第75話 魔法な少女
魔剣について探るためアーサーの故郷を訪れたエンリ王子たちは、その用事を終えてロンドンへ向かった。
過去の時代で出会った湖の精霊から水魔法の習得を勧められた人魚姫リラが、時計塔魔法学校に入学するためだ。
長期滞在という事で、実質イザベラの手駒としてスパニアの外交施設になっている、カタリナ前王妃の兄ヨハン皇子の屋敷に入る。
出迎えたヨハン皇子に挨拶するエンリ。
「お世話になります。ヨハン義兄さん」
ヨハンは人の好さそうな営業スマイルで「ゆっくりしていってくれ。今回はイザベラは一緒じゃないんだよね?」
「彼女は帰国したままだと思います。私たちは別行動なんで」とエンリ。
「本当に一緒じゃないんだよね?」と心配顔で迫るヨハン。
エンリは困り顔で「まあまあ」とヨハンを宥める。
ヨハンは「あの人が居ると、どんな悪だくみの片棒担がされるかと、気持ちが休まる暇が無い。今回だってメアリ王女をロンドン塔から逃がせと言われて、逃がしたらメアリの奴、内乱の首謀者なんぞやらかした」
「義兄さんは責任は問われなかったんですよね?」とエンリ。
「だからさ。俺が脱走の手引きをしたのはみんな知ってる。何故処罰されなかったのかと、疑いの視線が痛くて」とヨハンは困り顔で言った。
荷物を置いて落ち着くと、エンリたち一同、人魚姫リラを連れて時計塔魔法学校へ。
入学手続きの書類を書いて、エンリ王子が書いた依頼書と、マーリンとアーサーが書いた推薦状を添えて手続き完了。そして学費を納入。
「では、明日から属性魔法科に編入して授業となります」
そう事務員に言われ、手続きを終えて事務室を出る。
エンリは「じゃ、姫、頑張れよ」と言ってリラの頭をポン、と撫でる。
「はい。王子様」とリラは嬉しそうに答える。
そしてアーサーとマーリンは「それでは王子、俺たちは恩師に挨拶に行きますので」
その時、見覚えのある一人の女子学生が事務室に向って歩いて来るのが見えた。
彼女はエンリ王子たちに気付いて、話しかけた。
「アーサー先生」
アーサーは「君は西方大陸に居た、名前はたしかポカホンタスだったよね?」と女子学生に・・・。
女子学生は「それと自称王子の痛い人」とエンリに・・・。
エンリは「あのなぁ」と言って口を尖らす。
改めてエンリたち全員に挨拶するポカホンタス。
「皆さん、お元気でしたか?」
アーサーは彼女に「魔法を勉強しに留学に来たのかい?」
「はい。魔法少女になって、男の子たちにちやほやされるんです」とポカホンタス。
するとマーリンは彼女に言った。
「あなた、同級生にモテてる?」
ポカホンタスは怪訝な顔でアーサーに「この人は?」
「マーリンさん。俺の元同級生だった人でね」とアーサー。
そしてマーリンは「男子にちやほやされるんなら、もっといい方法があるわ」
「まさか惚れ薬とか?」と困り顔のアーサー。
マーリンは「駄目?」
「ああいうのはドラッグと同じだぞ」と困り顔のエンリ。
ポカホンタスは「人間やめちゃうアレですか? それは怖いです。それで、みなさんは?」
エンリがリラの肩に手を置いて言った。
「リラが水魔法を教わるために入学したんだ」
「そうですか。これからはクラスメイトですね」とポカホンタス。
去って行くリラとその仲間を見送って、ポカホンタスは思った。
(助けてくれる仲間が居るって、いいなぁ)
ロンドンに来た時の事を回想するポカホンタス。
故郷の西方大陸でエンリ王子たちと出会った後、海賊たちの襲撃で焼けた家を、海賊退治の報奨金で再建した。
その時、彼女は焼け跡の中で、焼け残った宝箱を見つけた。
それは、彼女の祖先が移住する時にキンカ帝国から持ってきた品物を納めたものだった。
その中に小さな黄金像があった。
(これを売れば都会に行って魔法の勉強ができる)
そう考えた彼女は、書置きを残して家を出て港に行った。
港で旅費を得るために彼女が黄金像を売ろうとしたら、像がしゃべり出した。
「俺を売るのかよ」
ポカホンタスは「都会に行って魔法を勉強して、魔法少女になって男の子たちにちやほやされるの」
「勘弁してくれ。鋳潰されてバラ売りなんて真っ平だ」と黄金像。
「これは若者の夢よ。誰にも邪魔はさせないわ」とポカホンタス。
「けど、俺を旅費にした所で、学校に入るには学費が必要だ。アパートの家賃だって生活費だって要る。俺に任せろ」
黄金像がそう言うと、烏が金貨を持ってきた。
ポカホンタスはそのお金でイギリスへ渡り、ロンドンの時計塔魔法学校に留学した。
