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24 重鎮たちの会議と犬 

 王城の会議室で、軍務大臣のダニエルが「信じがたい」という顏で王空騎士団長ウィルに問う。


「それは本当か」

「はい。アイリス・リトラーは十五歳で飛翔能力が開花し、本人は家族にも言い出せないまま夜間一人で飛んでいたそうです」

「十五歳か。まるで聖アンジェリーナのようだな。それで能力は?」

「とんでもなく高い能力の持ち主でした。トップファイターのヒロが手本を示し、直後に真似をさせたところ、練習なしでヒロの上を行く飛びっぷりでした」

 会議室が静まり返った。

 王空騎士団は役目の特殊性から、軍の指示を受けずに独自に動いている。だが騎士団長のウィルは、軍務大臣のダニエルを常に立てる気配りを忘れない。『王空騎士団と軍部が対立しても、いいことなどなにもない』というのがウィルの考えだ。

全員が沈黙する中で、最初に声を出したのは再び軍務大臣のダニエル。


「開花したばかりでトップファイターの上を行く? まさか」

「本当です。ただ、巨大鳥ダリオンに対峙したことがまだありませんので『飛翔技術のお手本の上を行った』というだけですが」

「だとしても信じがたい。一度飛ぶ様子を見たいものだ」

「ぜひご覧になってください」


 それまで黙っていたヴァランタン・グラスフィールド国王が顎をさすりながら口を開いた。


「ウィル、それほど優秀な少女ならば、養成所に入れるのは考えものだな。他の少年たちと同じ扱いをするわけにはいかないのでは?」

「はい、陛下。養成所には女子用の風呂もトイレも更衣室もありませんので、入所させるのであれば早急にその辺を配慮する必要があります。ですが、私はそれより……」

「よい。なんでも申してみよ」

「はっ。国中から集まってきた飛翔能力者の少年たちの中に、少女を一人だけ参加させるのは不安があります。彼女の能力は並外れています。一緒に生活させれば、必ずや彼女と少年たちの間に強い軋轢が生まれましょう。少年たちのためにも彼女のためにも、アイリス・リトラーは自宅から通わせるほうが安全だと思います。今後、彼女は多くの人間に注目されるでしょうから、家と学院、養成所の間は護衛をつけるつもりです」


 軍務大臣のダニエルがすかさずそれに同意した。


「陛下、あの年頃の少年は精神的に未熟で不安定です。私も自宅から通わせることに賛成です。アイリスに限らず、貴重な飛翔能力者がくだらないことで動揺したり怪我をされたりしては困ります」


 軍務大臣ダニエルの意見で流れが決まった。

 アイリスは飛翔能力者として登録されるものの、王空騎士団の養成所には自宅から通うことになった。

 しかし会議の参加者が一番気にしていたのはそこではない。皆が頭に浮かんでいながら口に出さないでいることをヴァランタン国王が質問する。


「ウィル、君はあの伝説を信じているか?」

「『特別な巨大鳥ダリオンが生まれるとき、特別な能力者もまた誕生する』でしょうか? 場合によっては逆の言い方をしますね」

「そうだ、その伝説だ」

「陛下、私はその伝説を信じております。千年を超える過去からの言い伝えが今まで途絶えずに伝え継がれてきたのには、必ず理由があるはずです。特別な能力者が誕生するのは七百年ぶりです。王空騎士団はどんな事態が起きても対応できるよう、アイリスの安全への備えを万全にいたします」

「うむ。そうしてくれ。六十年前に巨大鳥ダリオンを討伐しようとした時は、特別な巨大鳥ダリオンがいなくてもあんな結果になったのだ。同じ失敗は絶対に避けなければならない」


 参加者たちがそう聞いて思い浮かべるのは、六十年前の悲惨な『討伐隊壊滅事件』だ。

巨大鳥ダリオンにわざわざ餌をくれてやる必要はない」という貴族たちの声が大きくなった結果、王空騎士団に軍隊が加わった『巨大鳥ダリオン討伐隊』が出動した。その結果、討伐隊は壊滅的な被害を受けた。


