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102 駆ける人

 東海岸に向かって飛ぶこと数時間。カミーユが徐々にスピードを落としながら地面を指さした。休憩時間という合図だ。


「うぉーい、よく飛んだなぁ」


 ギャズが地面に下りてピョンピョンとジャンプしながら手足を動かし、冷え固まった筋肉をほぐしている。その隣でマイケルがゆっくりとストレッチしている。サイモンはのんびりと草むらを歩き、アイリスは地面にすわって身体をひねりながらほぐしている。

 副団長のアイザックはそんな団員たちを眺めていたが、一人の少年に目を留めた。十八歳の新人チャーリーだ。


「チャーリー、疲れたか?」

「いえ、大丈夫です」


 チャーリーは陽気な若者で、今は地面に腰を下ろしてぼんやりしている。本当は先輩たちに合わせてかなりの速度で飛び続けるのに疲れていたが、(ここで疲れたと正直に言って、騎士団全体のペースを落とさせるのは申し訳ない)と考えていた。


「お前が途中で落下したりすれば、長い時間休憩しなければならないんだ。力尽きる前に、必ず申告しなさい。いいな?」

「はい」


(俺の見栄なんて、最初からお見通しだったか)


 そう申し訳なく思っていると、サイモンが突然地面に伏せ、地表に耳をつけてから立ち上がった。


「団長、誰か走ってきます」

「うん? そうか?」

「はい。複数の馬が走る足音がします。確認します」


 そう言ってサイモンはフェザーに乗り、上空高く浮かび上がった。そしてすぐに下りてきてカミーユに報告する。


「東から軍人が二名、こちらに向かっています。全速力ですね」

「よし、みんなで出迎えるぞ」


 全員が素早くフェザーで浮かび上がり、東へ飛ぶ。すぐに二頭の馬を見つけて手前に着地した。軍人たちは馬を止めて飛び降り、その二人にカミーユが声をかけた。


「どうした?」

「大変です! 超大型バッタが大量に発生し、小麦を食い荒らしています」


 騎士団員の間にザワッとした空気が流れた。アイリスは(ついに現れたんだ……)と思う。大量の超大型バッタが小麦畑に群がっている様子を思い浮かべ、自然と全身に鳥肌が立った。


「本日は王空騎士団が到着する予定でしたので、一刻も早くお知らせしようと馬を急がせました」

「わかった。現場に案内してくれ。どちらか一人、乗ってくれるか?」

「では私が」


 三十代の男性がカミーユのフェザーに乗ることになり、二十代の若者は彼の馬を引いて戻ることになった。


「出発!」


 カミーユの号令で全員が高速で飛び出した。

 やがて「最初にやられたのはあそこです!」と軍人が指さした。一斉にフェザーが停止する。


「これは……酷い!」


 思わず声を出したアイリスの声に、皆が無言でうなずく。上空からでも被害の酷さがわかる。今の時期はずっしりと充実した穂をつけた麦畑が広がっているはずなのに、見えるのは土の茶色だ。見渡す限り、周辺の小麦畑は壊滅的な状況だ。どこもかしこも茶色一色。


「軍はどこで何をやっているんだ? バッタが現れたらてっきり全力で殲滅作戦に出るのだとばかり思っていたが」

「ここはもう食べ尽くされましたので、全員が被害の前線で戦っております。そして、お気を付けください、ほとんどの軍人がバッタによる怪我をしております」


 カミーユの上下左右に浮かんでいる騎士団員たちが「バッタで怪我?」「どういうことだ?」という表情。


「バッタどもは我々の衣類も食います。木綿の服は確実に食われます。植物から作られているからでしょう。そして、服を食べる際に、一緒に皮膚や肉も噛んでしまうのです。肉を食うわけではありませんが、肉を噛みちぎられるのです。もう数十人が全身を噛まれ、出血が多いものは命に関わる状況です」

「剣で叩ききればいいのではないのか?」

「一人の人間に対して相手が数十匹も群がってくると、なかなか……」


 そう言われてアイリスたちが軍人の制服を改めて見てみると、あちこちが破れている。破れ具合からバッタの口の大きさが想像できた。「うううう」と声を漏らして両腕を自分でさすっているのは虫が嫌いなマイケルだ。


 カミーユが若手の団員に背負わせてきたリュックを見ながら考え込んでいる。リュックの中身は細い縄で編んだ網だ。アイリスが以前、ケインに捕えられたときのあの網である。落下する仲間を素早く空中で救うために使われているものだ。


「我々なら飛びながら網で一網打尽にできると考えて、麻で編んだ網を持ってきているのだが。麻では食われるか……」

「はい。間違いなく」


 皆が静まり返る。団長カミーユが副団長のアイザックに向かって「革の服が必要か」と言うと、アイザックは「革手袋もすべきでしょう。しかし今からでは間に合いません」と答える。マイケルがアイザックにスウッと近寄った。


「そんな話、聞いていないですよね? 今までも少しはバッタが見つかって処分されてきたはずなのに、噛みつかれたなんて話、全く聞いていませんよ」


 すると伝令役の軍人もうなずく。


「今まではそうでした。しかし、突然大量のバッタが姿を現した後、人間の衣類も狙うようになったのです。おそらく、生えている草や作物だけでは足りず、空腹のあまりに植物由来の物であればなんでも見境なく食べようとしているのではないでしょうか。木造の家も被害に遭っています」


 カミーユが静かに軍人に問う。


「君、前線はどこだ?」

「現在の前線は、ここを通り過ぎ、もう少し東に向かった場所です。海沿いの穀倉地帯です」

「よし、急ごう!」


 王空騎士団が速度を上げて飛び始めた。アイリスは飛びながら考え込んでいる。


(どうすれば私が役に立てる? 空賊のときみたいに飛び回って……私の剣の腕で飛び回るバッタを、どれだけ殺せる? どうしよう、自信がない……)


 するとアイリスの様子に気づいたらしいサイモンがフェザーを近づけてきた。


「アイリス、大丈夫か?」

「もちろんよ。飛びながらバッタを叩き斬るつもりよ。ここ三年間、先輩たちと一緒に剣の訓練だってしてきたんだもの」


 サイモンが心配そうな表情で何かを言いたそうにしている。アイリスはサイモンが何を考えているか、想像がついた。


「いくら私が速く飛べるからって、私一人が逃げるわけにはいかないわ。私は王空騎士団員なんだから」



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書籍『王空騎士団と救国の少女1・2巻』
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