18 素早い訪問
フェザーを取り上げられた翌日。今日はオリバーが来る日だ。
ここのところオリバーは「忙しいから」と五日ほど来なかったが、昨日のうちに使用人が知らせを持って来た。
(ファイターに見つかったと言ったら、オリバーは怒るんだろうな。『だから言ったのに』って)
そう思いつつ、嘘をつく気力もないアイリスは、訪問してきたオリバーにあの夜のことを全て話した。
「だから言ったのに! なんなの? 馬鹿なの? ファイターに一回見つかっているのにまた行くなんて信じられない! どうするのさ。特注のフェザーなんて、全部記録されているんだから、すぐにこの家のことがばれる。絶対ここに来るよ? 王空騎士団の偉い人が来る!」
「でしょうね。やっちゃったことはもう、どうにもならないわよ。そんなに怒らないで。私にたどり着いたとしても、王空騎士団の人に殺されることはないでしょうから」
オリバーは右手で両目を覆い、「はぁぁぁ」とため息をついている。
金色の髪に青い瞳。細身だが背が高い。顔だって整っている。貴族の令息で頭がよくて、普通ならご令嬢たちが群がり寄って来そうな少年だ。
だが現実はそうではない。
「世の中って、そう甘くはないわね」
「そうだよ! 甘くないよ!」
「オリバーは頭が良すぎて、ちょっと不幸じゃない? 普通じゃないのって大変そうよね」
怒り顔のオリバーが、瞬時にあきれ顔になる。
「この期に及んで僕のことかよ! だいたいね、僕は不幸じゃない。やりたいことがたくさんあって充実しているさ。そんなことより今は、アイリスのことをどうしたらいいか考えるべきだろう?」
「そうね。今日、聖アンジェリーナのことを勉強したの。私は巨大鳥とは戦えないし、聖アンジェリーナほど役にも立たないだろうけど、飛べることで誰かの役に立てるなら、それもいいかなって少しずつ思い始めたとこ。ちょこっとだけなら役に立ちたい。手紙の配達とかしたら喜ばれそうじゃない? どう思う?」
向かい合って座っていたオリバーが、再び呆れた顔になる。
「どうやったらそんなに楽観視できるんだろう。とんでもなく貴重な女性の飛翔能力者に手紙の配達なんてさせるわけがないよ。アイリスはさ、聖アンジェリーナの死因を知らないからそんなことを言っていられるんだよ!」
「思わぬ怪我が原因で亡くなったんでしょ? 子供の頃に絵本で読んだわ」
「表向きはね。本当は巨大鳥に体の一部を食われたんだ」
「……嘘よ」
「ほんとだよ。国は隠しているけどね」
「じゃあなんでオリバーが知っているわけ?」
「王城の図書館で読んだ。閲覧制限の部屋にあると思って探したら、案の定あったんだ」
「閲覧制限の部屋って……」
「司書には、彼が以前から読みたがっていた我が家秘蔵の本を貸して目をつぶってもらった。でも、いつどこで巨大鳥に食われたかは書いてなかったな。いや、そうじゃなくて! アイリス、能力を知られたら王空騎士団に入れられるよ。ファイターにさせられるんだよ。王空騎士団に入るってことは、巨大鳥と戦うということだよ?」
(オリバーはいつだって正しいことを一番言われたくない表現で言う。『体の一部を喰われた』だなんて、今の私には一番嫌な表現なのに。そんなだから同年代の友人ができないんじゃないかしら)
アイリスは従弟の整った顔を見ながら残念な気持ちになる。
「オリバー、落ち着いて。なんとかするから」
「アイリスの頭でなんとかする方法を思いつくの?」
「どうしていつもそういう言い方をするの?」
オリバーの言葉選びについて、『あまりに無神経じゃない?』と、今日こそはっきり注意をしてやろうと意気込んだ。そこで猛烈なノックの連打音。二人は互いの顔を見合わせた。
「はい! 今開けます!」
アイリスがカチャリと鍵を回すのと同時にドアがバッと開かれ、引きつった顔の父がそこにいた。
「アイリスにお客様だ。王空騎士団のファイターが二人もだよ。アイリスはいつの間にファイターの知り合いを作ったんだい?」
「もう? ……じゃなくて、その方たちは今どこに?」
父の後ろから黒髪の男性が二人、ニュッと顔を出した。一人は細身、一人は大柄。捕まったときは慌てていたから顔は覚えていないが、あのファイターたちに間違いない。
「アイリスさん、久しぶりだね。お借りしたフェザーを返しに来たよ」
「返すのが遅くなってごめんね。美しいフェザーを貸してくれてありがとう。お礼に白バラ菓子店の焼き菓子を買ってきたよ」
大柄なほうのファイターが下手くそな愛想笑いを浮かべ、細身のほうが人気菓子店の包みを掲げた。ハリーが二人に恐縮した様子で話しかける。
「今、妻も挨拶に参りますので」
「いえ。自分たちはフェザーを返しがてら、アイリスさんに挨拶をしたかっただけです。すぐに帰りますからご心配なく」
「そうですか。アイリス、フェザーを持ち出したのかい?」
「ごめんなさい、お父さん。ええと、その…」
「ではちょっとだけおじゃまします。少々、お嬢さんと話がしたいので」
二人のファイターはどんどん部屋に入って来る。
この国では能力者の身分がどうであれ、王空騎士団員に対しては貴族扱いが礼儀だ。だからハリーは頭を下げてそのまま引き返して行く。オリバーは固まったまま立っている。
ケインがヒロに話しかけた。
「ヒロさん、こういうときはドアを開けておくものですか?」
「閉めていいだろ。四人だし」
ヒロはそう言うなりドアを閉めてしまった。
「さてお嬢さん、昨夜は失礼したね。俺はヒロ。トップファイターだ」
「わ!」
「俺はケイン。網で捕まえたりして悪かった。同じくトップファイターだ」
「わわ!」
「わ」とか「わわ」とか言っているのはオリバー。アイリスは硬い表情で会釈するだけにした。
「特注のフェザーを作っている商会に尋ねたら、すぐこの家がわかったよ」
そう言ってヒロは優し気に笑う。二人のファイターは「さあ、次はお前さんが自己紹介する番だ」と言うようにアイリスを見つめている。





