第63話 航海の王子
スパニア内戦が終結した後、ニケはあの"ひとつながりの秘法"即ち海賊バスコの世界地図を持ち逃げしていた。
そのニケが、いつのまにか帰国していた。
彼女が持ち逃げした秘宝の権利を巡って紛糾する仲間たち。
「あれは私の所有物よ。船を動かしたのは私だもの」とニケが主張。
「あの船のオーナーは俺だ」とエンリ王子。
「船長は俺だ」とタルタ。
「いや、船を守った突撃隊長の功績だろ」とジロキチ。
「事業の利益の根源は知識です。だから知恵袋である私に権利が・・・」とアーサー。
その時、人魚姫リラが言った。
「王子のものだと思います」
「姫」とエンリ王子が人魚姫に愛情と感謝の目を向ける。
リラは続けた。
「そして夫のものは妻のもの、妻のものは妻のものとして、全ての収入を家計として預かり、夫には小遣いだけあげれば良いと、ジパングで桔梗様から教わりました」
「そんな悪習をこの国に持ち込まないでくれ」と、がっかりした口調のエンリ。
「とにかく秘宝を返せ」とエンリが迫る。
「嫌よ」と拒否するニケ。
すると、カルロがいつの間にか、その世界地図を手に持って「秘宝、これですよね?」
ニケは慌てて「カルロ、返してよドロボー」
エンリは感心顔で「お前、凄いな。どうやって取り返したんだよ」とカルロの肩を叩いて地図を受け取る。
「俺はスパイですから、探し物は得意です」とカルロ。
アーサーが「さすがイタリア一の・・・」
「母親から教わったんですよ」とカルロ。
「ハニートラップだけの人じゃなかったんだ」とジロキチ。
カルロは「親父のへそくりを探し出す天才でした」
残念な空気が漂う。
そしてエンリは「で、これをどうする?」
みんなで使い道を考える。
暫くしてエンリが言った。
「印刷して出版しよう。そしてポルタ商人たちに使わせるんだ。利益はみんなのものだ」
「この人って何だかんだ言っても、みんなの事を考えてるんだよね」とタルタ。
「やっぱり私の王子様です」と人魚姫リラ。
エンリは「そして版権は王家に帰属して、収入源になる。これで借金返せる・・・って、どうしたんだ? お前等」
残念な空気が漂う。
「俺たちの感動返してくれ」とタルタがぽつりと言った。
みんなで地図を眺める中、アーサーがそれに気付いて、言った。
「ところでこの地図のあちこちに付いてる記号、何ですかね?」
記号のついている場所を見る仲間たち。
タルタが一個所を指して「ここってスエズだよね?」
「パナマにも」とニケも別の個所を指す。
全員顔を見合わせる。そしてエンリは「あの二枚の運河の設計図、持って来てくれ」
確認すると、二枚の設計地図にも、同じ記号が記されている。
エンリが言った。
「つまり、この記号って、ここの部分のこまかい地図がありますよ・・・って事なんじゃ」
「って事は、他の記号の場所のこまかい地図も」とタルタ。
ニケが「どうりで。この地図って縮尺が小さすぎて不便なのよね」
「じゃ、各地の地図がまだ世界中に眠ってるって事かよ」とジロキチ。
「王子様、探しに行きましょう」とリラ。
アーサーが言った。
「けどポルタはどうしますか?」
エンリが「リシュリューの行政学校に送っていた家来たちが居るよね。奴等を呼び戻そう。役人は試験で採用する」
「ミン国みたいな?」とニケ。
「ちゃんと実学知識の試験をね」とエンリ。
「読み書き計算とか?」とタルタ。
エンリはあきれ顔で「いきなりレベルを下げてどうする」
カルロが言った。
「陰謀学は必須だと思います」
エンリはカルロに「そーいやお前、マキャベリ学部長の所で成績トップだったよな?」
カルロは「なら大学造りましょうよ。俺が教官務めます。それで女子学生は全部俺もの」
一同、カルロを見て(この男は・・・)と脳内で呟く。
「ってか、陰謀ならイザベラ妃の右に出る人は居ないんじゃないかな」とアーサー。
ニケが言った。
「商売のやり方を教える学部も必要よね。私が教官になって、金儲けの何たるかをしっかり叩き込んであげるわ」
「言っとくけど詐欺や窃盗は駄目だからね」とエンリ。
ニケは「何でよ。手っ取り早く大金を稼ぐ一番の近道よ」
「駄目だこの人」と一同。
ジロキチが言った。
「剣術は必須だと思う」
「この飛び道具の時代にそれは時代遅れだと思うわよ」とニケ。