 王家が管理している書庫には、当時の記録がある。

『リーダー格の巨大鳥ダリオンに的を絞り、三人がかりで操作する巨大な強弓を使用した。極太の矢が巨大鳥ダリオンを貫いた直後、全ての巨大鳥ダリオンが攻撃的になった』

巨大鳥ダリオンたちは一羽残らず討伐隊に襲いかかり、ほぼ全員を連れ去ってしまった』

『討伐隊は剣や弓矢で抵抗したものの、成果はなかった』

『連れ去られずに残ったのはわずか二名。その二人も腹や背中が引き裂かれていて、数時間後には息を引き取った』

『王空騎士団は貴重なファイター全員を、王国軍は討伐隊に参加した軍人を全員失い、翌年は急遽、訓練生たちが予定より早くファイターに繰り上がった。引退したはずのファイターも駆り出された』

 この記録を読むことができる者はごく少数。ウィルとダニエルはそれを読んでいる。


 軍務大臣のダニエルが苦い顔で意見を述べる。


「壊滅事件以降は巨大鳥ダリオンの討伐案は出なくなりました。しかし今の国民はその事件を知らない世代ばかりです。近年再び巨大鳥ダリオン討伐の意見が水面下でささやかれ始めていますが、その手の意見を放置しているのは危険です。『軍も騎士団も腰抜けよ』という風潮が広がれば、国家に対する反乱の火種になりかねません」

「その件については、もう少し市井の意見を調査してから策を練ろう。民の声を無視するのは危険だ。本日はアイリス・リトラーの登録ということでいったん会議を閉じる」


 国王の意見で会議は終了した。

 この会議には国王ヴァランタン、宰相、王空騎士団長ウィル、軍務大臣ダニエルの他に記録係の文官二人。合計六人だけが参加していた。にもかかわらず、翌日の夜には王都に屋敷を構える貴族や軍の重鎮たちの間に『聖アンジェリーナの再来を思わせる、とんでもない能力の少女が現れた』という噂が広まっていた。


     ※・・・※・・・※


 王空騎士団の談話室でヒロとマイケルがひそひそと言葉を交わしている。他に人はいない。

 マイケルはファイターの中でも最年少の十八歳。侯爵家出身で、美しい容貌と優れた飛翔能力の持ち主だ。養成所を卒業してすぐにトップファイターに指名された逸材である。


「今日は驚きましたよ。僕、ヒロさんに話を聞いたときにはまさかあそこまでとは思っていませんでした」

「マイケル、彼女は明日から養成所で皆と一緒に練習を始める。お前に頼みたいことがあるんだが」

「ヒロさんの頼み? 珍しいですね。お姫様の子守りとか?」

「他の連中の言動に不穏な動きがないか、注意してほしい。万が一彼女に危害を加えそうな話を耳にしたら、俺に教えてほしいんだ」

「ええ? 俺に犬になれって? 嫌ですよ」

「俺がきっかけでアイリスが登録されることになった以上、俺には責任がある。知らん顔をしたくないんだ。だが俺がいては若いファイターたちは本音を言わないだろう。マイケル、頼む」


 マイケルは迷惑そうな顔で考え込んでいたが、ヒロには普段からなにかと世話になっている。街の美味しい店はたいていヒロに教わり、ご馳走もしてもらっている。マイケルは渋々引き受けることにした。


