第99話 陰謀の夜会
エンリたちがタカサゴ島から帰還してまもなく、エンリとイザベラはフランスのルイ王から招待を受けた。
妊娠したイザベラのお腹が大きくなる前に・・・という事で、スパニアから医師や侍従や女官、そしてエンリの仲間たちも同行した。
パリについて王宮へ。ルイ王とアンヌ王妃が出迎える。
宿舎はアンヌ王妃の兄、ミゲル皇子の屋敷だ。
宿舎に向かう馬車の中での会話は、自然とそのミゲル皇子の噂話になる。
「やっぱりスパニア内戦で担がれた皇帝候補なんだよね?」とタルタ。
「スパニア派として国内派から睨まれて針の筵とか」とジロキチ。
リラが「義兄さん可哀想」
ファフが「頑張って優しくしてあげなきゃだよね」
するとイザベラが「あの人にはそういう気遣いは無用だと思うわよ」
屋敷に到着し、ミゲル皇子が出迎えた。
彼は義妹に「やあイザベラ。一段と綺麗になったね」
「お世話になるわね、義兄様」とイザベラは解りやすい作り笑顔を見せた。
更にミゲル皇子は「君がエンリ君か。俺の事は兄貴と呼んでくれたまえ。イザベラの旦那だけあってなかなかの好青年だね俺には劣るけど」
「はぁ・・・」と怪訝顔のエンリ。
更にミゲル皇子は「君がリラ君だね。人魚なんだってね。実に神秘的な女性だ」
「はぁ・・・」と怪訝顔のリラ。
タルタはそんなミゲルを見て「何だこの軽い王子キャラは」
「ミゲル兄様は女性の事しか興味が無いのよ」とイザベラ。
「けど内戦では皇帝候補だったんですよね?」とリラ。
ミゲルは言った。
「俺は興味無かったんだけど、ルイ陛下がどうしてもって・・・。イギリスが候補出したから対抗意識持っちゃったんだね。ヨゼフの奴があんなもんに首突っ込むから」
「ヨゼフ皇子はその気だったんですか?」とエンリ。
「奴はカタリナに引きずられたのさ」とミゲルは言って笑った。
その夜、国王主催でエンリ夫妻を歓迎する夜会が催された。
ルイ王・アンヌ王妃と話すエンリ王子。
「随分と盛況ですね」と彼はルイ王に・・・。
「ヘンリー王の所とは大違いだろ。あそこは貴族といっても大抵男爵クラス。こちらは伯爵以上が綺羅星の如く。やはり格の違いは歴然だな」
そう言って高笑いするルイ王。
アーサーが「ライバル意識が凄いというか」
エンリが「百年戦争の頃からの因縁だものなぁ」
「それ以前からよ。イギリス王家の元は、あそこを征服したフランス貴族だから」とイザベラ。
「そうだ。イギリス王なんか我がフランスの家来の一人に過ぎない。なのに、元々フランスに持っていた領地はそのままイギリス王の直轄地になって、まるでこっちが領地を取られた被害者みたいじゃないか。世の中間違ってる」
そう言って落ち込むルイ王。
「いや、向うは向うで被害者意識持ってると思うけど」とエンリ。
「それにその直轄領って百年戦争で没収したんじゃ・・・」とアーサー。
ルイ王は「あれは一方的に攻め込まれた侵略だ。我々は被害者だ。なのに謝罪も賠償も・・・」
エンリは困り顔で「それ、どこぞの危ない国が言ってる理屈ですよ」
ルイ王は慌てて「い・・・いかん。私とした事が」
「けど、それでよく同盟が成立しましたよね?」とアーサー。
ルイ王はドヤ顔で「昨日の友は今日の敵。国家間の同盟なんぞ、いつでも裏切れる。お友達が居るなんて思っている奴は馬鹿だとマキャベリ―学部長が言っていた」
エンリは困り顔で「我々ポルタもスパニアも同盟国なんですが」
ルイ王は慌てて「あ・・・。国家間の友情は永遠だ。あの内戦で培った血の友誼で我々は結ばれているのだ。友好万歳」
「何だかなー」とアーサーは呟いて溜息。
「けど、イギリスで上級貴族が少ないって、それだけ貴族を抑えて国の統一が進んでるって事ですよね?」
そうエンリに言われて、落ち込むルイ王は言った。
「王位継承争いが激しかったから、それに貴族が巻き込まれたんだ。うちだって似たような内戦はあったさ」
「それ、自慢する事か?」とアーサー怪訝顔。
