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106 アイリスの役目

 巨大バッタと人間のイタチごっこは続いている。東の農村地帯からバッタが現れたという報告が上がるたびに王空騎士団と陸軍の部隊が駆け付けて忌避剤を散布しているが、一匹残らず始末するまでには至っていない。


 オリバー、アイリス、サイモンが携帯食をかじりながらしゃべっていた。周囲の王空騎士団員たちもパンと干し肉を食べつつ耳を傾けている。


「もうこの国からバッタがいなくなることはないと思う。生き物は生息域を広げて子孫を残す、これが使命だからね。僕らは超巨大バッタとの共存を考えたほうがいいと思う」

「私が巨大鳥ダリオンをバッタのところまで誘導する案はどうなったのかな」


 巨大鳥ダリオンを誘導してバッタを食べさせたらどうかという案は、かなり前に国王まで上げられていた。だが返事がこない。新しい試みを好まない人間は多い。何百年もかけて王都の広場に巨大鳥ダリオンを集めてきた歴史がかせとなっていた。


「広場以外で餌を食べさせたりして、巨大鳥ダリオンたちが自由気ままに散らばって餌を食べるようになったらどうする。そもそも巨大鳥ダリオンがバッタを食べるかどうかもわからないのに」


 そんな心配や反対を全て打ち消す出来事が起きた。


「西の穀倉地帯に超巨大バッタの群れが現れました! 空を覆うほどの数が畑に飛んできたそうです」

「空を覆う?……いったいどこでそんなに増えたのだ?」


 自然はいつでも人間の予想を超え、想像しない形でやってくる。

 報告を受けた宰相は青ざめた。超巨大バッタがいつか穀倉地帯に現れるにしても、年単位で徐々に被害が増えるのだろうと思っていた。それがいきなり空を覆う数の出現だ。


「マウロワに輸出する分を減らすのは難しいな」


 グラスフィールド王国の西部で育てられている小麦は、ほとんどが大陸のマウロワ王国に輸出される。その小麦の生産量が減ったからと言って、マウロワ王国が大人しく輸出量の減少を受け入れるとは思えない。


 グラスフィールド王国の小麦は大陸では高級品だ。味も香りも大陸とは比較にならないほど上等なのだ。高級品を食べ慣れていた裕福な人間が、食のレベルを落とすのはむずかしい。大国の力を振りかざして「いつも通りに輸出しろ」と言ってくるだろう。そうなれば自国の民が飢える。こっちは麦も野菜も被害を受けているのだ。


「なんとしてもバッタを退治しろ。この際、手段は問わない」

「陛下、それは巨大鳥ダリオンの誘導を含むのでしょうか」

巨大鳥ダリオンに襲われるか、バッタで民が飢えるか、戦争になって民が死ぬか。より被害の少ない道を選ぶしかない。巨大鳥ダリオンがこの国にいるのはせいぜい三週間。バッタに小麦を食われ、残りをマウロワに持っていかれてしまえば、我が国の被害はそんなものでは済まない」


 ヴァランタン国王は並んでいる重鎮たちに命を下した。


「渡りが始まるまでは人海戦術。渡り以降は巨大鳥ダリオンがバッタを食べる可能性に賭けよう。アイリスに巨大鳥ダリオンを誘導させよ」


 王命により、王国軍と王空騎士団は西の穀倉地帯へと移動した。国を横断する移動は飛翔能力者であってもさすがに一日では済まず、二日がかりとなった。その夜、焚火を囲みながらオリバーが自分の研究と観察について語った。


「子供の頃、普通のバッタを箱で飼い、餌を豊富に与え、どんどん増やしたことがあるんだ」

「オリバーは子供のころから鳥や魚や昆虫のことを研究していたわよね」

「うん。その結果、わかったことがある。餌が豊富でも箱の中でバッタが増えすぎるとね、数年で羽が大きくて飛ぶ力に優れたバッタが生まれたんだ。過密状態で育って卵を産むと、子孫が空を飛んで遠くへ移動する仕組みが組み込まれているとしか思えなかった」


 サイモンが考えながらオリバーに質問する。


「つまり、あの超大型バッタはこの国のどこかで増え続け、過密状態になったから長距離を飛んで穀倉地帯にやってきた、ということ?」

「僕はそう思ってる。つまり、超巨大バッタは海岸に打ち上げられているのを発見される前に、既にこの国に根を下ろして静かに増え続けていたんじゃないかな。だとしたら、むしろこの国は幸運だった」


 隣で聞いていたマイケルが納得いかない調子で口を挟む。


「待てよ。どこが幸運なんだい?」

「マイケルさん、アイリスは七百年ぶりに誕生した女性の飛翔能力者です。特別な能力者なのは能力だけじゃない。白首と親しくなって誘導できる能力者です。そのアイリスがいるときにこの事態が起きました。僕は幸運だと思っています」


 サイモンがうなずく。


「僕も幸運だと思う。バッタを過密状態にしなければ、やつらは遠くまで飛ばないのなら、斬って斬って斬りまくって、数を減らせばいい。被害は限定的になるはずだ」

「そう、僕もそう思うんだ。サイモンは案外……」


 案外頭がいいんだねと言いかけてオリバーは口を閉じた。人を見下すようなことを言うのは自分に自信がない人間がすることだ。オリバーはもう、自分の頭脳をひけらかして他人を馬鹿にするのをやめていた。

 カミーユもアイザックも、他の騎士団員も、オリバーとサイモンのやり取りを聞いていた。


(数を減らす。それしかない)


 いたちごっこに疲れていた皆の覚悟が固まる。穀倉地帯での人間対超大型バッタの戦いは二週間以上にもなっていた。超大型バッタに食われ、人間に踏み荒らされ、今年の輸出用小麦の収穫量はかなり減る。これを毎年繰り返すわけにはいかない。

 王空騎士団と軍の人間が疲弊し始め、過労で倒れる者が出始めたころ、北の鐘が鳴り、巨大鳥ダリオンの飛来を知らせる鐘が打ち鳴らされた。


「渡りが始まったな」


 カミーユが疲労の滲む顔で空を見上げる。


巨大鳥ダリオンが超大型バッタを食べてくれることを祈ろうか。それにはまず、アイリスに巨大鳥ダリオンを誘導してもらわないとならない。アイリス、頼むぞ」

「任せてください。白首がリーダーである今こそ、私の出番です。必ず群れをこの穀倉地帯に誘導してみせます。私が女性なのに飛翔能力を開花させたのは、きっとこの日のため。この役目を担うために私は生まれてきたんです」


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書籍『王空騎士団と救国の少女1・2巻』
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