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13 飛ぶ練習はどんなことから

 サイモンはアイリスの質問に丁寧に答えている。


「でも、一人で毎日飛んで遊んでいたおかげで、『自分の飛翔能力の限界を知る』っていう養成所の最初の課題は、とっくに習得していたんだ。限界を知るのは最重要事項だよ。それをわからないまま巨大鳥ダリオンの前で飛べなくなったら、即、餌にされちゃうからね」

「そうよね、それだけは嫌よね。あの丸くて黒い目と真っ赤な口の中を思い出すだけで震えがくるわ」

「え? 実物を見たことあるの? 君が? いつどこで?」

「あまり人には言えないことなんだけど」


 アイリスはあの日ファイターを見物しようとして巨大鳥ダリオンに襲われた経験を話した。包み隠さず、細かいことまで全部。サイモンは無言で聞いている。


「ルビー姉さんはそれ以降、別人みたいにいい子になった。両親の言うことに逆らったりしなくなったわ」

「君はどうなったの?」

「私は……あの日助けてくれたファイターたちの姿が忘れられない。私を抱えて逃がしてくれた人も、空を飛び回って巨大鳥ダリオンを遠ざけてくれた人も。みんな神の使いみたいに素晴らしく美しかった」

「ふうん」


 サイモンは最後に残っていた刻み野菜を食べ終えてから、アイリスに尋ねた。


「君とお姉さんを助けて運んでくれたファイターって、どんな人? 五年前なら、まだ現役かもしれない」

「短く刈り上げた金髪で、緑の瞳で、たくましい体つきの人だったわ」

「あー……金髪で緑の瞳って、あの人しかいないな。そうかぁ。ふうぅん」

「知っているのね? なんていうお名前? あのあと、一家四人でお礼に行ったんだけど、王空騎士団の詰所の入り口で、対応に出た人にお礼の品を渡して終わっちゃったの。その人の名前は教えてもらえなかった。仕事だから当たり前です、って言われて。お礼だって、父さんがかなり強引に渡した感じ」


 サイモンは困ったような顔で笑うだけで、その人の名前は教えようとしない。アイリスも無理に聞き出すつもりはないので、深くは追及しなかった。それよりも、ファイターの初歩の練習方法を聞きたいのだ。

 ところが巨大鳥ダリオンに襲われたときの話をしていたせいで、昼休みがそこで終わってしまった。


「残念。もっといろいろ聞きたかったのに」

「明日もここで食べようか?」

「いいの?」

「僕はいいよ」

「じゃあ、また明日ね! ありがとう、サイモン。じゃ、私は先に行くね。敷物もありがとう」


 そう言ってアイリスが階段を駆け下りる。それを見送ったサイモンがつぶやいた。


「五年前の団長かぁ。そりゃ恰好よかっただろうな。一番能力が高かったときじゃないか? その頃の団長と比べられたら誰だって見劣りするなあ」


     ※・・・※・・・※


「ただいま、お母さん」

「お帰り。無事だったようね。すっかり元気そうだわ」

「うん、とても調子がいいの」

「アイリス、あなたの部屋でオリバーが待っているわよ。なんだか妙に神妙だったわ。喧嘩でもしたの?」

「喧嘩は……してない、けど」


 昨日は飛べたことに興奮してオリバーの家に押しかけ、研究と聞いて怖くなって帰って来た。研究が大好きなオリバーが来た目的は、聞かなくてもわかる気がする。また実験と研究の対象になる話だろうかと思いながら、アイリスは自分の部屋のドアを開けた。オリバーがアイリスの勉強机の椅子に座っている。

