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14 トップファイター ヒロ 

 王空騎士団のトップファイターの一人、ヒロは、三日月の浮かぶ空を飛んでいた。

 夕食を食べ終え、騎士団員たちがそれぞれにくつろいでいる夜更け。六月の終わりになると、遅い時間に夜空を高く飛んでもさほど寒くはない。

 巨大鳥ダリオンの群れが若鳥を連れてこの国に立ち寄る九月の下旬まで、この王都は平和だ。


「来年からは、なにをして暮らそうか」


 ヒロは三十七歳。特別な事情がない限り、あと一年でファイターは引退だ。

 救助専門のマザーを操るマスターになる手もあるが、あまり気乗りがしない。このまま国に雇われて他の仕事に就く手もあるし、そうしている者も多い。だがヒロは、ファイターとして巨大鳥ダリオンと向かい合う瞬間の、『下手をすれば即食われる』というヒリヒリした瞬間が好きなのだ。そう考えているファイターは、案外多い。


 意識を上に向け、フェザーと共にどんどん上昇した。

 上空から街を見下ろす。

 はるか下にある家々から漏れる窓の明かりが、星空のように見える。無数の小さなあかりが作り出す王都の夜景が美しい。


 空中で大きく縦に一回転し、浮遊感を楽しむ。

(そろそろ戻るか。風呂の時間が終わっちまう)

 ひと呼吸置いてから大きな円をもう一度空中で描いた。満足して王空騎士団の宿舎に戻ろうとしたときだ。

 視界の端で何か動く物があった。

 瞬時に急上昇したのは、高い位置から対象を確認するため。身体に染み込んだファイターの習慣だ。


「は?」


 ヒロの視力は非常に良い。

 子どもの頃から遠くの対象を見定める訓練をし続けてきた結果、一般の人間の何倍も遠くの物を見分けることができる。三十七歳の今も、それは衰えていない。それに加えてヒロは夜目も利く。

 その自慢の目があり得ない姿を捉えた。


「子供?」


 王空騎士団員に比べたらかなり小柄な体格。百名弱の騎士団員なら全員知っているから、騎士団員でないのは間違いない。


「訓練生か?」


 だが十歳以上の飛翔能力者は、養成所で厳しく行動を管理されている。若き能力者は国の宝なのだ。

 こんな時間にふらふら空を飛んでいることなど、まずない。ならば今飛んでいるのは、十歳にならない子供ということになる。


「十歳以下には見えないな。それにしてもあんな高さまで独りで飛んで、力が尽きたら落ちて死ぬぞ」


 ヒロは急降下してその能力者に近づこうとした。が、途中でフェザーを急停止させる。

 短いフェザーに乗っているその子が腕を後頭部に回してなにかしていると思ったら、突然長い髪が現れた。


 弱い月明りの中で、明るい色の長い髪が夜風に吹かれてキラキラと光っている。その能力者は寸足らずのフェザーの上にすっくと立ち、両腕を真横に伸ばした。髪をなびかせ、結構な速さで飛びながら楽しそうに笑い声をあげた。


「……嘘だろ」


 その声は声変わり前の少年の声とは違う。間違いなく少女の声だ。長い髪の少女。そんな能力者の話は聞いていない。

 そもそも女性は飛べないはずだ。

 もう少し近づいて顔を見てやろうと思っていたら、その少女が横に腕を伸ばした直立の姿勢のまま、ヒロのように空中で大きく縦回転をした。


 上下逆さになる縦回転は、かなりのスピードと勇気を必要とする技だ。養成所の生徒が最初にぶつかる壁と言われる技。

 少女はそれをやすやすとこなし、あろうことかそのまま休まずに続けて二回も回転した。初心者がやると上下の感覚を失い、混乱したまま落下することがあるのに。


「連続三回?」


 養成所で挑戦させるときは、訓練生が落下してもいいように、受け止め役を配置してからじゃないと挑戦させない危険な技だ。信じられない思いで見ていると、少女がこちらを見上げた。


