第97話 破滅を迎撃
大陸を占領したシーノから逃れたミンの皇帝が拠点としたタカサゴ島に、笛の音を使った洗脳魔法による支配を策したシーノのスパイ。
この策謀が破られ、騒ぎが収まると、アーサーはケンゴローの元を訪れた。
そして「ミンの魔導の事を知りたいのですが、西斗皇拳というのはその一部なのですよね?」
「道術でしたら、老師に知らない事は無いです」
そう言うとケンゴローは、彼等の指導者となっていた老人の元へ、アーサーを案内した。
アーサーと老師がミンの道術について語る。
「五行というのは木・火・土・金・水ですよね? 西洋の四大元素とは違うのですか?」とアーサー。
老師は「あれは万物を構成する元素というより、万物に宿る気の種類なのですよ」
「物質の在り方を誘導する力ではあるのですよね?」
「魔力の元となるものは魔素ですが、気はそれと似ていますが別物です。より物質に近く、人体に宿る生命力もその一種ですね」と老師。
「我々が言うオーラに相当するものかな? ケンゴローはそれを見る事が出来るのですよね?」とアーサー。
「それを宿す物質により、様々な性質があります。彼はそれを色として見分ける訓練を受けているのですよ」と老師。
ニケの元を、かつて病院で女教師ごっこをやっていた時の生徒たちが訪れる。
そして「ニケ先生、お久しぶりです」
ニケは「あなた達、ちゃんと役人になれたのね」
「はい。先生のお陰です」と元生徒たち。
「賄賂、ちゃんと貰ってる?」とニケは眼に$マークを浮かべながら。
一人の役人が「漁師組合から干し魚を」
もう一人の役人が「任地の地主から野菜を」
そう言って品物を差し出す元生徒たちに、ニケは残念そうな作り笑顔で「そ・・・そうなのね」
そんなニケと役人たちを眺めて、エンリたちがひそひそ・・・。
ジロキチが「何だろう、あれ」
「特定の単語をスルーすれば美しい師弟愛なんだが」とアーサーが言って溜息をつく。
そんな中で一人の役人がニケに言った。
「すみません、俺の担当は事業がこれからなんで」
「仕方ないわね。管轄はどこ?」
そう問うニケに彼は「亡命職人の工業地区なんですが」
ニケは目を丸くした言った。
「一番有望じゃないのよ。陶磁器とか織物とか輸出してお金ガッポガッポ。どんどん設備を造って、私たちが滞在している間に儲けを出さなきゃ。こんな所で油売ってる場合じゃ無いわよ」
「それが、亡命職人たち、あの騒ぎで洗脳されてる間に、頭が五毛ヘアになってて、かっこ悪くて表に出られないって言うんです」
そう言う彼にニケは「私に考えがあるわ。墨を用意してちょうだい」
役人を連れて、職人たちの宿舎に乗り込むニケ。職人たちを集めると、毛髪五本を残して全剃りした頭に墨を塗らせた。
そして「これが当面、あなた達の髪の毛よ」
「これ、変じゃないですか?」と職人たち。
ニケは言った。
「いいのよ。そもそも、みんなをそんな頭にしたのは、大陸のシーノよね? それがこの島も狙っている。そいつらから自分たちを守るのは、経済力よ。そのためにたくさん物を作って輸出するの。作業開始よ」
工業地区に活気が戻った。
そんな彼等を眺めながら、ニケは役人に問う。
「ところでここの職人って、どんなものを作ってるの?」
役人は「陶磁器に織物に金属器に機械に魔道具に・・・」
ニケは思った。
(機械と魔道具かぁ。ポルタに持ち帰ったら売れるかしら)
そんなゴタゴタが一段落して、亡命皇帝庁舎の食堂で仲間たちと昼食を食べている時、アーサーがエンリに言った。
「そろそろポルタに帰りませんか?」
「リベルトさんも無事、陶磁器職人に弟子入りしたし」とリラ。
「秘宝の片割れも手に入った」とタルタ。
するとニケが言った。
「何言ってるのよ。まだシーノの脅威は去ってないのよ」
「五毛の奴等はやっつけたじゃん」とジロキチ。
ニケは「きっと次の手を打って来るわ。彼等は折角自由を手に入れたのよ。助けてあげたいと思わないの?」
「で、本音は?」とエンリ。
ニケは眼に$マークを浮かべて言った。
「生徒のみんなが貢いでくれるのよ。工業地区が軌道に乗れば輸出で儲かって賄賂がガッポガッポ」
「結局それかよ」と溜息をつく仲間たち。
その時、皇帝付きの役人がエンリを見つけて、言った。
「あの、至急ご相談したい事があるんですが」
「どうしたんですか?」とアーサー。
役人は深刻そうに「シーノが破滅の巨大火矢を建造して、この島を攻撃するというのです」
「そういえば五毛の奴等、そんな事を言ってたっけ」とカルロ。