 アイリスは部屋に入らず、ドアを半開きのまま声をかけた。


「いらっしゃい、オリバー。この前は慌てて帰ってごめんね」

「それはいいんだ。アイリス、自分の部屋なんだからさっさと入って来てよ」

「う、うん」

「どうせ僕がアイリスを実験動物みたいに扱うんじゃないかって、疑っているんだろう?」

「さすが天才」

「やめてよ。それ、貴族の令息たちが僕を馬鹿にするときに使う言葉だ」

「あら、そうなの? 本当に天才なんだから気にしなければいいいのに。それで、実験じゃないならなに?」

「アイリスが飛ぶところを観察させて」


 アイリスは天才の従弟をしみじみと眺めた。それから部屋に入ってドアを閉めた。


「いいけど。オリバー、ひとつ聞いていい? この場合の実験と観察はどう違うの?」

「二つの言葉の定義を詳しく説明するの? いいけど、長くなるよ? まず実験とは、」

「ごめん。やっぱりいいわ。飛んで見せる」


 アイリスはまずフェザーで飛んで見せようとしたが、オリバーは首を振った。


「それはこの前見せてもらったからいい。違うのに乗って飛んで見せてよ」

「違うのって、なに?」

「そうだな、じゃあ、この机で」

「……この上に、裸足で立てと?」

「うん」

「私、お母さんに叩かれたことないけど、そんな姿を見られたら生まれて初めて叩かれると思う」

「気にしなくていい」

「私は気にするわよ! じゃあ、叩かれるときはオリバーが代わりに叩かれてよ」

「いいよ」

「もう! 息子でもないあなたをお母さんが叩くわけないじゃない」


(机で飛んでも美しくないし、そもそも机で飛ぶ意味ってなによ?)と思ったがこの天才少年を満足させるには、おとなしく言いなりになるのが一番手っ取り早い。学習済みだ。


「飛べないと思うわよ。これ、重いし」

「じゃあ、飛べないことを証明して見せて」

「……はいはい」


 早く終わらせたくてアイリスは裸足になり、机の上の物を全部床に置いてからよじ登って立つ。お行儀の悪さに緊張する。アイリスは膝を深く曲げて、グンッと伸び上がった。そして思わず間抜けな声が出てしまった。


「へっ?」


 机はアイリスを乗せて浮かび上がった。なぜか机の重さを全く感じない。


「机の重さを全然感じないの。なんでかしら」

「すごいな。そのまま前進してよ。回ったり、上がったり下りたりしてみて」

「わかった」


 木製の机は、アイリスの言うことを聞いて軽々と動き回る。そのうち扱い方に慣れてきて、だんだん高い位置まで浮かび上がることができるようになった。


「やだ、面白いわね。こんなに重いものでも飛べるのね」

「アイリス、疲れてない?」

「全然」

「じゃあさ、うつ伏せでも飛ばせるか試してくれる? ファイターたちは長距離を飛ぶときや高速で飛ぶときはうつ伏せらしいから。できるだろう?」

「足の裏をつけないで? できるかな」

 

 結果、うつ伏せでも机は飛ばせることがわかった。オリバーは大満足の様子。


「それにしても信じられないよ、アイリス」

「ほんとよね。机でも飛べるなんてね」

「違うって。能力開花からわずか一日のアイリスが、こんな重い物を飛ばせることさ。普通じゃあり得ないんだよ。本によると幼児期に開花した能力者は、最初はほんの一瞬フェザーを動かしただけで疲労困憊するらしいんだ」

「ヨチヨチ歩きの幼な子が能力を使うからすぐ疲れるんでしょう? 私は十五歳だもの」


 最初から重い物で飛べるのは当たり前だ、とアイリスは苦笑した。


「能力者の同級生が言っていたけど、養成所では自分の限界を知るところから訓練を始めるんだって」

「それだよ。アイリス、僕はこれから毎日通って、記録を取るよ。アイリスの限界を探っていこう」

「えっ」


(これはえらいことになったわ。でも、うんと言うまでオリバーは諦めないんだろうなぁ)


 重い机でも楽に飛べるアイリスを見て、オリバーは次に机に本を積んでから飛ばせた。くるくる回らせてみたり、細かく上下に動かすよう指示したり。


「もっと広い場所のほうがいいけど、大人に見つかるだろうからね。アイリス、ソファーでも飛べるか試してよ」


 オリバーは二時間を過ぎても続けたがったが、アイリスは「私には学院の勉強もあるし、商会の仕事のお手伝いもあるの!」ときっぱり断った。アイリスは腰に手を当てて困った顔で天才を見るが、オリバーはニコニコしている。


 天才は有言実行で、その日から毎日二時間、アイリスはオリバーの指示に従って『限界』を探る練習を続けた。オリバーはずっと記録を取っている。



 毎日能力の限界を探る練習。それは思いがけずアイリスを鍛えることになっていた。

 ただ、アイリスは二時間で力尽きることが一度もなかった。

 そんな日々がしばらく続いた。


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書籍『王空騎士団と救国の少女1・2巻』
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