい)
家族は今まで通りだと言ってくれたが、早くも教室では遠巻きに見物されている。どんな気持ちで自分を見物しているのだろうかと落ち着かなく思う。
「わかった。じゃあ、昼休みにいつもの場所でいい?」
「うん」
昼休み、アイリスとサイモンは屋上前の小部屋でお弁当を食べ始めた。
「昨日は驚いたよ。アイリスがあんなに飛べるなんて。一人で飛んでいたんだろう? なんであんなに上手く飛べるのか、わけがわからなかったよ」
「従弟が養成所の古い教本を持っていたの。それを読んで頭の中で想像して、少しずつ練習していたからかな」
「それだけであそこまで? 僕たち訓練生は下にファイターの救助役が控えているときしか飛んでないのに。訓練生だって、たまに落下することがあるんだよ? アイリスは落下したことはないんだね?」
「落下? ないわ。だって飛んでいるときはフェザーが身体に貼りつくでしょう?」
「でも、疲れ切ってしまうとフェザーは離れて落ちるよね?」
三時間や四時間飛んだぐらいでは疲れないアイリスは返事に困る。
「んー、そうかもしれないけど、フェザーがだめでも最悪の場合は……」
「最悪の場合は? なに?」
「ええと、今度見せるわね。いつも上手くいくかどうかははっきりしないから」
「ふうん。いつか必ずその秘密を教えてよ」
「秘密ではないわよ。養成所に入ったらそのうち見せることになると思う」
「そうか。楽しみにしてる」
微妙にぎこちない空気でお弁当を食べ終えて教室に戻ると、サラがワクワクした表情を隠さずに近づいて来る。そして声を潜めることなく陽気に話しかけてきた。
「ねえアイリス、あなたが能力を開花したって父から聞いたんだけど」
「あ、うん、サラ、その話はここじゃないほうがいいかな」
「なんで? すばらしいことじゃない? 私、アイリスにお祝いを言いたくて、昨夜はワクワクして眠れなかったわ!」
「お祝い?」
「そうよ! 女の子で飛翔能力が開花するなんて、すっごいことだもの。うちの父さんも兄さんも『お前の友人なのか。すごい人と友人なんだな』って驚いてた。母さんはアイリスをまたうちに連れておいでって。お祝いの美味しいお茶菓子を用意しておくって言っていたわ」
思いがけないサラの言葉に、アイリスは思わずサラに抱きついた。
「ありがとうサラ。サラはこれからも私の友達でいてくれるのね?」
「当たり前でしょう? アイリスは自慢の友人です! それで、養成所に入るの?」
「家から通うの。養成所の寮には入らないでいいらしいわ」
「よかったわね。アイリスが訓練を受けてるとこ、見学できないかなあ。私、ファイターが空の高い場所を飛んでいるのは見たことあるけど、自分の友人が飛ぶところを見てみたい!」
「見学できると思うよ」
サイモンの声がして、サラが嬉しそうな顔になった。
「サイモン、ほんと? どうすればいいの?」
「養成所の訓練の見学は、当日でもいいんだ。申し込んで許可が出ればいつでも見学できることになってる」
「わ、嬉しい。じゃあ今日早速見学に行くわ。いい? アイリス」
「私はいいけど、許可が出るといいわね」
そこまでしゃべったところで、今まで口を利いたこともないクラスの女子たちがジリッと寄ってきた。
「アイリス、私たちも見学に行っていいかしら」
「え? 私が飛ぶところを見るの?」
「ええ。今までは養成所を見学したくても、場違いかなって遠慮していたの。でも同じクラスのアイリスとサイモンが飛ぶ練習をするのなら、見学に行ってもおかしくないもの」
「私はかまわないけど、今日は許可が出るかどうか、わからないわよ?」
「だめなら諦めるわ。じゃあ、サラと一緒に行ってもいいかしら?」
「ええ、どうぞ」
「嬉しい! 能力者の訓練を近くで見ることなんて、滅多にないことだもの」
「そ、そうよね」
その女生徒の友人たちも同行するつもりらしく、小躍りして喜んでいる。その意外な反応にアイリスが戸惑っていると、そのやり取りを遠巻きに見ていた男子たちも会話に入ってきた。
「アイリス、僕も行きたい」
「僕も」
「僕だって見に行きたいよ。養成所の訓練なんて一度も見たことがないからね」
「来いよ。僕が受付と団長さんに話をしておくよ」
「サイモン! いいのかい? やった!」
するとさらに外側にいた男子や女子たちが悔しそうな顔で「今日は用事があって行けない。いいなあ。行きたかったよ」と言い出した。それを聞いたサイモンが笑いながら声をかける。
「他の日にも来ればいいよ。僕たちみたいな訓練生の練習より、ファイターたちの訓練を見るといい。トップファイターの人たちなんて、もう、惚れ惚れするほど美しく飛んでいるからね」
その場にいた全員が「わっ!」とはしゃぎ、「次はいつがいい?」と音頭を取る生徒が現れて、見学の申し込みの日を相談し始めた。
「今日行く人たちは、どんなだったか明日教えてくれよ」
「私も聞きたい。しっかり見てきてね」
ついさっきまでは貴族と平民の間に目に見えない壁があった。そんな生徒たちが一気にまとまっていく様子に、アイリスは呆気にとられてしまう。
「よかった」
「なにが?」
「私、女だし十五歳にもなって能力が開花したでしょ? 変人扱いされるんじゃないかってずっと不安だったの」
「はああ?」
サラが少々品のない声を出して呆れている。
「あのね、アイリス。飛翔能力者は国の宝なのよ? ファイターたちがいなかったら、襲われて食べられちゃう人が出てくるんだから。それを守ってくれているのがファイターじゃないの。胸を張って威張っていいわよ。なんで不安になるかな! アイリスはアイリスでも『すごいアイリス』なんだからね!」
「すごいアイリスって」
思わず笑い出したアイリスを、サイモンが優しい顔で見る。気がつくと、他のみんなも笑っている。
(なんだ、あんなに不安がらなくてもよかったのね)
急に元気が出て、これから向かう訓練にも前向きに取り組める! と明るい気持ちになった。
「アイリスは馬車で行くの?」
「あっ、うん。今朝から護衛がついたの。なんだか大げさよね。サイモンも一緒に乗らない?」
「いや、僕は走って行くから。それも訓練のうちさ」
サイモンとは校門で別れ、アイリスが馬車で養成所に向かっていると、同乗している護衛のテオが、遠慮がちに助言してきた。
「アイリス様、もし養成所で誰かに意地悪されたら、すぐに監督する人に伝えてください。我慢しちゃだめですからね」
「意地悪? されるんですか?」
「とにかくお怪我のないように気をつけてください。アイリス様をお守りするのが私の役目ですが、訓練場では端で見ていることしか許されませんので」
「わかりました。でもトップファイターのヒロさんもケインさんも、サイモンだって優しいんですもの、心配はいらないと思いますけど」
テオは「だといいのですけどね」と心配顔でアイリスを養成所へと送り出した。