ファフが「あのキノコ型の雲?」
街中に不安の声が広まっている。
あちこちで心配そうな表情で噂話をする住民たち。
「降参するしか無いよ」
「あんな奴等に屈服しろってのかよ」
「命あっての物種だぞ」
亡命皇帝庁舎で対策会議。
皇帝やケンゴローや亡命政府の重鎮たち、鄭を筆頭とした主な海賊の頭たち、そしてエンリ王子たちの前で、役人が状況を説明する。
「大きな鸚鵡の使い魔が飛来して、シーノ軍のメッセージを・・・」
「どんな内容なんですか?」とエンリが問う。
役人はメモを読み上げる。
「対岸に巨大火矢を十基建造中。破滅の魔道具を内蔵してタカサゴ島に打ち込む。一発で街を破壊する威力がある。死にたくなければ降伏せよ・・・と」
「破滅の魔道具って、どんなものか解りますか?」とアーサーが問う。
ケンゴローたちの老師が説明する。
「炎の魔物・・・サラマンドラの類のようですが、その幼生を壺に封じて、それを殺す時に出る断末魔のエネルギーを使った広域呪殺のようですね」
「どうする?」
そう言って一同が思案顔する中で、エンリが言った。
「建造中だってんなら、ファフのドラゴンで火矢の基地ごと破壊するのが手っ取り早いんじゃないのかな?」
翌日、ドラゴンに変身したファフに乗って、王子とアーサー、そしてケンゴローが海峡を越えた。
海岸から少し離れた平原で大きな倉庫のような建物が三棟と、塔のようなものが十基。
それを見てケンゴローは「あの塔みたいなのが火矢だな」
エンリは「あれに火薬を詰めて火をつけて飛ばす訳か。とにかく空から攻撃して破壊しよう」
だがアーサーが言った。
「王子、あの一帯、巨大な結界が張られています」
火矢を建造している周囲をドーム型のシールドが覆っている。
「突破できないかな?」とエンリ。
「やってみる」
そう言ってファフが体当たりするが、びくともしない。
「光の結界なら闇の魔剣だが」とエンリ。
アーサーが「かなり性格が複雑ですね。魔力結界の一種ですが、どちらかというと地に近いですよ」
「なら風だ」
そう言ってエンリは風の巨人剣で風化を試みるが、少し削るとすぐ再生する。
アーサーがゴッドランスを使うが、びくともしない。
ケンゴローが言った。
「あれは気によるものですね。五行の金の気を高密度化したものですが、エネルギーがこの場所に集まっている龍脈から供給されているようです」
ケンゴローは結界を観察し、その中に息づく何かに気付く。
真っ黒な亀の姿をしている。
ケンゴローは言った。
「あれを突破するのは不可能です。あの障壁には玄武が宿っている」
「職人たちを救出する時、河口でファフが戦った、あのモンスターかよ」とエンリ。
ファフは「滅茶苦茶硬かったよ」
ケンゴローは「東西南北を守る四神獣のひとつで北の守護獣です。あらゆる攻撃を跳ね返す能力がある」
亡命皇帝庁舎に戻って報告する。
「駄目だったか」と鄭は言って溜息をついた。
「どうしますか?」と不安そうな皇帝。
海賊の一人が「海岸に近い所なら上陸して夜襲をかけるって事も・・・」
「あの結界は地上からでも突破は不可能です」とケンゴロー。
するとニケが言った。
「あのさ、完成したらこっちに飛ばすのよね? その時、結界から出るなら、飛んで来る所を撃ち落としたらどうかしら」
「ファフのドラゴンで?」とアーサー。
「ここまで加速度をつけながら飛ぶから、早すぎて撃ち落とせないと思うけど」とエンリ。
ニケは「どんなに早いものでも光には勝てないわ。ギリシアの火って知ってるわよね?」
「たくさんの鏡で反射させた光を一点に当てて焦点を絞る・・・って、アレか」とアーサー。
「収束した光の熱で一瞬で火がついて爆発するわよ」とニケ。
鄭が「けど、高速で飛んでいるものにたくさんの鏡が焦点を当てるなんて事が出来るのかよ」
ニケは「発射した直後なら速度は出ていないし、海岸近くなら海上の船から狙えるわよ。あなた達は海賊よね?」
「作れるのか?」と将軍。
「機械職人と魔道具職人が大勢居るわ」とニケ。
エンリが「鏡が反射した光の照準をどうやって合わせる?」
「これよ」
ニケはそう言って、眼鏡のようなものを出した。
「魔道具職人の製品でお金になりそうなものを探したの。このレンズで人のオーラが見えるのよ。この原理を使えば、あらゆるものに宿る気が常人でも見る事が出来るわ。これを改造して、光の魔素を見る事って出来ないかしら」とニケは説明する。
「気ってのは魔素とは違うぞ」とアーサー。