「わかりました。じゃあ、あのソースを五本で手を打ちますよ」

「あれを五本? 三本でどうだ? あれは俺でもなかなか手に入らないんだよ」

「五本じゃないと嫌です」

「四本」

「五本。犬になれって言うならそのくらいいいでしょ?」

「ああ、ああ、もう。わかったよ」

「やった! じゃ、犬の役目を頑張りますね。ワンッ!」


 マイケルはスキップしながら立ち去った。それを見送るヒロは「高くついたなあ」とぼやく。

 取引に使われたソースはヒロが個人で他国から輸入している母国のソース。アチェンと言う海のイガグリのような生き物の卵巣が溶かし込まれている瓶入りの黒いソースで、塩加減、甘さ、濃厚な磯の香りが癖になる美味しいソースだ。ヒロは魚に合うと思うが、マイケルは肉にも魚にも火を通した野菜にも合うと言う。アチェンソースは二人の大好物だ。

 好物の味を五本も手に入れることに成功したマイケルは、ご機嫌で歩いている途中で呼び止められた。


「マイケルさん、ちょっといいですか」

「うん? 君は誰だったかな」

「訓練生のマリオです。今日のことで聞きたいことがあります」

「いいよ。なにかな」


 連れて行かれたのは養成所の食堂。そこには八人の訓練生たちが硬い顔で集まっていた。


「話は手短に頼むね。僕、忙しいんだ」

「では、俺から質問させてください。今日飛んだあの女の子、養成所に入るんですか?」

「さあ? 僕は知らない。養成所に入るかどうかはわからないけど、いずれ王空騎士団に所属することは間違いないと思うよ。マリオは気に入らないのかい?」

「王空騎士団に女が入ってくるなんて、俺は納得いかないです」

「あれだけ飛べるのに? 納得いかない理由を教えてくれる?」

「俺たちは国民を巨大鳥ダリオンから守るために訓練しています。なのに女なんて! 役に立たないに決まっていますよ」

「やってみなきゃわからないと思うけど」

「わかります! 巨大鳥ダリオンの前で泣いたり騒いだりして足を引っ張るに決まっています」

「ふうん」


 マイケルは(さっそくこれか)とヒロの考えが当たっていることに苦笑した。


「彼女がファイターになるのはまだ先なんだから、今からそんな心配をする必要があるかなあ。一年に四人か五人しか現れない能力者が新たに一人現れたんだ、広い心で受け入れればいいと思うけど?」

「マイケルさんは同期じゃないからそんなことが言えるんですよ。俺たちはあの女と一緒に飛ぶことになるんです。嫌ですよ、女に足を引っ張られるなんて」

「なるほどね。マリオの言い分も一理あるな」


 マリオとその仲間たちの顔が明るくなった。


「じゃあ、僕から団長にマリオたちがそう言ってましたって報告しておくよ」

「なっ! だめですよ。そんなことしたら俺たちが怒られる」

「おや? では君たちは僕になにを望んでいるのかな?」

「マイケルさん、あの女が諦めて養成所を辞めるように、はっきり言葉で言ってやってください。他の能力者の迷惑だって。マイケルさんは貴族だし、トップファイ……」

「それは嫌だね」

「マイケルさん!」

「僕は彼女の能力を認めている。あれはすごい能力だよ。僕がやるべきことは彼女以上に腕を上げることであって、負け犬の連れションにつき合うことじゃない。僕は優しいから、君たちの話は聞かなかったことにしてあげる」


 マリオたちはあからさまに不服そうな顔になった。


「君たちが言っていること、やろうとしていることは国の判断に逆らうことだ。やめときな。国はアイリスをファイターにするつもりなんだ。その国に逆らうことがどういうことか、僕は知っている。彼女に何かしたら、罰を受けるのは君たちだけじゃないぞ。君たちの親まで罰せられる。いいかいマリオ、僕は忠告してあげたからね。じゃ、忙しいからこれで失礼する」


 マイケルは華やかな笑顔をつくり、さっさと食堂を出た。

 残されたマリオ達は沈黙したままその背中を見送った。


先日寝ぼけているときにアイリスの開花日・学院開始日を5月から10月に書き換え、あとで(それじゃ齟齬が出る)と気づいて再び5月に戻しました。ごめんなさい、ポンコツで。

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書籍『王空騎士団と救国の少女1・2巻』
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