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16 ベテランファイターの驚き 

 その夜は待てど暮らせど少女は現れなかった。

 だから毎晩、ヒロとケインは目立たぬように宿舎から夜の空へと出かけている。宿舎を出るときも戻る時も、二人は時間をずらして動いた。


 雨が降らない限り巨大鳥ダリオンの森の上空で、浮かんだまま少女を待つ。

 そんな日が十日過ぎたある夜。


「来たっ!」


 ヒロが小声でケインに知らせたが、ケインはもう気づいていた。首と指の関節をコキコキ鳴らしながら全身をゆるく揺らしてほぐしている。


「ケイン、相手は少女だ。巨大鳥ダリオンじゃないからな」

「わかってますよ。武者震いしているだけです」

「まずは好きなだけ飛ばせてやろう。捕まえるなら疲れさせてからの方がいい」

「相手は巨大鳥ダリオンじゃないんですよ、ヒロさん。少女ですからね」

一般の兵士は紺色の制服だ。

 ケインにやり込められたヒロが苦笑する。

 二人が上空から見守っていることに気づかず、少女は一人で飛び回っていた。猛烈な速度でジグザグに飛び、縦回転を連続五回。

 両腕を横にまっすぐ伸ばして足を揃えて立ち、髪をなびかせながら飛ぶ。


「あれ、目ぇ閉じて飛んでるな」

「能力者なら一度は必ずやりたくなりますよね。じゃ、俺が先に行きます」

「ああ、頼む」


 ケインは大回りして森の方に向かう。上空からヒロが見守っていると、少女が急上昇してきた。

(よしよし、そのままこっちに来い)

 ヒロは逃げ足の速い子猫を待ち構えているような気分だ。前回はまんまと逃げられたが、今回はケインがいる。挟み撃ちにする作戦だ。

(ベテランファイターに同じ手は使えないぞ)


 少女は急上昇している途中でヒロに気づいたらしい。

 ものすごい勢いで宙返りをしてからフェザーに伏せ、前回と同じように猛スピードで逃げ始めた。

(ふふふ。そうだ、逃げろ逃げろ)

 ヒロが追跡役。ケインは速度で少女に負けると判断して、森の中で待ち伏せ役だ。


 少女は恐るべき速度で森に突っ込もうとしていたが、再び急停止しようとした。だがあまりに速く飛んでいたせいでピタリと止まることができず、ゆるゆるゆる……という減速状態になった。

