最終話 繰り返される真実
終末島は森と草原の島だった。
そう高くはない山が連なり、山肌は木々に覆われている。木々の背は巨大鳥島より低く、種類は少なめだ。そのすそ野に広がる見渡す限りの草原。
巨大鳥島と違っているのは、森のあちこちに巨大鳥の巣が残っていることだ。木の枝を組み合わせ、その中に枯草や羽毛、動物の毛が敷かれている巨大な巣。
アイリスのフェザーの後ろにアルトが乗り、サイモンの後ろにオリバーが乗って、ゆっくり森の上を飛んでいるところだ。動物学者のアルトがオリバーに声をかけた。
「よくまあこんな巨大な巣を維持できるものだ。しかもこれ、巣を何回も使い回しているな」
「そのようですね。下の方の枝がかなり古いです。でも、巣の周囲に動物の骨が少ない」
「ふむ。それはあれが理由じゃないかな」
アルトが指さす方を見れば、地面の上を超大型バッタの羽と脚が行列を作って動いている。運んでいるのは蟻だ。
「子育て中の親も、成長期の雛もひたすらバッタを食べていたのかもしれないよ」
阿吽の呼吸でフェザーが地面近くまで下がる。じっくり辺りを見れば、色褪せて土と見分けがつかない状態の羽や脚が転がっている。その数は膨大で、脚と羽が、降り積もったように地面を覆っている。それをせっせと運んでいる蟻の大きさは中指ほどもある。
「巨大鳥が好んで食べるほどに超大型バッタは栄養があるのかもしれないな」
「その可能性は高いですね。飢饉のときは人間も……いや、僕は飢えなくて済む農法に頭を使いたいです」
「私もだよ、オリバー」
学者と天才が会話している間も三百人の軍人と約百人の騎士団員が森に散らばり、アイリス鉱を探している。
「あったぞ!」
「こっちにもあった!」
アイリス鉱は水に溶けるから、古い物は残らないのだろう。見つけられたアイリス鉱はどれも新しい。アイリス鉱は、初日だけで四十数個も見つかった。
「これが全て金と同じ価値があるのかと思うと、怖いぐらいですね」
洗われ、拭かれ、箱に詰め込まれたアイリス鉱。それを見ながらマイケルがそう言うと、周囲にいた王空騎士団員が全員うなずく。サイモンがオリバーに話しかけた。
「ねえ、オリバー。君は『バッタを過密状態にして飼育すると羽が大きい個体が生まれる』って言っていたよね。てことはだよ、終末島の超大型バッタを巨大鳥が食べて減らしてくれなかったら、毎年のようにやつらがグラスフィールド島まで飛んで来ていたのかもしれないよね?」
「あ」
アイリス鉱を手に取って眺めていたオリバーが顔を上げた。眼鏡がずり落ちている。
「確かにそうだ。グラスフィールドまでかなりの距離があるけれど、季節風に乗って毎年少しずつでも我が国までたどり着いていたかもしれない」
「聖アンジェリーナが『巨大鳥を殺すな。殺せばこの国が亡ぶ』と言い残したのは、このこと示していたんじゃないかな?」
「そうだよサイモン。うん、きっとそうだ。聖アンジェリーナは七百年前にはもう、超大型バッタと巨大鳥の関係に気づいていたんだ」
オリバーの言葉に、周囲が静まり返る。それまで黙っていたアイリスが「そういうことか……」とつぶやいた。
「実は私、巨大鳥島への探検隊が作られる前は、『私なら飛んで巨大鳥島に行ける。終末島にも行ってみたい』と思っていたの。王空騎士団の仕事があるからなかなか実現できなかったけど、七百年前の聖アンジェリーナは一人でそれをやり遂げたんじゃないかしら。この島で超大型のバッタを見て、巨大鳥が繁殖期に何を食べているかを知って、だから巨大鳥を殺すなと言い残したのでは?」
そこにカミーユが参加した。
「これは父から聞いた話なんだが、巨大鳥討伐が行われた六十数年前、代々の国王が管理している重要な文献が、当時の王の手によって燃やされたんだ。聖アンジェリーナに関するものだったから、当時文官の長だった曾祖父は繰り返し嘆いていたらしい」
「燃やした? 貴重な文献を? なんて愚かな!」
「オリバー、言葉を慎みなさいよ」
「だってアイリス、その文献があったら巨大鳥討伐なんて考えはとっくに消えていたはずじゃないか」
それまで黙っていたアルトが初めて会話に参加した。
