第91話 破滅と再生
ロンドンの王立造船所における魔導戦艦の建造を陰で操ったモリアーティの目的は、ロンドンの破壊だった。
その危険性が明らかとなり、建造を中止すべく抵抗を排除し、造船所は制圧された。
だが、その戦いの最中に魔導戦艦は起動。
そして遂にロンドンに向けて発射された魔導戦艦の最終攻撃魔法「破滅の光」。
その光に向けて光の巨人剣を突き立てたエンリ王子と人魚姫リラは、そのまま発射された破滅の光に呑みこまれた。
気が付くとエンリは光の中に居た。目の前に、聖杯らしき黄金の器がある。
「あなたの望みは何ですか?」と聖杯はエンリに問いかける。
エンリは「誰も死なない事だ」
聖杯は「それは、現在発動している願いと矛盾します」
「発動している願いとは何だ?」
そう問うエンリに聖杯は答えた。「イギリスの破壊」と・・・。
「それは達成したんだよな?」とエンリ。
「あなたはそれを妨げていますね?」と聖杯。
「何でこんな事をする」とエンリ。
聖杯は言った。
「それを願う者が居るからです。個人には願望を叶える権利がある」
「俺にだって願いはある」とエンリ。
聖杯は「あなたは強者です。自らの力でそれを成す事は可能です」
エンリは「なら、自らの力でみんなを助ける権利がある筈だな? 俺が助けたいみんなにも、俺に助けを求める権利がある。それを拒むあんたを倒す権利も。悪意を満たす権利なんて無い!」
聖杯は語った。
「人は思考をもって真実を求めます。その果ての未来で人は真実を見つける。500年後、フランクフルトに集う哲人たちは、弱者が憎しみを含む全ての願望を満たすべく、弱者への共感を正義とし、それに対する寛容なる自己犠牲を友愛として尊ぶべき真実に辿り着いた」
エンリは反論した。
「なら600年後の人々は? 700年後、1000年後はどうなんだ。そもそも、それに反論する人は居なかったのか?」
聖杯は答えた。
「反論したのは愚民です。社会の木鐸と呼ばれる言論の指導者、象牙の塔に住まう賢者、その多くの人がそれに賛同しました。それが、弱者が望む殺戮への寛容を正義とする結論を導くリベラルの思想」
「その愚民とやらの反論に、その賢者とやらは向き合ったのか?」とエンリ。
「・・・」
「愚民とレッテルを張って無視しただけではないのか?」とエンリは追及した。
「・・・」
「あなたは論理を語っていない。誰かがこう言った・・・などというのは真実の根拠にならない。あなたが言っているのはイドラ、つまり偏見ではないのか?」とエンリは指摘した。
「・・・」
エンリは反論した。
「強者であろうが弱者であろうが、自由とは自らに由来する物に対して持つ権利だ。強者が弱者に愛を以て分け与えるとしても、それを強制してはならない。たとえ神であってもだ。もし神と称する者がそれを強い奪って実現するというなら、それは駆逐されるべき悪霊だ。誰かの恣意的な満足のため、寛容の名の元で世界にそれに奉仕せよと言う。それは彼等以外の者を奴隷にする事であり、最悪の暴君である。その程度の反論を誰も成さなかった筈が無い。違うか!」
気が付くと、エンリの目の前に自律機械人形の首があった。
「お前がモリアーティか?」とエンリはそれに問う。
「そうだ」
そう答える首にエンリは「何故こんな事をする」
人形の首となったモリアーティは言った。
「私はこの国が嫌いだった。滅んでしまえばいいと思っていた。聖杯が発見され、それを手に入れた時、その理由を知った。それは縁で結ばれた我が祖先の願いだったのだ」
「祖先とは古代王の命令で聖杯を探し出した騎士か?」とエンリ。
「そうだ。彼が使命を果たして帰還した時、国は異民族によって奪われ、王家も民族も滅ぼされていた。私はその悲嘆を受け継いだ生き残りだと知ったのだ」とモリアーティ。
「古代ブリタニア人は滅んだと?」