ルイ王は「なのにうちのは宗教絡みで二派に別れて、一方を潰せば他方が増長する。しかもその一方が教皇派で他方が反教皇派でもジュネーブに本拠のある奴等で、つまりはどちらも海外の支配を受けてる。仕方なく先王は信仰の自由と称して双方を宥めて表面を取り繕った。だから貴族の抑え込みは中途半端に終わったんだ」
すると隣に居るリシュリューが「今回の件で教皇派は随分おしなしくなったんですが、逆にジュネーブ派が調子付いているんですよ。あそこも商売で利益を得る事を認めているから、市民にも信者が多い」
「金儲けの自由は国教会も認めているけど、経済が発展するのはいい事じゃないですか?」とアーサー。
ルイ王は困り顔で「そうなんですけどね」
そんな中でエンリが外の方を見て言った。
「ところで、王宮前広場が騒がしいですね」
窓から見下ろすと、かなりの数のデモ隊が騒いでいる。そして参加者たちが口々にスローガンを叫んでいた。
「欲望は罪である」
「ダンスパーティ反対」
「贅沢は敵だ」
「パーマネントは止めましょう」
エンリ王子は怪訝顔で「何ですか? ありゃ」
「ジュネーブ派のデモ隊だよ」と苦虫を嚙み潰したような顔のルイ王。
横でデモ隊を見ていたニケが言った。
「欲望は罪って冗談じゃないわ。あれじゃ教皇派と同じじゃないのよ」
エンリは「あいつらって、金銭欲を肯定してるんじゃ・・・」
「金を貯めるのは認めてる。けど、それで楽しむ事は欲望で罪だと言うのさ」とリシュリュー。
「つまりお金を使うなと?」とアーサー。
「その分貯め込んで大金持ちになれるって訳さ」とリシュリュー。
するとニケはいきなり態度を変えて「私、改宗しようかしら」
「それだけは止めておけ」とエンリはあきれ顔で言った。
そしてエンリは思った。(それだと娯楽産業が発展しないんだが・・・)
国王夫妻が別の客の所へ移動すると、エンリたちは仲間内でわいわいやる。
「けど、何で俺たちまで、こんな夜会に?」
そう言いながら料理を食べているタルタに、アーサーが「アンヌ王妃がエンリ王子のお付の方たちにも是非・・・って」
「お付の方たちって俺たちの事か?」とジロキチ。
「他に居ないだろ?」とカルロ。
そんなタルタを見てニケが「けど、こうしてみると馬子にも衣装・・・」
「それ褒めてないと思うぞ」とジロキチ。
「とは言うけどやっぱり似合わないわね」とニケは溜息をつく。
タルタは「ほっとけ」と一言。
ジロキチは「まあ、タルタは格好だけ繕っても行動がアレじゃ」
ファフと一緒に料理をガツガツやってるタルタ。
エンリはあきれ顔で「お前ら、こんな所でポルタの恥を晒すんじゃない」
「そこに行くと俺は着こなしも身のこなしも完璧なナイスガイですから」とドヤ顔のカルロ。
ニケは「ああいう食欲の赴くままな駄目人間は放置でいいわよね。人間としての自制心を保つのが上級国民の基本よ」
「その肩書は自慢用じゃないと思うぞ」とアーサーはニケに・・・。
ニケは不満顔で言った。
「そもそもこのコルセット。窮屈過ぎて苦しいったら無いわよ。これじゃお腹いっぱい食べられないじゃないの」
「自制心じゃなかったのかよ」とあきれ顔のエンリ。
「無料でご馳走にありつけるのよ。レストランで食べたらいくら取られると思ってるのよ。それを食べられないなんて大損よ。私のお金、返してよ」とニケは捲し立てる。
そんなニケを見てジロキチは「こういう手合いも放置でいいよね?」
「けどジロキチはさまになってるじゃん」とアーサー。
「礼服の着こなしは武士の基本だ」とジロキチ。
エンリが「けどその靴」
「これは師匠の形見」とジロキチ。
前の部分のぱっくり割れて足の指の見えるジロキチの靴を見て、エンリは「その靴じゃないと四刀流が使えないってんだろ?」
「靴の中に刀の束を挟む金属製の爪が仕掛けてあって、それで靴に固定した刀を足の指で操るんだよな」とタルタが笑う。
その時、会場の係員が来て、ジロキチに言った。
「あの、お客様、申し訳ありませんが武器の類は預からせて頂きます」
「これは武士の魂だ」
そう言って係員と押し問答するジロキチ。
そんな仲間たちから離れて、貴族の令嬢らしき女性に片っ端から声をかけるカルロ。
「お姉さん、どこのお姫様ですか? ぜひ一緒にダンスを」