「きっとこの島のバッタには巨大鳥が育つのに必要なだけの栄養があるんだろう。動物たちは意識せずに繁殖の効率化を見つけ出すものだ。超大型バッタがたくさんいるから渡りをするのかも。全ては推測だが」
サイモンがアルトの言葉に続く。
「でも、『特別な能力者が生まれるとき、特別な巨大鳥もまた生まれる』っていう言い伝えは推測ではなく事実でしたよね。アイリスがいて、白首がいて、そこで初めて僕らは『なぜ巨大鳥を殺してはいけないか』に気づくことができた」
「その言い伝え、僕は常々疑問なんだけど」
オリバーが眼鏡を指で持ち上げながら話す。
「この国の人たちは言い伝えを一人の予言者の言葉みたいに思っているけど、僕はそんな人物はいないと思う。特別な能力者と特別な巨大鳥の組み合わせは、太古の昔から定期的に繰り返されているんだと推測しているんだ。定期的に繰り返されている事実なら、言い伝えが消えることなく語り継がれてきたのも納得だからね」
マイケルがそこに加わった。
「僕は今、すごく腑に落ちる思いで聞いているけど、特別な存在の組みあわせが繰り返されていたかもっていう考えは検証しようがないよね? 何しろ今回は前回から七百年もたっている。間隔が長すぎて誰も確かめようがない」
「僕が書き残す。いつかまた特別な存在の組み合わせが繰り返されることを予想して、ちゃんと文章が受け継がれるような仕組みを作るよ。うん、これはやりがいのある研究だな」
アルトがしみじみした口調で最後を締めた。
「何万年、何十万年と繰り返されている生き物の世界に比べたら、人間の寿命はわずか五十年か六十年だ。自分の代だけで解明できることなんて、たかが知れている。次の世代へと知恵や知識を受け継いでいけばいい。焦ることはないよ。どんなに小さなことでも、真実をひとつ解明できたら、それはとんでもなく素晴らしいことさ」
その夜、各テントの前には焚火が焚かれ、交代で見張り番がついた。何十もの焚火が広い範囲で辺りを照らす中、アイリスはサイモンと二人で焚火の番をしている。
「サイモン、私今、私一人で巨大鳥島や終末島まで飛んで行こうと思っていたことをとても反省しているわ。私一人じゃ、今夜の話し合いの内容には絶対にたどり着けなかった」
「ああ……オリバーやアルトさんの知識や意見が必要だったよね。団長の曽祖父の話とかね」
「サイモンの意見もすごく重要だったわよ。私が遠くまで飛べたとしても、私一人の経験だけじゃだめで、大勢の仲間と知恵を合わせたほうが、ずっと早く真実にたどり着けるんだわ」
サイモンが焚火に枯れ枝を足し、それからアイリスを見た。
「飛翔能力者の力は二十代後半に最高になる。アイリスも座学で聞いただろう? アイリスは別格だろうけど、僕はあと十年だ。多く見積もっても、飛翔力が衰え始めるまで十五年かな。十五年の間に、僕は君と一緒に遠くまで飛ぶよ。巨大鳥のこと、三つの島のこと、確かめたいことを片っ端から飛んで行って確かめようよ」
「二人で?」
「と、言いたいけど、仲間とだ。二人で飛ぶのは海や、山や、地方の街にお楽しみで出かけるときにしようか」
「炭鉱の町、牧畜の町、海辺の町! 美味しい物を食べて、お土産を買いましょう!」
「う、うん」
フェザーに大量の買い物をぶら下げて飛んでいるアイリスを思い出し、サイモンが苦笑する。
「その前に結婚式を挙げないとね。父も母も楽しみにしているんだ」
「私もよ」
「僕たちはまだ十八だ。時間はある」
「私が年を取って飛べなくなったら、二人でのんびり暮らしましょうか」
「そうだね。それがいい」
サイモンは(自分が飛べなくなったら、見栄を張らずにアイリスのフェザーに乗せてもらおう)と思う。焚火に照らされたアイリスの横顔が楽しそうで自分まで楽しくなる。
アイリスから聞いた『聖アンジェリーナの近くにいてその偉業を書き記した人物』とは、自分のような存在なんだろうな、と静かに思う。
アイリスたちの活躍から数百年が過ぎたある日。グラスフィールドの海辺の街で、一人の少女が「うわあ! なんで私、飛べるわけ?」と叫ぶのだが、それはまた別のお話である。