ジロキチ、ドヤ顔で「銃弾なんか刀で弾き返すものだ」
「いや、普通無理だから。それに、お前のは剣術というより曲芸だ」とエンリ。
タルタが言った。
「やっぱり幾何学と医術じゃないかな。これから科学が発展して、神話で説明していた自然の不思議がちゃんと合理的に解明されていくんだよ。それを教えるだけじゃなくて、教える中味を研究で造っていかなきゃ」
一同、唖然とした顔で「タルタがまともな事を言ってる」
「タルタじゃないみたい」とファフ。
「お前等、俺を馬鹿だと思ってるだろ」とタルタは口を尖らせた。
そしてニケが「だったらレオナルド先生呼ばない?」
「リシュリューも呼ぼうよ」とアーサー。
「来てくれるかな?」とカルロ。
「お金で靡かない人は居ないわ」とニケ。
アーサーが溜息をついてニケに「みんながニケさんみたいな人だと思わない方がいいよ」
「ってか、弟子みたいなの紹介してもらえばいいじゃん」とエンリが言った。
大学設立の準備が始まった。そして一年後
ポルタ大学が設立された。怪しげな学部を数多く抱える教育・研究機関。
完成した校舎を前に、感慨に耽るエンリ王子と仲間たち。
「ついに第一期生の入学かぁ」とエンリ。
「随分いろんな学部が出来たね。陰謀学部やら諜報学部やら詭弁学部やら」とアーサー。
するとエンリが「けど、何か忘れてるような気がするんだが。どの大学にも必ずある筈の・・・」
「神学部?」とタルタ。
「あ・・・」
全員、考え込む。
そしてアーサーが「要らないよね?」
エンリも「元々大学ってどこでも教会付属の坊主養成所だったけど、ここはそういう所じゃないから」
その時、一人の老人がエンリを見つけて話しかけた。
「これはエンリ学長」
エンリは「いや、俺は学長じゃないから・・・って、あなたは?」
老人は名乗った。
「金貸学部長に就任したシャイロックです。裁判で負けて破産した後、どうにか仕返ししてやろうとボローニャの陰謀学部に入ったんですが、学部長から諭されまして」
「マキャベリ学部長が?」とエンリ。
老人は「借金のかたに相手の胸の肉をと契約したんですけどね、命を取るという契約は無いから切り取るのはいいが死なせたら殺人罪だぞと脅されて、勘弁してやると言ったらそれも契約違反だと。それで進退窮まって不利な和解を押し付けられたんですが、実は、胸の肉の所有権だけ受け取って貸与してそのまま使用を続けさせるという手があったと言われましてね、そういう知識で身を守れるのが学問なのだと」
その時、ニケが老人に「シャイロック先生じゃないですか。あなたの"といち理論"を聞いてファンになりまして」
「有名なの?」とエンリはニケに・・・。
ニケは「利子は利子を呼んで複利計算で雪だるま式に増えるから利息設定期間は短くするのが有利という画期的な理論よ。私の神様みたいな人なんだから」
シャイロックはニケに「こんど一緒に酒でも飲みますか?」
ニケは「借金の取り立てで多重債務者の身ぐるみ剥いだ話を是非」
そんな二人を見てジロキチは「類は友を呼ぶとはこの事だな」
「ああいう仲間には入りたくない」とタルタは言った。
その時、学者風の男性がエンリ王子たちに「あの、ニケさんというのは」
エンリは彼に、ニケを指して「あそこの爺さんと盛り上がってる女だが」
カルロが「ニケさん、お客さんだよ」と彼女に呼び掛ける。
ニケは「後にしてよ」
「だそうだ」とエンリは男性に言った。
男性は「レオナルド先生の紹介で来たのですが」
その言葉を聞いてニケは「レオナルド先生?」と言って飛んでくる。
「忙しいんじゃないの?」とエンリは彼女に・・・。
「何言ってるの、私の恩師よ」とニケ。
アーサーは、見直した・・・といった顔で「ニケさんにもそういう所があるんだなぁ」
そしてニケは男性に言った。
「錬金学部の人よね? 鉄を金に変える研究するんでしょ?」
男性は「いえ、天文学部に配属されたコペルニクスです」
「錬金術の専門家は?」とニケ。
「詐欺師扱いされるから止めた方がいいと、レオナルド先生が」と男性。
「そんなぁ」とがっかり顔のニケ。
そんな様子を見て一同もがっかり顔で「どうせそんな事だろうと思った」
そしてニケはコペルニクスに「それで何の話かしら?」
