12 実験?
13話の内容を先に公開してしまったことに気づき、10分後にこの回を差し込みました。
申し訳ございません。
「アイリスはどうしたいの? 空を飛べるようになりたいって、小さい頃からずっと言っていたよね?」
「うん。私は空を飛べればそれでいい。巨大鳥の前に出るのは無理よ。私とお姉ちゃんが襲われたことがあるのは、オリバーも知っているでしょ? 巨大鳥みたいな大きな肉食の鳥と向かい合うなんて、絶対に無理」
「それなら誰にも言わない方がいいよ。僕、鳥と魚の研究をしていたでしょ? 研究して考えたことをいろいろ実験したいんだよ。アイリスに能力が開花したのは助かる。実験と研究に協力してくれる?」
思っていたのとはかなり違う方向に話が進み、アイリスは困惑する。
アイリスはオリバーに「すごいな! 二人でこっそり空を飛んでみようよ」などと言われることを漠然と考えていた。
「実験てなに? 私はただ、楽しく空を飛びたいだけなんだけど」
「一人で飛ぶつもり? 人に知られないよう飛ぶなら夜だよね? 夜に落ちて骨折したらどうするのさ。落ちた場所に尖った物があってザックリ切ったりグサッと刺さったりするかもしれない。そんなことになったとしても、一人じゃ助けも呼べないだろう?」
ワクワクする楽しい話になると思って訪問したのに、大怪我や死ぬ話になっている。
「脅かさないでよ。でも、一人で飛ぶのは確かに危ないわね」
「そうだよ。だから僕の実験に……」
「オリバー、悪いけど私帰る。帰ってどうしたらいいか、よく考えてみる」
「えっ、もう帰るの? 僕なにか気に障ること言った?」
アイリスはオリバーに引き留められる前に素早く部屋を出た。
「実験」という言葉に自分が動物実験の対象になったみたいで怖くなった。たしかオリバーは魚や鳥の体の仕組みを調べるために解剖をしていなかったか。
(私でなにを実験するのよ。怖いって)
オリバーに引き留められないよう、廊下を走り、玄関に向かう。
玄関には庭の花を切って抱えている伯母が立っていた。
「あら、アイリス、来たばかりなのにもう帰るの?」
「伯母様、学校を休んでいたから勉強しなきゃいけないのを思い出しました。失礼いたします」
貴族風のお辞儀をして、スレーター家を出る。馬車に乗せてもらい、家に戻った。あまりに早く帰宅したアイリスを見て、母が驚いている。
「もう帰ってきたの?」
「休んだ分の勉強をしなくちゃいけないのを忘れていたの」
部屋に入り、一人になって、また悩む。
(飛べるようになったこと、誰に相談すればいい? 誰にも相談しないほうがいい?)
能力者のサイモンに全てを打ち明けたいが、彼は国の養成所の訓練生だ。サイモンに打ち明けて『秘密にしてくれ』と頼んだら、アイリスの秘密が知られたときに彼が罰を受けるかもしれない。
(それはだめ。サイモンに迷惑はかけられない)
自分の青いフェザーを眺めてため息をつく。ドアの鍵をかけ、何も考えずフェザーに乗り、床の上を滑るように動かした。
さっきまでの思い詰めた気持ちが、スッと消えていく。自分のフェザーにいっそう愛着を感じる。たった数時間でこのフェザーが相棒のように思えてきた。
二時間ほど室内で飛んだ。疲れを感じない。まだまだ飛べる。少しずつフェザーの扱いが上手くなっていくのも楽しい。前進、後退、回旋、上昇下降も拙いながらできるようになった。
「はぁぁぁ、なんて楽しいの! 決めたわ。とりあえずもっともっと上手に飛べるようになるまで、誰にも言わないことにする。私はフェザーで空を自由に飛びたいだけだもの」
そう決めたら気が楽になった。
その夜、アイリスは上機嫌で夕食の席に着いた。皆に回復を喜ばれながらモリモリと夕食を食べる。味がわかるし、とてもおなかが空いている。
翌日、学院に行くと真っ先にサラが駆け寄って来た。