お金が足りなくなると烏が金貨を持ってきた。そのお金でアパートを借り、食事にありついた。
やがてロンドンの街では、烏を使う泥棒の噂がたった。
「悪い奴が居るものね」と、アパートでご飯を食べながらポカホンタスは黄金像と雑談。
「そうだよな。泥棒は犯罪だ。悪が栄えたためしは無い」と黄金像。
ポカホンタスは言った。
「そういう奴をやっつける正義の魔法少女に、私はなるの」
エンリ王子たちは屋敷に戻り、アーサーとマーリンが、それぞれ恩師に挨拶に行く。
属性魔法科のエルメロイ教授の研究室に入るアーサー。
「エルメロイ先生、お久しぶりです」
アーサーを迎えてエルメロイは言った。
「アーサー君、内乱では随分と活躍したそうじゃないか。内乱軍に潜り込んだイザベラ帝の元で活躍した君の魔法で一人の死傷者も出さなかったと聞く」
「かなり話が盛られてると思いますけど」と困り顔のアーサー。
「そんなに謙遜しなくていい。それで、君の知り合いの子が入学するんだよね。リラと言ったか。私が担任をする事になった」とエルメロイ。
アーサーは「よろしくお願いします」と言って頭を下げた。
そしてエルメロイは心配顔で言った。
「ところでマーリン君は?・・・」
「他の先生の所に行っていると思います」とアーサー。
「まさかここには来ないよね? この学校の教員は大抵彼女に弱みを握られている。脅されて何を要求されるかと、みんな戦々恐々だよ」とエルメロイ教授。
その頃、マーリンは、弱みを握られた教授たちを相手に女王様気分に浸っていた。
アーサーが魔道具科のリガルディ教授の研究室に向かうと、マーリンが意気揚々と研究室から出て来た。
一言彼女と言葉を交わすと、アーサーは研究室へ。
そして「お久しぶりです、リガルディ教授」
リガルディ教授は困り顔で「アーサー君、よく来てくれた。マーリン君はどうにかならんかね」
「さっきまで居たようですけど、何か要求でもされましたか?」とアーサー。
「転移魔法の道具だよ。錠剤を少し離れたグラスの中に誰にも気付かれずに転移させるという」とリガルディ。
「つまり目の前に居る人のグラスに媚薬を仕込む・・・。弱みを握られて脅されている訳ですね? いったいどんな」とアーサー。
「それを言えないから、弱みなんだが」とリガルディ。
「それで犯罪の片棒を担がされると」とアーサー。
「本当に、勘弁して欲しい」とリガルディ教授。
それを聞いてアーサーは思った。
(小さな玉状のものを転移かぁ)
アーサーは少し考え、言った。
「私の仲間に短銃使いが居るんですが、銃弾と弾薬を根本から込めるようになっているんです。これで装填を効率よくできるんですが、これを転移魔法で出来ないでしょうか」
リガルディは「なるほど、転移魔法による銃弾の装填か。銃身の装填位置に転移座標を仕込めば、可能だろうね。やってみよう」
「お願いします」と言ってアーサーは頭を下げた。
人魚姫リラの時計塔魔法学校での学園生活が始まった。
ポカホンタスの隣の席で講義を聞くリラ。
エルメロイ教授が黒板で図を描きながら解説する。
「火・水・土・風は万物を構成する元素であり、その特性は、それぞれの実在の根源たる異なる次元に存在するイデアにある。その中にあって特性を形作る力の源が精霊だ。それは独自の意思を持っているとも、持っていないとも言える。これに人の意思を介在させて明確な意思を持たせる事で、これを操るのが属性魔法だ」
講義が終わると、リラが教授の元へ水魔法について質問に行く。
教授がそれに答える。
やがて教授が講義室を出ると、三人の学生がリラに話しかけた。
「あなた、マーリンさんの紹介で来た子ね?」と、三人の中の女子学生。
リラは「あの人って有名なんですか?」
「いろんな意味でね。先生たちの間では知らない人は居ないよ」と三人の中の男子学生の一人が言った。
「君はポルタから来たのかい?」と、もう一人の男子学生。
リラは「そうです」
「このあいだの内乱でポルタの人が活躍したって聞いたけど、もしかしてリラさんも関係者?」と、先ほどの男子学生が問う。
リラは「まあ・・・」
女子学生が言った。
「だったら私たちの仲間にならない? 私はローラ・アインツベルンよ。ドイツから来たの」
「遠坂佐助だ」と男子学生の一人。
「間桐清明だ。二人ともジパングから来た。とりあえずコーヒー店にでも行って話そうよ」と、もう一人の男子学生。
「お友達も一緒でいいですか?」とリラ。
「いいですよ」とローラと名乗る女子学生。
「戦力が増えるのは大歓迎だ」と遠坂と名乗る男子学生が言った。