そう問うエンリにモリアーティは「そうだ」と一言。
「なら何故、お前が生きている?」とエンリ。
「それは・・・」とモリアーティは口籠る。
エンリは言った。
「古代ブリタニア人の子孫は滅びてはいないと思うぞ。征服者としてこの地に異民族が居座ったとしても、その支配の中で交わり、溶け合って同じ民族となったのではないのか? その征服者としてこの地に住み着いた民族も、フランスから来た新たな征服者に支配された。それが今のイギリスだ。お前はそうして他民族と溶け合ったブリタニア人の子孫なんじゃないのか?」
「違う。彼等は外敵だ」とモリアーティ。
更にエンリは言った。
「民族が移動し、移動した先の地を征服するというのは、世界中にある。征服された民はどこに行くのか。外から来た民の支配の中で、同じ言葉を使う事を強いられただろう。だが消えたりはしない」
「では私が殺した人々は?」とモリアーティ。
エンリは「同じようにブリタニア人の血を受けている人ではないのか?」
モリアーティは「そんな・・・。それでも私たちは支配された被害者だ」
「なら、その古代ブリタニア人は、それまで誰も支配しなかったのか?」とエンリ。
「そんな支配はしていない」とモリアーティ。
エンリは言った。
「いや、古代のガリア・イスパニア・ブリタニアの民族はケルトと呼ばれる民と同じ流れで、古代ローマ以前に東から移動してこの地に住み着いた人々だ。それは更に以前からここに居た人々を征服したという事だ」
「・・・」
気が付くとエンリの目の前の聖杯の上に、一人の騎士の姿が浮かんでいた。
彼はエンリに「あなたは誰ですか?」
「ポルタ王国王太子、エンリだ」と彼は名乗る。
騎士はエンリに問うた。
「あなたは何故その剣を持っているのですか? それは我が主の剣の筈だ。あなたは我が主なのですか?」
「あなたの主はこの剣を湖に返した。それを俺の祖先が湖の精から貰った」とエンリは答えた。
騎士は「やはり我が主の子孫は絶えたのですね」
「いや、生きてるぞ。俺の友人もその一人だ」とエンリ。
騎士は言った。
「ならば私はその人を主と仰ぎます」
「いや、滅茶苦茶迷惑がると思うぞ」とエンリ。
「なら、私は何のために・・・」と騎士。
エンリは言った。
「あんたはあんただ。あいつは俺の部下だが、あいつ自身のために生きている」
「そんな生き方が・・・。解りました。これをその人に渡して下さい」
そう言って彼は、エンリに白い魔石の飾りのついた短剣を渡した。
「これは?」
そう問うエンリに騎士は言った。
「自らに害を成す魔力を退ける力があります。私が主から聖杯の探索を命じられた時、授かりました。必ず生きて、これを返しに来いと。私は約束を果たすために生きて帰還しましたが、主は生きて待ってはくれなかった。ようやく約束を果たせます」
そう言って彼は姿を消した。
そして聖杯は言った。
「聖杯に託された願望は達成されました。あなたは何を願いますか?」
エンリは「なら、交易の自由を永遠のものに」
「承認しました。では、それを妨げるこの船は消滅します」と聖杯は言った。
モリアーティの魂を宿した自律機械人形の首を刎ねたホームズは、その直前に機械人形が詠唱を終えた破滅の呪文が、人魚に乗ってこれに立ち向かったエンリ王子ごと破滅の光でロンドンの街を吹き飛ばすのを見た。
そして、機械人形となったモリアーティの死とともに、甲板に居た全ての自律機械人形は停止した。
再び仲間の居る甲板に降り立つポカホンタスとホームズ。
「王子も人魚姫も町の人たちも、みんな死んじゃったのかな?」とポカホンタス。
「防げなかったね」と遠坂。
「これからどうしよう」とローラ。
その時、魔導戦船が激しく揺れた。
十基の艦橋が次々に倒壊し、甲板にひび割れが走る。
ホームズが「いかん、沈没するぞ」