「太陽は天を覆うほど大きい・・・っていう」とコペルニクス。
それを聞いたタルタがコペルニクスに、ニケを指して言った。
「そうなんだよ。俺が大地は球体だって言ったら、この人あくまで大地は平坦だと言い張ってさ。その証拠に太陽は天を覆ってない小さな球体だろ・・・って。そこから放射状に太陽光を発するから、光の方向が場所によって違うのは当然だとか。結局俺に論破されたんだけどさ」
ニケは膨れっ面でタルタに「あんたに論破なんてされてないじゃない」
するとコペルニクスは言った。
「いや、太陽は実際に天を覆うほど大きいんです。あの大きさに見えるのは遥か遠くにあって遠近法の法則で小さく見えるだけなんです」
「そーいや、太陽の大きさの事を忘れてたな」とタルタ。
ニケは言った。
「けど、天を覆うほど大きいって事は、この球体大地と同じか、それ以上って事よね? そんなのが大地の周りを回るの?」
「実は回っているのは大地の方ではないかと」とコペルニクス。
一同それを聞いて「まさか」と絶句。
更にコペルニクスは「火星や金星や土星も同様だと」
「まさか」と更に一同絶句。
コペルニクスは語った。
「天体運行表ってありますよね? 太陽やその他の星が一定の速度で天を巡る訳ですが、それが時々逆向きに動くんです。おかしいですよね? けどそれが、地球が他の星と同様に太陽の周りを巡ると解釈すると、説明がつくんです。今、それを前提に計算し直してまして」
するとエンリは難しい顔で「けど、そんな研究があると知ると、教皇庁が黙ってないだろ。教会の教えに反するとか言って、絶対文句つけて異端審問になるぞ」
「だからスパニア国教会の保護を受けろとレオナルド先生に勧められまして」とコペルニクス。
エンリは言った。
「教義に学問の自由が必要だな。英仏の国教会に連絡して、教義の調整を」
エンリは担当者を呼んで、教義に関してイギリスとフランスに使者を出すよう命じた。
建物を眺めている人達の中に宰相を見つけて、エンリは声をかけた。
「どうだ。宰相」
宰相は「ようやく行政組織も形になりました」
議会の議長がエンリを見つけて「エンリ王子」と声をかける。
エンリは「市民議長も来てたのか」
議長は「貴族派がいろいろ難癖つけて来るんですよ。王子も何とか言ってやって下さいよ」
「詭弁学部の教授にでも頼め。あいつを証人台に立たせれば、貴族議員なんぞ簡単に言い負かしてくれるよ」とエンリは言った。
学者風の中年男性がエンリを見つけて「エンリ王子」と声をかける。
エンリは「自然学部の学部長じゃないか」
「実は、イタリアから教授職求めて亡命賢者が何人も来てるんですが、定員越えちゃいますけど雇っていいですか?」と学部長。
「あの内戦で教皇側について負けたイタリア貴族が保護打ち切った奴等だろ。予算内で雇えるんなら何人雇ってもいいぞ」とエンリ。
学部長は「その予算が足りないからお願いしているんですが」
すると横からニケが学部長に言った。
「だったら自分で稼がせたらどうかしら」
「稼ぐって?」と学部長。
ニケは「科学は自然を操る知識よ。極めれば何だって出来るのよ」
それを聞いてエンリはニケに「稼ぐって詐欺とかじゃないよね?」
「違うわよ。西方大陸で現地人が作ってた農作物があるの。栽培法とかちゃんとやれば、凄い利益になるわ」とニケは言った。
ポルタの体制を整えると、エンリ王子たちは、再び冒険の旅に出る事になった。
港でイザベラが見送りに来る。
エンリは冗談めかして彼女に「スパニア女帝がこんな所で油売ってていいのか?」
「どうせ王様なんか飾り物よ」とイザベラ女帝。
エンリは頭を掻いて「お前が言うと嫌味にしか聞こえないんだが」
「政略結婚なんて形だけだし。それと王子・・・」とイザベラは何かを言いかける。
エンリは「何だ?」
イザベラは「私、妊娠したの」
「・・・」
「一か月前もちゃんと傍に居たわよね?」とイザベラ。
エンリの表情が嬉しさに満ちた。
「でかした。これでスパニアも安泰だな。出来ればもう一人産んで欲しいんだが」
イザベラは「そしてポルタの王位を継いで欲しいのよね? けど、子供作るんなら、ちゃんと帰ってきてね」
エンリは「じゃ、行ってくる」
「とりあえず、どこに?」とイザベラ。
「先ずはジパングだ」とエンリは言った。




