第64話 籠城の夫婦
エンリ王子たちの船出に先立ち、人魚姫リラは姉人魚の元を訪れた。
海中でリラを迎えた姉人魚のレラは言った。
「また旅に出るのね?」
「それについて、姉さんに話しておかなきゃいけない事があるの」とリラ。
レラは「何?」
リラは「結婚の事で」
「王子様と?」とレラ。
「じゃなくて姉さまの・・・」とリラ。
姉のレラは思い切り後ずさりして言った。
「私はレズじゃないわよ」
「じゃなくて、別の人よ。私、旅先で人魚と出会ったの。しかも男性の」とリラ。
レラは目の色を変えて「何ですって? イケメンなんでしょうね?」
「王子様より上だと思う」とリラ。
レラはリラの肩を揺すって「どこに居るの? 今連れてきて、すぐ連れてきて」
「落ち着いてよ。遠いところに居るんだから」とリラ。
「私の事は話したの? まさかホモじゃないわよね?」とレラ。
リラは「話したわよ。紹介する約束したの」
レラは感慨深げに言った。
「私にお婿さんかぁ。父さんと母さんに死なれて、一人であなたの面倒見てきたのよね。私にとって、あなたがたった一人の家族だったわ」
リラは「姉さん」
「リラ」とレラ。
「姉さん」とリラ。
「私、レズじゃないけどね」とレラ。
リラは「私もです。これからその人を迎えに行ってきます」
「早く帰ってきてね」とレラ。
リラは「はい」
「一分一秒一時間でも早く帰ってきてね」とレラ。
リラは困り顔で「急いで帰ってきますから落ち着いて」
去っていくリラ。
それを見送りつつ、レラは呟く。
「人魚の男性かぁ。どんな人だろーなぁ」
海上で待っていたエンリ王子たちの船に帰還したリラ。
人間に戻って甲板に上がったリラにエンリは「挨拶は済ませたか?」
「はい」とリラ。
「どうだった?」エンリ。
「とても喜んでました」とリラ。
南方大陸を迂回し、東の海を渡り、インドからジャカルタ、そしてジパングへ。
尾張の港に上陸し、安土を目指す。
「信長様や秀吉様、どうしているかなぁ」と、ワクワク顔で道中を行く仲間たち。
安土へ着くと、城が焼けていた。
一同唖然、そして「何だよ、これ」
沈痛な空気が流れる中、エンリ王子が言った。
「信長さんたち、戦争で負けて殺されたんだ」
「あんなに強かったのに」とタルタ。
「乱世って、そういうものだよ」とジロキチ。
アーサーが右手に見える丘を指して「あそこにお墓がある」
城跡を眺めるように、仲良く並ぶ二つの墓石。
「きっとこれが二人のお墓なんだね」
そう言って、みんなで墓の前で手を合わせる。
そこを夫婦の農民が通る。
農民の夫の側がエンリたちを見て「おや、異人さんが死んだ爺さんと婆さんのお墓参りに来てくれているよ。どんなご縁か知らないが、有難い事で」
それを聞いて王子たち、唖然。
「別人の墓じゃん」とタルタ。
「そりゃお墓なんてそこら中にあるだろ」とジロキチ。
ジロキチは農民に訊ねた。
「あのお城はどうしたかご存じありませんか?」
「謀反が起こって信長様が討たれたのですよ」と農民が答えた。
「謀反って、誰が?」とエンリ。
「明智光秀様ですよ」と農民。
「それで、秀吉様は?」とアーサー。
「謀反人を倒して、これからは秀吉様の天下だと、みんな言ってます」
「それじゃ、戦争は終わるんですか?」とリラ。
農民は「家中の柴田様と秀吉様の戦争になって、越前で戦っているそうです」
それを聞いてエンリは呟いた。
「柴田勝家って人だ。あそこにはお市さんが居たんだ」
「秀吉さん・・・」と彼等は一様に呟く。