ワトソンが「早く救命ボートに」
「けど、これに乗ってるのって、みんな自律機械人形だよね。救命ボートなんてあるの?」と間桐が・・・。
やがて船は中央部で二つに折れた。折れた中央部は海中へと引き込まれ、反対側の船首は上へとせり上がって船体は激しく傾き、傾斜する甲板上を動きを止めた機械人形たちが一斉に滑落する。ホームズたち六人は船側の手すりに必死に掴って、ぶら下がる体制で周囲を見回した。
「みんな大丈夫か?」と言って周囲を見回すワトソン。
一番高い所で手すりにぶら下がるローラは「どうでもいいけど、上を見ないでくれますか」
「それより、どこかで見たような状況なんだが」と間桐。
その時、下の海面から「お前ら、何やってるんだ」と呼びかける声が・・・。
ボートに乗っているルパンとジェーン。
それを見て遠坂が「救命ボート、あるじゃん」
ホームズたち六人はボートに乗って、沈みゆく船を離れた。
ルパンはボートに乗ったホームズ達に「それで、ロンドンの街はどうなった?」
ホームズは「モリアーティは自分の魂を船首像に移したのさ。それで破滅の光とかいう攻撃魔法でロンドンを・・・。結局、防げなかった」
「なるほど、そういう事か」
そう言うルパンにホームズは「それで、聖杯は手に入ったのか?」
ルパンは言った。
「本体は精霊界とやらにあるんだそうだ。指一本触らせて貰えなかったぞ。この怪盗ルパン相手にガード硬過ぎだろ」
「あのなぁ」とあきれ顔のホームズ。
その時、ジェーンはルパンに言った。
「あの、聖杯って願望器なんですよね? ルパンは何か願いたかったんですか?」
ルパンは「お宝は泥棒のロマンだぜ」
「もしかして、自分を好きになった女性を生き返えらせたかったんですか?」とジェーン。
ルパンは暫し沈黙し、そして「・・・・・・・何でも叶うってんだから、死者の復活くらい」
「ルパン・・・」
そう呟いて哀しそうに自分を見つめるジェーンに、ルパンは「でもって、俺に惚れた女集めてハーレムゲットだぜ。これぞ男のロマンだ」
「あのなぁ」とあきれ顔のホームズ。
ルパンは溜息をつくと、精一杯の笑顔で言った。
「ま・・・死者の復活なんて掟破り、所詮は幻想って事だよな」
「けど、みんな死んじゃいましたね」とポカホンタス。
壊滅した街をボートの上から眺める八人。
ポカホンタスは「エンリさんも、それからリラさんも」
「いい子だったよなぁ」と遠坂。
「お別れくらい、言いたかったよね」とローラ。
「そんな事言ってると、化けて出るぞ」と間桐。
そんな彼等の目の前で、いきなり水面にエンリとレラが顔を出して「ぷはー。あー、びっくりした」
ボートの上の一同「出たーーーーーーーーー」と叫び声を上げた。
ボートに乗り込むエンリとリラ。
ホームズが唖然とした顔で「君達、破滅の光に呑まれた筈じゃ・・・」
「一体、何をやったんだ?」とルパンも・・・。
エンリは説明した。
「この魔剣には、何かと融合する能力があるのさ。土の魔剣なら大地と、光の魔剣なら外界の光と・・・ってふうにね。それで、あの破壊の光を魔剣と融合させたのさ」
「それで制御しようと? そんな無茶な。制御し切れず押し切られるぞ」とワトソン。
エンリは「実際、押し切られた」
「じゃ、何で」とホームズ。
エンリは「魔剣に不殺の呪いをかけておいたのさ。みんなを殺したのは魔剣と一体化した破壊の光だから、不殺の呪いをかけた魔剣で殺されたのと同じになる。それで殺された人は、すぐ生き返る」
破壊された瓦礫の中から次々に立ち上がる市民たち。
「俺たち、どうなったんだ?」
「ここ、ロンドンだよね?」
「俺の家はどこだ?」
「それより医者はどこだ?」
そんな様子をボートから眺めて、ルパンはあきれ顔で言った。
「盛大に死者が復活してるじゃん。掟破りで幻想じゃなかったのかよ」