「普通では見えない魔的エネルギーという点では同じよね」とニケ。
「確かに」と一同頷く。
ニケは言った。
「光の魔素を見る事が出来たら、特定の魔素を付与する自分の鏡が反射した光の線条が見えるわ。それを望遠鏡で捉えた火矢に当てるの」
「遠くのものに照準を合わせるには微妙な動作が必要だが」とエンリ。
ニケは「天球儀の構造を応用できる筈よ」
ニケとアーサーの指導で、職人たちは直ちに設計図を作成し、突貫工事で試作品を完成させた。
天球儀を応用した反射鏡台座。水平角と上下角をハンドルを回して調整し、遠くにある物に照準を合わせる。
望遠鏡を改造した照準装置。
反射鏡には光の魔素に特定の波長を付与する加工を施す。そして照準装置には自分の鏡が反射した光の魔素の波長が見える加工を施す。
照準装置で自分の鏡が放つ反射光の魔素の光条を見て、上昇する火矢に焦点を合わせる。
試作品が完成し、テストが成功すると、魔道具職人と機械職人を動員して500基の反射鏡の魔道具を作成し、500隻の海賊船に搭載。
完成するとそれを使う500人の海賊が訓練を続けた。
そんな中で、街には鸚鵡の使い魔は頻繁に飛来して脅迫の言葉を発し、街の人たちの不安を煽った。
連日、人々は亡命皇帝庁舎におしかけた。
「破滅の火矢は、どうにかなるんだろうな?」と住人たち。
役人は「対策は進んでいます」と必死に彼らを宥める。
「俺たちを見捨てて逃げる気だろ」
そう主張する人々に「そんな事は・・・」と役人は口ごもる。
そして人々は「とにかく皇帝を出せ」
人々の代表を庁舎に招いて話し合いが行われ、状況を説明する。
彼らを前にケンゴローは「迎撃の準備は進めている。火矢は必ず仕留める」
「本当に可能なのか?」と住民代表たち。
「全力を尽くす」
そう言うケンゴローに一人の住民代表が言った。
「だが、そもそも我々はミンの皇帝に何の義理も無い。私は元々織物職人だ。だが先祖は農民だった。ある事情で田畑を潰して工場を建てた。その事情が何だか分かりますか?」
困惑するケンゴローに代わって皇帝が「田畑の税ですね?」
その住民代表は言った。
「そうです。初代ミン国の皇帝が国を建てる時、土地の領主が反対派だった。そんな理由で報復のために重税をかけ、先祖は中華全ての民を養えると言われた豊かな田を潰す事を強いられた。私はシーノのやり方を拒む。だがミンの皇帝も支持できない。あなたは自分が皇帝で居続けるために、ここに逃げてきたんじゃないのか?」
「そうだそうだ」と他の住民代表たち。
そして別の住民代表が「皇帝は責任をとって退位すべきだ」
更に別の住民代表も「支配者の地位に執着するな」
その時、エンリが言った。
「それは違うよ」
「どうしてそんな事が言える」
そう言う住民代表にエンリは「彼女は俺に帝位を譲ると何度も言ったんだ」
すると先ほどの住民代表が「退位すると言うのか。それは責任放棄だ! 無責任だ!」
更に別の住民代表も「どうせ腹でも壊したんだろ。無責任な下痢皇帝だ」
「何だと!」と叫んで激高するケンゴロー。
彼を宥めると、エンリはその言葉を口にした代表に言った。
「あなた、さっき退位しろと言いましたよね? それで退位すると言ったら無責任ですか? 言ってる事が違くありません?」
「それは・・・」と口ごもる住民代表たち。
その時、皇帝は言った。
「私は退位したいです。出来るなら皆さんでこの島を治めて頂きたい」
「そんな事出来る訳が・・・」と困惑する住民代表たち。
するとエンリが言った。
「いや、出来ると思う。ジパングに加賀という所がある。そこでは領主ではなく、農民が話し合いで国を治ていたそうだ。百姓の持ちたる国と言われてね」
「そんな事、どうやれば・・・」
そう口ごもる住民代表たちにエンリは「議会を創るのさ。そこでみんなの代表が話し合う。俺たちの居るポルタという国では、そうなっている。小さな国だけど交易で栄えている。大陸のシーノなんかより、ずっと魅力的な国さ。タカサゴ島もきっとそうなる」
「でも王様は居るんですよね?」と一人の住民代表。
「議会も対立があるから、仲裁役は必要だろ。ジパングにも帝は居るけど、ずっと強い奴の傀儡だった。けど傀儡は必要だから、帝は帝であり続けた。皇帝は君臨して、いざという時の仲裁役になる。けど統治は民の議会が選んだ代表がやる。君臨すれど統治せず。きっとそれでうまくいく」
そうエンリに説明それた住民代表たちは「解りました。皇帝陛下、あなたを支持します」