 少女が停止したのは森の中からケインが飛び出してきたからだ。


 下から少女目指して上昇してきたケインは網を持っている。すれ違いざまに少女に網をかけ、網の紐を引きながら上昇する。少女はフェザーごとすっぽりと絡め捕られた。


「きゃぁぁっ!」


 少女は悲鳴を上げ、網の中で暴れている。ケインは意識して優しい声で話しかけた。


「暴れないでくれよ。俺が網を落としたら落ちて死ぬぞ。だから動かないで」

「なんでっ? なんで捕まえるんですかっ!」

「ごめんごめん。おじさんたちは君と話がしたいんだ。今下ろすからじっとしていてくれ」


 ヒロが駆けつけ、網が絞られた部分をつかんだ。もし少女が暴れても網を取り落とさないよう、用心して飛んでいる。

 ゆっくりと三人は地面に下りた。

 そっと網の口を広げながら、ケインが素早く少女のフェザーを取り上げる。

 乱れた髪が顔にかかっているのを指先で払いつつ、少女が立ち上がる。


 月の光を受けて金色の髪がキラキラ輝いている。着ている服は厚手のズボンとシャツ、革の上着。革製の編み上げ短靴。服装からすると、平民のようだ。

 それを確認しながらヒロが話しかけた。


「乱暴なことをして悪かった。君と話がしたいんだ。でも君は逃げるから。仕方なくこんな手段を使わせてもらった」

「話ってなんですか」

「君、名前は? 思ったより大きいな。何歳? 判定試験を受けなかったの?」


 少女は答えない。視線を地面に走らせているが、フェザーはケインが持っている。

 少女が突然身をひるがえして走り出した。ケインもヒロも苦笑する。走って逃げたところで、フェザーに乗った自分たちから逃げられるわけがないのだ。

 しかし。


「うそぉっ!」


 ケインが叫ぶ。ヒロは慌ててフェザーに飛び乗った。

 少女がその辺に落ちていた短い枝に飛び乗り、信じられないスピードで飛んで逃げていく。


     ※・・・※・・・※


 真夜中。

 アイリスはベッドのなかで悶々としている。

 頭まですっぽり布団をかぶり、身体を丸めて独り言を繰り返している。


「どうしよう。フェザーを取られた。顔も見られた。私が誰だかわかっちゃう。フェザーを作った商会を調べれば、絶対に私にたどり着くわよ。どうしよう、どうしよう、どうしようっ!」


「ファイターになれ」と言われたらと思うと恐ろしい。

 今、アイリスの心をギシギシと締めつけてくるのは、巨大鳥ダリオンに襲われた日の記憶だ。

 とんでもなく大きな肉食の鳥。大きなくちばし、黒く真ん丸な瞳、口のなかで別の生き物のように動いていた肉厚の真っ赤な舌。


 それらの記憶が頭の中に繰り返し浮かんでくる。

 オリバーには「見つかったら厄介だから外を飛んじゃだめだからね」と言われていたが、我慢なんかできなかった。広い空を飛びたくて飛びたくて、「少しだけ」と一度飛んだらもう歯止めが利かなくなった。


 毎晩のように部屋を抜け出して思いっきり夜空を飛ぶのは、信じられないほど気持ち良かったし楽しかった。

(これを我慢するなんて無理)と飛びながら思った。

 だがそれをオリバーにわかってもらうことも無理だとわかっている。自分だって実際に空を飛ぶまでは、あれほどの高揚感と幸福感を感じるなんて知らなかった。飛んだ経験がないオリバーにどれほど言葉を費やしたとしても、あの幸せな気持ちを説明できる気がしない。


 なかなか眠れず、外が明るくなるころにやっと眠りに落ちた。だがすぐ、母に容赦なく起こされる。


「アイリス、起きなさい。時間ですよ。あら? なあに、この汚い木の枝は」

「あっ。それは外に落ちていたやつで、その、」

「もう、十五にもなってこんなものをお部屋に持ち込んで。さあさあ、学院に遅れますよ」


 仕方なく起き上がり、ぼうっとしたまま着替えた。リトラー家は必ず全員で朝食を食べるから、アイリスが遅れればみんなを待たせることになる。

 その日の朝食はさすがにあまり食べられなかった。心配する両親に「遅くまで本を読んでいたの」と言い訳をして、フォード学院に向かった。ルビーがアイリスの顔を覗き込んで話しかけてきた。


「アイリス、具合が悪いの? 顔色が良くないわ」

「眠いだけ。大丈夫よ、ルビーお姉ちゃん」

「具合が悪くなったら、我慢せずに早めに家に帰るのよ?」

「うん。ありがとう」


 心配してくれる優しい姉に隠し事をしているのが心苦しい。

 教室に入り、自分の席に向かう間も落ち着かない。サイモンと視線を合わせるのにも緊張する。アイリスはサイモンが取り上げられた自分のフェザーを見ていないことを祈った。


「おはよう、アイリス」

「お、おっ、おはよう、サイモン」


 どうやらサイモンは何も知らない様子だ。ホッとしながら下を向いたまま席に座り、一時間目の授業の準備をする。一時間目は数学だ。

 教師がやってきて授業を始めた。集中しようとしても、今朝は教師の声が全く頭に入ってこない。


「と、いうことで、ここはこの公式を使って計算すればこの答えを導くことができます。はい、本日の授業はここまで。質問はありますか?」


 先生は質問がないのを確認して教科書を閉じ、教室を出て行った。アイリスは小さくため息をついて、(この先どうなるのだろう)と落ち込んでいる。



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書籍『王空騎士団と救国の少女1・2巻』
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