リラはポカホンタスを呼んだ。
そして彼女は三人に自己紹介。
「ポカホンタスです。西方大陸から来ました」
リラは彼女と会話する三人の様子を見ながら、ふと、先ほどの言葉を思い出して、彼等に訊ねた。
「それで、あの、戦力って?・・・」
間桐が「それは、落ち着いた所で話そう」
コーヒー店に入る。
席に着いて注文。
出されたカップに、黒く澄んだ湯を濯ぐ。香ばしい匂いが立ち上る。
リラがそれを見て「これって・・・」
「最近、アラビアから伝わった嗜好品でね、ドイツに攻め込んだオッタマを撃退した時の戦利品だったそうだ」と遠坂が答える。
リラは一口飲んでみる。
そして「苦いですね」
「それがいいのよ。ミルクを入れると味が柔らかくなるわ」とローラが言った。
「それで、戦力って?・・・」とリラが話を切り出す。
間桐が言った。
「僕たちは魔法という特別な技を使える。そういう人は政府や軍や教会に属して国家のためにこの技を使ったり、冒険者として自分の利益のために使う人、中には犯罪に悪用する人も居る。そういう中で、広くみんなのために魔法を使う存在が必要だと思うんだ。このロンドンは犯罪に満ちている。それを僕たちの魔法で解決したい」
ポカホンタスが嬉しそうに「魔法少女ですか?」
遠坂はそれに答えて「まあ、似たようなものかな。そして事件を解決するのは推理だ。つまり探偵さ。だから僕たちは結成したんだ。少年少女探偵団を」
ポカホンタスは嬉しそうに身を乗り出して「やりましょう」
「これを言い出したのって・・・」とリラ。
「実は僕たちは似たような事をやっていたんだ」と遠坂。
リラは「ジパングで?」
「ある領主の重臣が家来の子弟に作らせたんだよ。城下で起こる事件を解決するためにね。楽市楽座といって、国を富ませるために商売を自由化したのはいいんだが、犯罪者も集まってね。それで小林様という家老の御子息を団長に、配下に居る忍者や陰陽師の子弟を集めて結成したのが、少年武偵団さ。ところがその僕たちの主人が領主に謀反を起こして一族は散り散りになって、僕たちはここまで逃げて来たって訳さ」と遠坂。
「その主人って、明智光秀様ですか? 織田信長様に仕えた・・・」とリラ。
「知ってるの?」と間桐。
「行った事があるんです」とリラ。
「それじゃ、あの後どうなったかは・・・」と間桐。
「羽柴秀吉様が柴田様を倒して家中を納めたと聞きました」とリラ。
間桐は「そうか。平和になったんだな」と感慨深そうに言う。
「けど、敵なんですよね?」とリラ。
遠坂は言った。
「戦に関わる者の定めさ。光秀様って生真面目で信長様とは馬が合わなかったからなぁ。けど、信長様みたいな人は乱世を平定するのに必要だから、いずれこうなるとは思っていたよ」
リラは思い出した。(そういえば信長様、光秀様の事を頭が固いって・・・)
そしてジパング出身の二人に「仕えてて政策の違いとか意見の対立とか?」
「頭が薄いのをキンカン頭とか言って、からかわれたらしい」と遠坂。
残念な空気な空気が漂う。
「それで今って、どんな事件が起こってるんですか?」とポカホンタス。
「カラスを使った窃盗団が暗躍しているそうだ。財布を出した所に飛んできて金貨を浚っていく・・・って事件が頻発して、あちこちの人が被害に遭っているらしい」と遠坂。
ポカホンタスは「それって・・・」
「どうかしたの? ポカホンタス」とローラが怪訝顔。
ポカホンタスは冷や汗を流しつつ「いや、何でもないです。あは、あははははは」
ポカホンタスはアパートに戻ると、あの黄金像に言った。
「妖精さん、何か言う事がありますよね?」
「何の事かな?」と黄金像はすっ呆ける。
「カラスが持ってきた金貨ですよ」とポカホンタス。
黄金像が「それって、これの事?」
彼がそう言うと、一匹のカラスが飛んできて、金貨を置いて飛び去った。
その金貨をつまんでポカホンタスは「これ、盗品ですよね?」
「そうとも言う」と黄金像はしれっと言う。
ポカホンタスは抗議顔で「泥棒は犯罪ですよね? 悪が栄えたためしは無いんですよね?」
黄金像は意地悪そうに「君、今朝もパンを食べたよね?」
「知らなかったんです。私は悪くない」とポカホンタスは感情的に言う。
「まあ、泥棒って言っても色々だし、義賊なんてのも居るし」と黄金像。
ポカホンタスは「そうですよね。余裕のある人から拝借して、貧しい人に施すんです。このお金だって・・・」
その時、アパートの入口から声が聞こえた。
「ポカホンタスさん。今月の家賃、貰いに来たんですけど」