尾張の港に戻り、船で若狭の北へ向かうエンリたち。
北ノ庄の城は籠城戦の最中。城を囲む羽柴秀吉の軍勢。
羽柴軍を見下ろす小高い丘の上から戦場を眺めて、エンリは言った。
「秀吉さんはどこに居るんだろう」
アーサーは「大将は暗殺者の標的だ。しかもここは忍者とかいうアサシンの本場。目立つ所に居る訳が無い」
「けど、あそこ」と、リラが包囲陣の真ん中を指した。
煌々と明かりを並べ、何人もの女性に囲まれてどんちゃん騒ぎの真っ最中の秀吉。
エンリたち一同あきれ顔。残念な空気が漂う。
秀吉の居る本陣に向かうエンリたち。
若狭に行った時に彼等に同行した秀吉の家来が居て、彼等は本陣に通して貰えた。
戦場で遊び惚けている秀吉にエンリは「何やってるんですか、秀吉さん」
彼等を見て秀吉は懐かしそうに「そなた達はいつぞやの異人たち」
「今、戦争中ですよね?」とエンリ。
秀吉は言った。
「だからさ。籠城戦で水も食料も節約して我慢続けてる敵兵の目の前で、宴を開いて見せつける。羨ましがらせて厭戦気分爆上がりさ」
「そんな事を考えて・・・」とエンリたち唖然。
そしてエンリは(やっぱりこの人って凄い人なのかな)と脳内で呟く。
そんな時アーサーは言った。
「けど、向こうにはお市さんが居るんですよね?」
「だからさ。酒でも飲まずにやってられるか」と秀吉は、一転して暗い表情になる。
「けど、こんなの見て、お市さん。軽蔑すると思いますよ」とリラ。
「これから自分が死なせようとする人だ。目いっぱい軽蔑してくれた方が、むしろ気が楽だ」と秀吉。
リラは「何とか助ける方法は無いんでしょうか」
秀吉は「何度も使いを送った。脱出させようと忍者も差し向けた。けど、全部拒否られたよ」
ニケは「よっぽど嫌われているんですね」
秀吉は涙目で「頼むからそれだけは言わないでくれ」
「っていうより旦那が手放さないんじゃ・・・」とカルロ。
「一番脱出させたがってるのは、その旦那の勝家なんだよ」と秀吉。
「じゃ、よっぽど秀吉様を・・・」とニケ。
秀吉は「そうじゃなくて、あの人は一度夫に死なれてるんだ。最初は浅井という所と政略結婚して、随分と夫婦仲が良かったそうだ」
「じゃ、振られたのは二度目?」とタルタ。
「ってか脱出拒否で三度目」とジロキチ。
「だから、それだけは言わないでくれ・・・ってか、二度とあんな想いはしたくないって言ってる」と秀吉。
するとリラが「つまり、夫婦二人生きて脱出すればいい訳ですよね?」
秀吉は「軍を立て直して報復してくる」
「勝家さんってよほど執念深い人なんだな」とカルロ。
「いや、乱戦の武将なんて、そんなもんだろ」とジロキチ。
秀吉は言った。
「あいつはむしろ、馬鹿がつくほど真面目な奴だ。けど、回りが放っておかない。反秀吉派が集まって再起を迫られる」
エンリが「だったら、あの手を使ったらどうかな?」と言って、アーサーに目配せした。
秀吉は忍者を呼んだ。アーサー・エンリ・ジロキチも居る。
そして「この者たちを私とともに、敵城の最上階まで運んでくれ」
忍者は困り顔で「忍び凧は二人が限界ですよ」
アーサーは、そこにある、竹の枠に分厚い紙を貼ったものを見て、言った。
「凧って、この大きな奴を風で飛ばすんですよね?」
「風が人を持ち上げる力にも限度がありますから」と忍者。
「つまり、持ち上がるような、強い風が吹けばいいんですよね?」とアーサー。
アーサーが風魔法を使って強風を吹かせ、五人を乗せた凧は天守閣の最上階へ向かった。