「アイリス! もう具合はいいの? あなたの体調に気がつかなくてごめんなさいね」
「サラはなにも悪くないわ。あのときは自分でも具合が悪いことに気づかなかったんだから」
すぐに授業が始まり、アイリスは授業に集中した。とても体調が良く、頭もすっきりしている。
休み時間にサイモンが話しかけてきた。
「アイリス、具合は良さそうだね」
「ええ。快調よ。ノートをありがとう。とても助かりました」
「そう。ならよかった」
「サイモン、授業が終わったらすぐに養成所に行くのよね? 養成所の訓練のことで聞きたいことがあるの」
「昼休みじゃだめ? 養成所の訓練があるから、授業が終わったらすぐに帰らなきゃならないんだ。よかったらこの校舎の一番上の部屋でお昼を食べない? 狭くて何もない場所だけど誰も来なくて落ち着くんだ」
「どんな場所でも平気よ。じゃあ、またそのときにね」
サイモンは飛翔能力者であることが知られているから、男女を問わず注目の的だ。今もアイリスと少し会話したところで男子のグループに呼ばれて行ってしまった。
昼休みになった。
アイリスはサラや他の友人に誘われる前にと、お弁当を持って素早く教室を抜け出す。
あまり使う人がいない最上階へ続く階段を駆け上がり、階段が終わったところにある扉を開いた。どうやらその部屋は、屋根に出る人たちが集合する場所らしく、椅子もない。
「床に座って食べるってことかな。私は構わないけど」
アイリスが待っているとドアが開いて、サイモンが顔を覗かせた。
「遅くなった。敷物を別の部屋から借りてくるのに手間取っちゃって」
「私なら気にしないのに」
「そうはいかないよ。女の子を床に座らせて食事するなんて、元平民の僕だって気が引ける」
サイモンは抱えてきた厚みのある丸いラグを床に広げる。促されてアイリスが座ると、敷物の端ギリギリにサイモンが座る。(そんな端に座らなくてもいいのに)と思いながら、アイリスは母が刺繍してくれた手提げからお弁当を取り出した。
アイリスのお弁当は、慎ましい材料ながらも母が丁寧に心を込めて作ってくれている。ゆでて味付けをしたブロッコリーやニンジン。二つに切ってバターとジャムを塗ってある丸パンには飾りのピンが刺してある。
それに手を伸ばしながらサイモンのお弁当を見ると、こちらは肉中心のお弁当。丸パンは四個もある。
サイモンがパクパクと弁当を口に放り込みながら話しかけてくる。
「俺 僕に聞きたいことって、なに?」
「ファイターの養成所って、どんな訓練から始めるの?」
「なんで? 知り合いに能力者がいるの?」
「いないけど。従弟がファイターのことに興味を持っているの。私も興味があるわ。身近にいる飛翔能力者はサイモンだけだから、ぜひ教えてほしいの」
「ああ、そういうことか。訓練ねえ。最初はなんだったかな。養成所に集まっている飛翔能力者の能力は人によってだいぶ違うんだ。能力の高さや能力開花がいつだったかでも、できることはかなり違うんだよ」
「うんうん」
サイモンは炙り焼きの肉をフォークに刺し、大きな口を開けて放り込む。
「僕は三歳で開花したんだけど、僕が生まれた家は貧しい平民だったから、子供用のフェザーなんてなかった。だから毎日板切れに乗って遊んでいたな。母親は仕事に出ていて僕は暇だったから、それこそ疲れ果てて飛べなくなるまで板に乗って飛んでいたんだ。だから養成所の訓練に参加した時は、もう相当乗りこなせていた」
「じゃあ、子どもの頃はなにから始めたの?」
「どこまで高く上昇できるかとか、どのくらい遠くまで行けるか、ひたすら挑戦してた。今思うと、よく無事に済んだと思うよ」
「なんで?」
「すごく高い場所や深さのある水場の上で力尽きたら、落ちて死ぬでしょ?」
「あっ。そう言われたらそうよね」
(やっぱり力尽きたら落ちてしまうのね)