「しまった」


 少女は素早くフェザーにうつ伏せになり、猛烈な速さでヒロから離れ始めた。

 少女の身が心配なのもあったが、「正体を知りたい」という好奇心に背中を押され、ヒロもフェザーにうつ伏せになって少女を追いかけた。


 少女は髪をヒラヒラと踊らせながら、猛烈な速さで飛んで逃げて行く。ヒロはファイターとしてデビューしてから二十年になるが、ここまで速い能力者は初めて見た。


 トップファイターの自分が全速力で追いかけているのに、少女との距離がじわじわと開いていく。


(ああくそっ。そんなスピードで飛ばすな! 落下するぞ!)


 高い能力を持つ子供ほど、己の能力を過信して落下する。飛翔に使う力が尽きて、突然落下するのだ。

 ヒロは少女が失神した場合に備え、地面に激突する前に拾い上げられる位置を目指した。だが、少女は落ちるどころか猛烈な速度を保ったまま森の方へと突っ込んでいく。

 ヒロは少女が木に激突して死ぬ場面を想像してしまう。


「やめろ! 止まれ!」


 後ろから大声で怒鳴ったが、声が聞こえているかどうか。

 あっという間に少女は森の中に突っ込んで、姿が見えなくなった。

 ヒロは冷や汗をかきながら森の中に入った。空よりもずっと暗い森の中を低速で飛びながら、少女が落ちて倒れていないか探し続ける。


 数時間がすぎた。森の中を探し続けたが、どこにも少女はいない。月の位置がだいぶ変わるまで捜した。疲れてきたし朝も近い。木にぶつからないようにしながら暗い森の中を捜すのも、そろそろ集中力の限界だ。


「これだけ探して見つからないんだから、落ちてはいないってことだよな? とんでもなく後味が悪いが……帰るか」


 自分独りで隅々まで探すには、森は広すぎる。ヒロは疲労感を抱えて騎士団の宿舎に向かった。


 王空騎士団の寮に戻ると、ガウン姿の若者が通路を歩いていた。


「ヒロさん、お帰りなさい。げっそりした顔をしていますよ」

「マイケル、俺はいよいよ引退したほうがいいかもしれん」

「どうしたんです? なにかあったんですか?」


 ヒロはロビーのソファーにドサッと腰を下ろし、長めの黒髪を手櫛ですいた。髪と同じ漆黒の瞳で、金髪のマイケルを見上げる。

 移民の息子から王空騎士団員になったヒロとは対極にいるマイケル。

 彼は高位貴族の令息だ。歳は十八歳。飛翔能力と技能の高さから、ファイターになってすぐに巨大鳥ダリオンに一番近い場所で働くトップファイターに選ばれた。


「マイケル、お前は能力の開花が早かったんだよな?」

「はい。二歳になる少し前ですね。夜に高熱、朝は平熱っていう開花熱を出したそうです。父がもしやと僕をフェザーに立たせたら、フェザーを浮かして飛んだそうですよ。ヘロヘロと、でしょうけどね」

「お前、縦回転はいつ頃できた? マザーも落下防止の網もマットもなしでだぞ」

「養成所以外の場所ってことですよね? 十三歳かな?」

「そんな早くか。ったく能力に恵まれている奴はこれだから。で、三回連続はいつできた?」

「三回転は十五歳で。あれは能力云々じゃなくて度胸と慣れですね。初めて三回目を回るときはさすがに緊張しました」


 ヒロがそこで黙り込んだ。


「縦の三回転がどうかしたんですか?」

「さっき、それを夜空で楽しんでいる子供を見た」

「子供って、何歳くらいです?」

「年は十歳より上に見えたんだが」

「それならまあ、いるかもしれませんね」

「……悪い、俺、寝るわ。長い時間飛び過ぎた」

「おやすみなさい」


 マイケルは怪訝な顔で先輩ファイターを見送った。心の中に違和感が残る。


「うん? 今のヒロさんの話、おかしいな。十歳より上に見える子供が縦の三回転? 深夜に?」


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書籍『王空騎士団と救国の少女1・2巻』
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