そんなカルロを見てアーサーは「そっちの欲望は全開かよ」
「なってないわね」とニケもあきれ顔。
「お嬢さん、一曲、ダンスでもいかがかな」
いかにも成金といった中年男性がニケをダンスに誘う。
「あら、随分と立派なダイヤ。やっぱり男はお金よね」
そんなニケを見て「何だかなぁ」とエンリはあきれ顔。
隣で何やら言い合っていた数人の男性貴族がイザベラに声をかける。
「あの、イザベラ皇帝陛下、ドイツの女帝とプロイセン王の対立ですが、やはり勢いのある方に味方すべきですよね?」
「いや、落ち目の皇帝を助けてバランスオブパワーかと」
イザベラはドヤ顔で「甘いわね。双方を弱める事を考えるべきよ。裏で助けるフリをして対立を煽るの」
男性貴族は「さすがはイザベラ陛下。陰謀の女神降臨だ」
「ほーっほっほっほ」と煽てられたイザベラは高笑い。
そんなイザベラを見て「何だかなぁ」とアーサーはあきれ顔。
女性に声をかけまくっているカルロに、一人の女性が声をかけた。
「あら、カルロさん」
「あなたはチアリーダー隊の」とカルロの表情に嬉しい緊張が走る。
「コンスタンツです。イギリスではお世話になりまして」
そう名乗った、カルロがかつてイギリスで出会ったチアリーター隊リーダー。
「こちらこそ、こんな綺麗なお姉さんに優しくして貰えて」とカルロ、嬉しさレベル急上昇。
コンスタンツは「明日、一緒にお出かけして頂けませんでしょうか」
「それってデート?」とカルロのテンションMAXに・・・。
「中央広場で正午、待ってます」と恥ずかしそうに言って、コンスタンツは駆けて行った。
「ヒャッホー」と小躍りするカルロを不審な目で見る周囲の夜会参加者たち。
そんな彼等彼女等をあきれ顔で見ていたエンリ・リラ・アーサーにアンヌ王妃が声をかけた。
「エンリ殿下、ご相談したい事があるんですが」
「何でしょうか」とエンリ。
「ここではゆっくり話せないので、後ほど・・・」
エンリは思った。(何だろう。もしかして政治的な?)
そして「イザベラも居た方がいいでしようか」
「出来れば」とアンヌ王妃。
リラは小声で「王子様、これって」
アーサーも小声でエンリに「イザベラさんの専門分野って政治的な陰謀ですよね?」
「いや、専門って・・・」と困り顔のエンリ。
エンリは思った。(教皇派が何か企んでるって事なのかな?)
そして彼はアンヌに「ルイ陛下のお耳にも入れた方が・・・」
「出来れば陛下には内密でお願いしたいんです」とアンヌ王妃。
「そのルイ陛下はどこに?・・・」とエンリ。
「男性貴族を漁りまくってますわ」とアンヌ王妃は困り顔で・・・。
エンリは思った。(あの人は・・・)
ルイ王は、同様に男を漁りまくっているマーリンと、やがて一人のイケメン貴族の取り合いになる。
「君は私の臣下だよね?」と王はその貴族に・・・。
イケメン貴族は「私はノーマルですので」
「だったら今夜は私のお相手をして頂けますか?」とマーリンはその貴族に・・・。
イケメン貴族は「私には妻が居ますので」
そんな彼に一人の女性が「あなた、何をしているの?」
その貴族は彼女を見て困り顔で「マリア・・・」
女性はマーリンを見てルイ王に言った。
「陛下は私のマキシミリアンをこの泥棒猫から守って下さったのですよね?」
マーリンは「あら、フランス国教会では恋愛は自由ですわよ」
「生憎と私たちは宗派が違いますの」とその女性はマーリンに・・・。
「落ち目の教皇派ですか?」とマーリン。
イケメン貴族の妻のその女性は「いいえ、ジュネーブ派よ。これからはオランダの商工業者の時代ですから」
そう言って、彼女は夫を引っ張って行く。
そんな彼女とその夫を見ながらマーリンはルイ王に「陛下、あの人は?」
ルイ王は言った。
「ブリターニュ公の入り婿やってるマキシミリアン皇子だ。33人のスパニア皇子の中でも随一のイケメンで、先代の娘のマリアは一目ぼれだったそうだ」
マーリンは残念そうに「いい男から売れていくのですよね」
「全くだ」
そう言って頷くルイ王に、マーリンは言った。
「だったら、これから御一緒しません? いい男がいっぱい居る所に」




